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「タエ」

タエが死亡して80年後くらいの話です。「係長~」の時代の物語になります。ライベルとタエの子孫の話。

 第十六代キリアン王はニールとマリアンヌの長子である、第十一代ロイド王の直系の子孫であった。

 キリアンの宰相サイラル・エファンは第九代ライベル王と異世界の娘タエの子孫である。彼とマリエールの間に生まれた娘は、黒い瞳に黒髪の先祖帰りの容貌をしていた。その名をタエという。



「陛下」

「タエ。余、いや、私のことはキリアンと呼んでくれ」

「キリアン、様」

「まあ。今はそれでよいとするか」


 キリアンはタエが可愛くして仕方がないとばかり、その黒い髪を撫でる。

 


「お前が娘にその名をつけるなどとは思わなかったな」


 サイラルが娘の名前を告げた時、キリアンは驚きしかなかった。あれほど憎く思っていた名を、と疑問を持たずにはいられなかったのだ。


「私は今ではタエ様に感謝しています。彼女がいたからこそ、私はこの世界に誕生できた。異世界から来て戻る方法を知っていた彼女はなぜ、戻らなかったのか私なりに考えてみたのです。彼女はアヤーテのために生きて、死んだ。立派な王妃です。なので、キリアン様の妃になり、国母となる娘にはタエ様の名を頂戴しようと思ったのです」

「……なるほど。お前も変わったな」


 キリアンはサイラルが穏やかな表情でそう語るのを静かに聞いていた。

 彼にとって初恋は異世界の娘である李花だった。

 サイラルの娘タエと同じ、黒髪と黒目であるが、母親と類似した女性だった。伯父シガルに彼女を奪われたが、今となってはよかったと考えている。

 

「陛下……」

「キリアンだ。本当はずっとそう呼ばせたかったのだが、サイラルに厳しく言われておってな」

「父上が?」

「ああ。本当、あやつもこうまで変わるとは」


 娘タエが生まれてからのサイラルは、何かとキリアンに物申すことが増え、すっかり娘を手放すのをいやがる父親と化していた。

 十六歳になってからはそれが酷くなり、彼の悪友の外務大臣マグリートが呆れかえるほどであった。しかし、タエ自身がその想いをはっきりと告げ、この日を無事に迎えることができた。


 結婚の儀を終え、今宵は初夜であった。

 窓から見える空には満月が浮かんでいる。


「タエ。この日を長年待っていた。愛してる」

「キリアン様。私もです」





「サイラル様」

「マリエールか」


 王宮近くのエファン家で、サイラルは満月を眺めながらワインを煽っていた。


「私もご相伴してもよろしいでしょうか?」

「勿論だ」


 サイラルはワインをグラスに注ぐと、マリエールに渡す。


「娘の旅立ちに乾杯」


 マリエールがそう言い、サイラルは苦笑しながらも、グラスを掲げた。

 口に含み、少しほろ苦い味が広がる。


 ――ありがとう。


 どこかからそんな声が聞こえた気がして、サイラルは周りを見渡した。しかし、マリエール以外に人影は見当たらない。


「どうしたのですか?」

「何も。少し飲みすぎたかもしれない」


 サイラルは満月を仰ぎ、マリエールにそう答えた。


 ――はたしてあの声は、タエ様か。


 日本から来た異世界の娘タエ、日本への郷愁の想いを抱えながらもアヤーテに残り、王に尽くした女性。

 その名を抱く彼の娘は、今日王妃になった。


「陛下はタエを愛していますわ。もちろん、タエもです」


 不安を取り除こうとしているのか、マリエールが言葉を添える。


「そうだな」


 ――タエは幸せになれる。


 キリアンを幼少から知り、宰相を務めて二十六年だ。彼のことはよく知っており、彼がどれほどタエのことを大切にしているかもわかっていた。


「ご安心ください。サイラル様。タエは幸せになれますわ」


 マリエールはその隣に立つと同じように空を眺める。

 サイラルはその肩を抱き、微笑んだ。


 


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