14.眼差しの先には
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それは、緋日神が祖神の反対を押し切って地上に降りる際、降臨を許す条件の一つとして課せられたものだ。
いくら神格を抑えて人間の振りをしようとも、神は神。その本質は変えられない。そして、神は地上には関わらないのが鉄則だ。一時的な降臨であればともかく、長期的な滞在となればなおのこと。
本来は禁忌である地上への長期降臨を望んだ緋日神に、祖神たちは幾多もの条件と制約を課した。その一つが始まりの神器だ。
神格を抑えて降臨する前に、緋日神の力で専用の神器を創る。降臨して以降は、人に擬態して生きながら、その神器に人と下界を救いたいという想いを注ぎ続ける。その心を受けて神器が輝く限り、天威師は地上にいることが許される。
想いが枯れて神器から光が失われれば、あるいは神器そのものが消失すれば、その時点で天に強制送還となる――前者であれば、天威師は送還される間でもなく自ら還るだろうが。
「全く、宗基家の娘のせいで最悪の事態になるところだったよぉ」
緩く首を振ったティルが目を細め、ちろりと舌を覗かせて唇を舐めた。
「ま、俺たちはそっちの方が嬉しいけど。人間を救いたいと思っているのは、緋日神様の血が濃い皇家の天威師が中心だしさ。翠月神様の血を強く継ぐ帝家の天威師は、皇家が大好きだから付き合ってるのがメイン理由。本当はさっさと天に還りたいんだからさ。何だったら力ずくで皇家を連れ帰りたいんだよぉ?」
(ひぃ! 話題変えないと)
酷薄な笑みを乗せて呟く三番目の義兄に、日香は慌てて声をかけた。
「宗基家の……花梨さんのせいって、どういうことですか?」
「ああ、それ気になるよねぇ。遠視で娘を視てみなよ。すぐに理由が分かるからさ。――大丈夫だよ、さっきから言っている通り、日香はもう力を使っても神器に影響を及ぼさない」
ラウも弟の言を肯定するように頷いている。二人の義兄の反応に励まされ、日香は天威を練り上げた。
遠視を発動させると、脳裏にここではない場所が映った。皇宮の一室だ。天威師かそれに準ずる者以外の立ち入りと視聴を禁じる結界が張られている。
そこには高嶺と秀峰と月香、そして若い女性がいた。部屋の奥に並ぶ主座に高嶺と秀峰が座し、左右にいくつかある脇座の一つに月香が腰かけている。女性は彼らの眼前に跪き、饒舌に口を動かしていた。
『……何度も申し上げておりますように、天威師と添うのは天威師であるべき。藍闇神たる高嶺様の妻に相応しいのは、日神として目覚めたこの私。そう思いますでしょう?』
鈴を転がすような声で言いながら、その眼差しは、何故か高嶺ではなく秀峰を一心に見つめている。
(この人が花梨さんだよね。へ~、すごい美人。綺麗っていうより可愛い感じかな)
大きな垂れ目に小さな唇。華奢な肢体は上質な衣と煌びやかな宝玉でふんだんに飾り立てられている。可憐な容貌を駆使し、上目遣いで精一杯の愁派を出しているが、高嶺にも秀峰にも全く響いた様子はない。
無表情で口を開いたのは秀峰の方だった。
『こちらも幾度も言っている。皇家の者の婚姻は皇帝方が采配される事柄。太子といえど我らの一存で決められることではない。そして宗基家息女よ。許しなく藍闇太子の名を呼んではならぬ』
『うふふ、生真面目なことを仰らないで。天威師同士ですもの、御名で呼び合ってもいいではありませんの。秀峰様、私のこともどうぞ花梨とお呼びになって』
「何で義兄様に言うんだろ……」
様子を視ていた日香は思わず突っ込んでいた。同様に遠視を用いているラウとティルも意味不明だという表情をしている。
「変な子だねぇ。高嶺の妻狙いの癖に秀峰兄上にばっかアピールしてさ」
脳裏に映る秀峰は能面のような無表情だが、内心はうんざりしているのが手に取るように分かる。
『名で呼ぶことを許すか否かは当人が決める。高嶺も私も、そなたに己が名を呼ばれることを是としてはいない。そして、そなたはまだ天威師であると確定したわけではない』
『何を仰るの。天威師が覚醒した時は先達の天威師が確認し、虹の光が本物であるか見定めるのでしょう。私は今この場で確認いただき、本物の虹とお認めいただきましたわ!』
花梨が勢い込んで秀峰の方に身を乗り出し、その弾みで簪の一つが外れそうになった。月香が淑やかに語りかけた。
『ご息女、御髪が少々乱れております。太子様方の御前で見苦しい姿を晒してはなりません。……右手の扉奥に小部屋がありますから、整えておいでなさい』
高嶺たちがいる室の壁にも、装飾用として大きな丸鏡が掛かっているが、太子が座す前で身づくろいなどできるはずがない。
『あら、失礼いたしましたわ。少しばかり中座させていただきます』
身を引いた花梨は一礼し、簪が取れかかった頭を抑えながら、言われた扉を開けて入って行った。奥の小部屋には鏡台や櫛、最低限の化粧品などがあり、簡易的に身だしなみを整えられるようになっている。
豪奢に着飾った姿が扉の向こうに消えると、秀峰が嘆息した。高嶺と月香、三名で視線を交わし、小さく首を横に振っている。
日香はその光景を眺めながら、別室に映った花梨の様子も並行して視た。せっせと髪を整える姿を映し、その気を視認して軽く頷く。
(確かに虹色に光ってる、けど……何か気配が……花梨さんの魂の波動と全然違うような)
日香は眉を寄せ、ううん? と小首を傾げて花梨をさらに注視した。天威を宿した双眸でじっと観察し、あるものを見付けて息を呑む。
「あ!」
「おっ、気付いたぁ?」
「何か視えたか」
ティルとラウが両側から声をかけて来た。おそらく彼らも、遠視で日香と同じものを視ている。
「花梨さんの中に何かあります。丸い……玉のような。あれは――神器? 物凄い力……まさか、皇家から宗基家に貸与されているものでは」
神千国において随一の格と歴史を持ち、皇家への忠義篤く、時には縁組も結んで来た一位貴族。名実ともに別格の位置にいるその家には、皇家から特別な神器が貸し与えられている。天に坐す至高神から賜ったものだ。
「ええと、宗基家には皇祖の神珠を始め何個か貸していたはずですよね」
初代緋日皇は人としての生を終えた後は天に還り、抑えていた神格を解放して緋日神に戻った。その後は幾度も神器を創り、地上の天威師たちに下賜している。その内の一つである宝珠型の神器を含む幾つかが、遠い昔、皇家から宗基家に貸与されていたはずだ。至高の神である緋日神が創った神器である以上、その力は虹の色を帯びている。
そして、何故かそれが花梨の身の内にあるようなのだ。
「って、まさか初代皇様の神器を取り込んだせいで気が虹色がかったんですか!?」
ありがとうございました。




