十八 ニール、そしてカリダ
異世界の娘タエの突然のお披露目、そして王妃宣言は貴族たちに衝撃を与えたが、ライベルの王としての資質を問う声を見事に封じることに成功した。
キシュン家の情報がどうして、貴族たちに漏れたのか。そのことは後で追求するということした。
「陛下。王室前は平常に戻りました」
貴族たちが去ったことを確認して、ニールは王室へ報告のために入る。
そこには、ライベルしかいなかった。父クリスナは、暗殺の話を命がけで伝えてくれたパルのもとへ行っていた。
「そうか」
ライベルは短く答え、ニールは一礼すると踵を返す。
扉の取っ手に手をかけた彼をライベルは呼び止めた。
「タエのことであるが」
「陛下。何も言わずともわかっております」
ニールはライベルから何も聞きたくなく、先回りしてそう答える。
「ニール・マティス」
しかしライベルは彼の名を呼び、ニールは感情のまま返した。
「今はそっとしておいてくれ。俺は俺で気持ちの整理をしている」
ニールはあの時平静を保っていたが、心の中は穏やかとは遠いところにあった。
タエのことを妻にするつもりだった。
けれども状況のためといえ、彼女は王妃になる道を選んだ。
「俺は、タエに指一本触れるつもりはない。俺の妻は生涯シズコだけだ。それだけはわかってくれ」
(それがどうした?)
ライベルの言葉に、ニールは怒りしか湧いてこなかった。
二人の間には使命感しかない。
愛で結ばれた関係ではない。しかし、事実は王と王妃、夫婦であることには変わりない。
ニールはこの時ばかりは、近衛兵団長としての立場を忘れ、礼儀を無視した。
そうして、王室をそのまま出る。
今日再び、彼は恋を失ったのだ。
それにもかかわらず、彼は好きな人の側に仕え続ける。
一度目の痛みには耐え切った。
二度目の痛み、それは耐え難き痛みを彼に与えた。
☆
ニールが去り、ライベルは一人王室に取り残され、己が選択した道に思いをはせる。
「シズコのためだった」
今となっては本当にそうなのかわからない。
彼は諦めていた。
しかしタエの言葉で再度王位にしがみついた。
それは、従兄弟であるニールの気持ちを踏みにじる行動だ。
タエは彼の二人の目の王妃になった。
しかし、彼にとって妻はただ一人。シズコのみだ。
それは一生変わらない。
今更決定を覆すことはできない。
それであれば、懸命に王として生きようと思った。
☆
「母上は死んでしまったの?」
「はい」
タエはできるだけ簡単な言葉を選び、静子の最後をカリダに語った。
村人に追い出された話をしたところから、カリダはぎゅっとタエの手を握り締め、その瞳が揺れ始める。
タエは何度も話すのをやめようか、迷った。
けれども、自身が王妃になる話をするためには、必要だと心を鬼にして彼女は伝えきる。
「なんで!!なんで!」
カリダは叫びだし、その声は部屋の外に漏れる。
部屋に外に立っていた近衛兵が扉を叩く。
「何かあったのですか?」
「大丈夫です」
「殿下の様子がおかしいのですが」
タエは現時点で王妃ではない。
あの時期王妃宣言については数刻前の話で、まだ王宮内にひろがっているわけではなかった。
カリダの身を案じて、近衛兵は問いかける。
タエも理解しており、心配であれば扉を開けようとした。
「僕は大丈夫、大丈夫だから!」
しかし、カリダがそう叫び、タエは足を止めた。
「何かございましたらお呼びください」
兵士は安心したようで、それっきり何も言わなくなる。
「殿下……」
タエはこの話をすることで、覚悟を決めていた。
カリダのタエへの好意は、母親を見殺しにした形のタエへの憎悪に変わるかもしれないと。
なので距離を保って彼の様子を窺う。
「タエ。タエはずっとタエのせいだっていうけど、そうじゃないよ。悪いのは村の人、野犬だよ!だから、僕から離れていかないで!」
「殿下……」
「ずっと笑わなかったのは、やっぱりそうなんだね。僕、本当はわかっていた。母上はもうとっくに死んじゃっているって……」
カリダは目からほろほろと大粒の涙を流す。
けれども一生懸命笑おうとしていた。
「タエ。僕のために笑って。母上もきっとそう思っているから。お願い」
「殿下……」
胸をとんとんと叩かれているように痛みがして、鼻の奥がつんとする。気がつくと、タエも泣いていた。ゆっくりと涙が瞳からこぼれ、頬を伝い、落ちていく。
「タエ」
カリダは精一杯背を伸ばして、タエを抱きしめる。背中にやっと手が届くほどだが、タエを守るように手が伸ばされた。
「殿下。申し訳ありません」
「タエ。謝らないでよ!タエのせいじゃないんだから。タエ、ずっと僕のそばにいてね。お願い」
「はい」
タエはカリダの頭をなで、その髪に静子の名残を感じて、目を閉じる。
カリダから暖かさが伝わってきて、頑なタエの心をほぐしていく。
それはまるで許されているような気分になり、タエは久々に心の底から安堵した。