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13.天の怒り

お読みいただきありがとうございます。

「緋日神様と翠月神様がお生まれになられた時、地上では戦が連続し、心身共に荒廃した人々は遠い存在となった神への尊敬を忘れかけていた。それだけならやむなしで済んでいたけど……」


 神と人が分かたれてから既に随分な年月が立っていた。距離ができるのは当然であると、神々も納得していた。だが――


(事はそれだけじゃ済まなかったんだよねー)


 日香の声なき呻きに呼応するように、ティルは緩く頭を振って続ける。


「信仰が薄れても、神が人にとって超越的な存在であることは変わらない。だから人間は権威付けのために霊威師や聖威師を詐称し、神託を偽造し、神の愛し子を騙り、神意を都合よく改変するようになった。さすがに駄目だと、神が本物の託宣を下ろして諌めても、警告と制止を兼ねて軽い神罰を落としても、人間の態度は改まらなかった」


 それは一線を超えた行為だ。人間が神を利用することは許されない。あまつさえ、人々は本物の聖威師が派閥や勢力関係等で自分たちに都合の悪い存在であった場合、排除しようと残虐な振る舞いに及ぶこともあった。聖威師は元が人間であるため、人への情を色濃く残しており、人間相手には強く出られない者もいたのだ。


 神意の捏造だけであれば、勝手にしろと放置していた神もいたが、さすがに同族たる聖威師への加害は見過ごせなかった。


「神の方も人間を過剰に追い詰めないよう、干渉しすぎないよう、色々と配慮しながら注意していたっていうからねぇ。そんな気配りは捨てて、容赦なしの威圧でねじ伏せた方が良かったんだけど……」


 日香も苦い思いを押し込めて頷く。なまじ手心を加えたことが(あだ)になったのだ。


(手加減した警告じゃ効き目が弱いもんね。人間は神の忠告を真面目に受け取らなくて、それはいくら何でもまずいよってことをたくさんやっちゃった)


 神々は幾度も幾度も制止と警告を繰り返したが、人間たちの振る舞いは変化しなかった。また、人間の傲慢さと横暴さ、身勝手さを訴える動植物や昆虫などの声も続々と天に届いた。


 そのようなことが長年続いた結果――神々はとうとう痺れを切らした。


「ついに神々は怒った。もう良いと人間を見限り、地上ごと滅ぼして地獄に堕とすことにした。自分たちのお眼鏡にかなった動植物は天に退避させた上でね」


 神々は人間にも地上にも背を向けたのだ。


「しかも、堕とされるのはただの地獄じゃない。神の牢獄だ。人間にとっては最悪の末路だよ」


 とはいえ、地上ごと人類を根絶するという極端な手段を取らずとも、もっと穏当に済ませる方法はあっただろう。

 手加減無しの神威を下ろして厳しく一喝する。ただ人にも分かるほどに強い神託を授けて本格的に警告する。人界への干渉を一時再開し、直接降臨する。お灸を据えるために広範囲に神罰を落とす。手段はいくらでもある。


 だが、それらを行ってでもこちらの意を伝え、意思疎通を計り、状況を改善したいと思うほどの愛着を、神は人間に対して持たなくなっていた。そのような労力と時間と手間をわざわざ使う価値を、人間に見出さなくなっていたのだ。


 もはや愛想は尽きた。さっさと滅ぼした方が手っ取り早い。そう考えての決断だった。人間にそこまで嫌悪を抱いていない神や、そもそも人に興味がなく傍観している神もいたが、怒りの理由が理由であることからやむなしと考え、積極的に反対しようとはしなかった。


「その決定に御心を痛められた緋日神様は、何とか人類を助けたいとお考えになった。そこで自らが地上に降り、世界を平定して人間をまとめ上げ、神への信仰を復活させようと思われた」


 人が天への畏敬の念を取り戻し、神への心持ちと態度を改めれば、怒りも和らぐであろうという判断からだ。愛し子を害された憎悪が薄れるには、数百年以上の星霜(せいそう)がかかるかもしれないが、それでも不可能ではない。

 形代を送って世界平定の役目を代行させることも考えた緋日神だが、事は一刻を争う状況であったため、自分が直接行った方がいいと結論付けたという。


「ねぇ、そうですよね兄上」


 ここで話を振られたラウが、億劫(おっくう)そうな顔を弟に向けた。秀峰の仕草と似通っているのは、彼らが双子であるためか。


「ああ。けれど、神は人間の営みに干渉しないことになっていたゆえ――緋日神様は神格を抑え、人に擬態して地上を統べることにされた」


 祖神たる至高神たちは、緋日神が降臨することを強硬に反対した。地上も人間も放っておけと。それでも緋日神は祖神たちを説得し、どうにか許しを得たものの、地上に滞在することに関して多種多様な条件と幾重もの制約を課せられた。それは今日(こんにち)まで継続して天威師に適用されており、僅かでも破れば即座に天に強制送還となる。


「神格を己の奥深くに抑え込んだ緋日神様は東の地に降り立ち、世界の東半分を統一して神を崇拝する皇国を作り、初代皇帝となられた」


 ――その皇国こそが神千国である。

 世界が危ぶまれる状況の中、至高神たちの多くは事態を静観する方針だったため、人に同情した緋日神は例外中の例外であった。といっても、緋日神の人への想いは純粋な親愛ではなく、例えるならば家畜への情に近い。至高の神が真の意味で愛するのは同族たる神のみだ。


