人はそれを英雄譚の一部として受け入れた
後世の歴史研究家は言う。
かつてある国に、それは大変に腕の立つ、偉大な英雄がいたそうだ。
古い書物には、彼の生き様がこう記されている。
『英雄は生まれた頃から母親がおらず、育った環境は決して恵まれたものではなかった。しかし、そんな逆境の中でも彼は厳しく自分を律し、正しく生きてきた、まさに立派で気高い人物であった』と。
そして書物はこう続ける。
『英雄はある時、心清らかな美しい少女と結婚し、それはそれは温かい家庭を築いた。ところが、天の悪戯か、あるいは彼女もまた気まぐれな悪女であったのか、ある日突然、その少女は彼の元からいなくなってしまった。英雄は深く悲しみ、あまりにも深く悲しむあまり日々の食事も喉が通らず、危うく死神の鎌が彼の命を狩ろうとするほどたった。』
だが、英雄はそこで崩れ去ることはなかったと歴史は称える。
彼はその身を律し、生涯独り身を貫き、最後まで孤独に少女を想い続けて生きていった。
理不尽な運命に耐え抜いた英雄の悲劇と、その美しい生き様は、涙ながらに後世へと語り継がれる美談となったのだ。
――しかし、歴史がどれほど彼を聖人として祭り上げようとも、真実はあまりにも虚しい。
彼が本当に生きたその最期の日々、英雄の周りには、ただの一人も彼を慕う人間がいなかった。
かつて彼を「神童」と持て囃した父親も、祖父母も、とっくに世を去っていた。彼が本当に欲しかったはずの「温かい家族」はどこにもなく、彼を「英雄」としてしか見ない民衆の歓声も、静まり返った広大な屋敷の中までは届かない。
妻が消え、自分を無条件に肯定してくれる「置物」を失った館で、彼は自分が何によって孤独なのかすら理解できぬまま、冷え切った英雄という玉座に縛り付けられていた。
彼を心から愛そうとした少女も、かつて彼を我が命に代えても守ろうとした母親も、遠い街で互いの傷を癒やし合い、自分たちのための本当の温もりの中で笑い合っている。そんなこととは露知らず、英雄は最後まで、自分が作り上げた「可哀想な僕」という檻の中で、たった一人、凍えながら息を引き取ったのである。
人々の喝采と、あまりにも深い静寂の狭間で。
真実を隠した歴史の1ページだけが、今も白々しく輝いている。




