二十 ライベルの提案
「ニール。ニールったら!」
タエの、王妃の間を出てから何も話さないニールにカリダが不貞腐れたように声をかけた。
「あ、殿下。失礼しました」
「あー、大人って面倒だね。ニール。次の「学友」はまともな奴を選んでくれるように、父上とクリスナに言ってよね。本当に時間の無駄だから」
カリダの申し出にニールは思わず溜息を噛み殺す。
それは無理な注文だからだ。
世襲制の身分制度の貴族では、努力を怠る貴族たちが多い。王太子の学友になる貴族たちは貴族の中でも身分の高い者になり、その傾向が強くなるからだ。
カリダはニールの表情から、無理な注文なのだろうと予想して小さく息を吐いた。
☆
「そんなことを言ったのか。カリダのやつ!」
クリスナから報告を受けライベルは珍しく笑い声を立てた。
彼も子供のころに学友という存在はいたが、ほぼ無視に近い形で相手にしていなかった。その上、十歳のときからエセルに教えをこいていたため、学友と言われてもその記憶がおぼろげだ。
「笑い事ではありません。カラシナ、メレフから苦情がはいっております」
「だが、確かに馬鹿であろう。お茶にいれる砂糖の数ごときで騒ぎ立てるとは、ろくなものがいないのか?」
ライベルはクリスナに問いかけ、彼は答えを窮する。
「学友など必要ないのではないか?俺は学友など覚えていないぞ」
「……陛下の場合は、特別です」
何が特別か、それはエセルの存在であり、ライベルは黙ってうなづく。
「貴族たちの面子のためにも学友は必要か。また将来のカリダの右腕を探すためにもか」
「そうです」
「ならがその選定方法を変えればよいのではないか?」
「そう申しますと?」
「カリダの学友のために、事前に面談の機会を設けるのだ。その面談で印象のよかったものをカリダの学友にしたらよい」
「面談ですか?……それはいいかもしれません」
ライベルの考えにクリスナは唸りながらも同意を示す。
「面談には、タエとニールをつけさせよう。二人であればカリダの良い学友を選んでくれそうだ」
「……王妃様と、ニールですか?」
クリスナは不服そうで、ライベルは煩わしそうな表情をした。
「部屋には侍女と近衛兵も配置する。問題なかろう」
「ですが、ニールは近衛兵団長としての業務もあります」
「わずか数日のことだ。どうにか都合をつけるように説得しろ。そうじゃないと、カリダがまだ騒ぎを起こすぞ」
「畏まりました。ニールには私が伝えましょう。王妃様には陛下がお伝えください」
「……ニールに頼めば良い」
「陛下」
「わかった。今夜話す」
「それはよろしいことで」
クリスナが安堵したように笑い、ライベルは忌々しそうに顔を歪める。
ライベルとタエは、王と王妃。
夫婦であるが、二人は寝室を別にしている。それはごくわずかの側近だけが知っている事実だ。
王室と王妃の間は繋がっており、二人は共に夜は王室にいるように見せかけて、タエは自室の王妃の間で就寝している。
静子が亡くなって、もう六年たっているが、ライベルは静子一筋である。
それを知っているのに、クリスナは二人が本当の夫婦になることを望んでいるようだった。
補佐役としては正しい判断で、彼を咎めたりはしない。けれども、ライベルは、彼自身だけではなく、ニールの気持ちを思いやって欲しいと密かに願っていた。
それを口にしたこともあるが、クリスナはニールにはそのような気持ちはない、もし疑っているのであれば、近衛兵団長の職から解くように迫られたこともあり、それから二度と言葉にすることはなかった。
(ニールは、まだタエのことを想っている。おそらくタエも)
本来であれば離縁すべきなのは、ライベルとタエだ。
タエを異世界の娘の役から解放すべきだ。だが、ライベルには異世界の娘という盾が必要であった。
(ひどい王だ。まったく。俺ができることはカリダを早く王位につけ、タエを解放してやることくらいだ。そのためにはクリスナ、ニール以外に絶対的な味方をカリダにつけてやらなけば)
この三年、ライベルの思考はかなり前向きになっていた。
自暴放棄になって、王位を投げ出すことは考えないようになっていた。
それは統治にも反映しており、アヤーテ王国は平和で安定して時を迎えている。




