↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星祈りの少女は、傷ついた世界を旅する  作者: 天野みんと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
88/94

第七十六章 風の知らせ

 風が変わった。

 それに気付いたのは、数日前のことだった。

 最初はただの違和感だった。

 季節の移ろいかもしれない。

 気のせいかもしれない。

 だが、長い時を生きた者の勘は時として理屈より先に真実へ辿り着く。

 風は何かを運んでいた。

 見えない何かを。

 ◇

 丘の上に立つ老いた妖精は、静かに空を見上げた。

 青い空、流れる雲、いつもと変わらない景色。

 それなのに

「騒がしいのう」

 長老は小さく呟いた。

 周囲には誰もいない。

 あるのは風だけ。

 木々の葉を揺らし、花々の間を吹き抜ける優しい風。

 だが今日の風は落ち着きがなかった。

 まるで何かを伝えたがっているようだった。

 長老は目を閉じ、耳を澄ませる。

 すると風の中に、かすかな声が混じっていた。

 旅人たちの話、街の噂、遠く離れた場所で交わされた会話。

 風は昔からそういうものだった。

 世界中を巡りながら、人々の想いを運んでくる。

◇

「忘れてしまったそうじゃ」

「毎日通る道なのに」

「名前が出てこなかったんだ」

「変な話だろう?」

◇

 断片的な言葉が風に乗る。

 長老の眉がわずかに動いた。

 ひとつひとつは些細な話だ。

 笑い話で終わる程度の出来事。

 だが、それがあまりにも多い。

 風は続ける。

 ◇

「歌を忘れた」

「手紙の続きを思い出せない」

「約束していたはずなのに」

 ◇

 長老はゆっくりと目を開いた。

 その眼差しは遠くを見ている。

 もっと遠く。

 ずっと遠く。

 今では誰も知らない時代を。

「……まさかのう」

 風が吹く。

 白い髭が揺れる。

 だがその言葉の続きを、長老は口にしなかった。

 長老は知っている。

 いや、正確には知っているわけではない。

 覚えているわけでもない。

 ただ、胸の奥に残っているのだ。

 名前のない違和感が。

 遠い昔、まだ若かった頃。

 何か大切な話を聞いた気がする。

 誰かと語り合った気がする。

 だが思い出せない。

 不思議なことだった。

 長老ほど長く生きていれば、忘れてしまった出来事などいくらでもある。

 だが、これは少し違った。

 忘れたというより、最初からそこだけ切り取られているような感覚。

「ふむ……」

 長老は杖を握る。

 そして空を見上げた。

 風はまだ騒いでいる。

 いや、どこか嬉しそうですらあった。

「なんじゃ?」

 その時だった。

 風の流れが変わる。

 懐かしい気配が混じる。

 優しい光のような気配。

 ◇

 星祈り。

 長老の口元がわずかに緩んだ。

「あの子らか」

 脳裏に浮かぶ。

 無愛想な剣士、甘いもの好きの娘、真面目な青年、本を抱えた知識屋。

 そして、人と人を繋ごうとする星祈りの少女。

「なるほどのう」

 長老はくすりと笑った。

 風は確かに伝えていた。

 あの子たちもまた、この異変に気付き始めている。

 ◇

 長老はしばらく空を見ていた。

 雲が流れ、鳥が飛び、風が吹く。

「ほっほっほ」

 穏やかな笑い声が漏れた。

「やはり縁というものは面白い」

 本来ならば、彼らはただの旅人だった。

 一度出会い、別れ、それで終わる縁だったかもしれない。

 だが、風は再び彼らの名を運んできた。

 それならば、今度はこちらから行くべきだろう。

 長老はゆっくりと歩き出す。

 長い旅の支度など必要ない。

 杖一本あれば十分だ。

「さて」

 柔らかな風が吹いた。

「少しばかり昔話をするとしようかの」

 その声を聞いた風は、どこか楽しそうに世界へ駆けていった。

 ◇

 一方その頃、セリアたちは街道を歩いていた。

「なんか今日、風強くない?」

 リリカが髪を押さえながら言う。

「そうか?」

 ガルドが首を傾げる。

 ユークは地図を広げながら歩いていた。

 レオンは黙って周囲を警戒している。

 そしてセリアだけが、ふと足を止めた。

「……?」

「どうした?」

 レオンが振り返る。

 セリアは風を見つめていた。

 まるで誰かが呼んでいるような気がしたのだ。

「ううん」

 彼女は小さく笑った。

「なんでもない」

 だがその風は確かに彼女たちのもとへ向かっていた。

 遠い昔を知る者を乗せて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。