「緋日皇様は至高神であらせられる。神格を抑えて人間に擬態していても、それは変わらない。そのような方が治める国を滅ぼすことは忍びない。だから、神々は人間を滅亡させることを取り止めた」


 そこまで話すと、ティルが再び続きを紡ぐ。


「でも、緋日神様が一人だけで地上の全部を統治することはできない。――遥か昔に、原初の至高神様方がそう決めたから」


 緋日神一柱だけで世界を治めてはならない。必ず二柱以上で治めよ。そのような条件が課されたのだ。至高神の完全性を抑えるために。


(神は万能で完全な存在。だけど、同格以上の神が関わる事柄に関しては、その全能性を発揮し切れなくなる)


 自身と同格以上の神格を持つ存在が関与する事象においては、万能性が十全に発揮できず、間違えたり読み切れなかったり、できないことが生じたりするのだ。


(緋日神様はもちろん、地上に降りた至高神が己の強大な力を濫用して強引な行動をしないように、祖神は対策を施した)


 第一に、神格を抑えて人間に擬態させることで、不完全な状態にさせた。

 第二に、複数の至高神を地上の統治に当たらせることで、同格の神が複数関与している状況を作り出し、その万能性を抑えた。


 いわば二重の枷を嵌めさせたのだ。


「困った緋日神様が頼ったのは、兄の翠月神様だった。最愛の妹に懇願され渋々共に地上に降りた翠月神様は、大陸の西半分を制覇して神を敬うミレニアム帝国を作り、初代皇帝となられた。それで神々は西への手出しも控えて、世界は助かった。……でも、今もまだ人間に怒ってる。何かにつけて地上に神罰を落とそうとするしねぇ」


 薄笑いで述べるティルに、ラウが肩を竦めて補足した。


「だが、完全に見捨て切ったわけではない。世界には今もまだ、神に愛される聖威師が生まれている。霊威師が語りかければ、気紛れであっても返答が来ることもある。神々が本当に人を見限り尽くしたならば、聖威師は生まれなくなり、霊威師の声に(いら)えが返ることも皆無になっているはずだ」


 加えて、霊威師は現在でも、死後天に召され神の側近くに仕えることを許されている。神格を得て神に昇った聖威師と違い、霊威師はあくまで人間である。神々が人に対して負の感情しかなければ、わざわざその人間を召し上げて神使にすることなどないだろう。


 人類を根絶して神罰牢に入れると激怒しながら、同時に人間に寵を与え神の列に迎え入れることもある。神が人に対して抱く思いは、一貫していない。様々な感情が混じり合った複雑なものだ。各神によっても異なり、そもそも無関心な神もいる。


「うん、そうだと思う。人間へ情も、まぁ残ってはいるんだろうね。比較的人間に好意的な神もいるし」


 ティルはあっさりと認めた。


「それに、最初の時点で人間たちを中途半端にしか止めなかった神々や、抵抗できる力を持っているのに人への遠慮でやらなかった聖威師にも落ち度はあった。こちらが毅然とした態度を取らなかったことも原因だって認識はあるから、緋日皇様と翠月帝様を押しのけてまで神罰を決行しようとはしなかったんだ」


 ティルが窓から空を見上げた。降り注ぐ陽射しに、僅かに目を細めながら言う。


「帝国と皇国ができて、もう三千年になろうとしている。神々への信仰が復活してから幾千夜の星が巡り、天の怒りも随分と薄まった。このままさらに遼遠の年月を重ねて行けば、人間への神罰を取りやめると決める日が訪れるかもしれない」


 神の怒りを解くことは、人間自身が己の言動を用いて自ずとやり遂げなければならないと定められている。従って、皇帝家は積極的に動けない。神々に人類を許すよう働きかけたり、神の怒りによる世界危機という真相を人間に公開したり、神々の許しが得られやすいよう人間を誘導したりすることは禁止されている。


 許されているのは、あくまで怒れる神への対症療法や応急処置を行うことと、神を敬うという基本的な理念を維持すること――早い話が時間稼ぎだけである。


 聖威師と王族も同様だ。聖威師は神から寵を受けた後に、王族は成年となった後に、それぞれ時機を見て天の怒りについて教えられるが、彼らも天威師と同様に手出しを禁じられる。


 人間である王族までが制限を受けるのは、先祖返りを起していないとはいえ、皇帝家に庶子として属している特殊な立ち位置にいるためだ。


「……でも今はまだ怒りが強い。もし俺たちがいなくなれば、天威師が治める国というステータスがなくなる。そうしたら神々は配慮を捨てて人間を滅ぼし、その魂を神の牢獄に放り込むだろうね」


 酷薄な笑みで続けるティルの言葉は間違っていない。神々は何かと理由を付けて神罰や天誅を落とそうとする。些細なことで怒りを強め、頻繁に荒神化する。だがそれでも、天威師の面目を潰さないために自粛している方なのだ。


「人類と地上を存続させたいなら、天威師が下界に君臨し続けていないといけない。高位の神々は天威師にしか抑えられない」


 初代皇帝たちが、両国に組み込まなかった国もほぼ必ずどちらかの属国としたのはこのためだ。完全に独立してしまえば、天威師が治める国という威光が及ばなくなるため、神々はたちまちそこに住む人間を滅ぼすだろう。


「そして、俺たちが下界に留まるためには始まりの神器が必須となる」


 話の焦点が現在のことに戻って来た。日香は無言で頷く。


(あれが無いと――天威師は地上にいられないんだよ)

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