第六十四章 風奏の街
翌朝、街道を進むにつれて風が変わっていった。
どこか軽やかで、どこか賑やかだった。
最初は気のせいかなと思った。
だが、違った。
「聞こえる」
セリアが立ち止まる。
遠く、本当に遠くから音楽が聞こえてきた。
笛の音色、打楽器のリズム、そして誰かの歌声が風に乗って届いてくる。
「近いね」
リリカが笑う。
その声は少しだけ弾んでいた。
まるで故郷へ帰る子どもみたいに。
◇
丘を越えるとその先に街が見えた。
白い石造りの街並み。
風にはためく色鮮やかな旗、飛沫を上げる広場の噴水。
橋の上で演奏する楽師たち、大道芸人、踊る子どもたち。
街そのものが歌っているみたいだった。
「すごい……」
セリアが息を呑む。
今まで訪れたどの街とも違う。
音楽が生活の一部になっている。
そんな場所だった。
「ようこそ風奏の街へ!」
門番が笑う。
その横で楽師が笛を吹いている。
仕事しているのか分からない。
「好きなんだよねぇこの街」
リリカが懐かしそうにそう言った。
とても優しい表情をしていた。
その時だった。
「リリカ?」
誰かが呼んだ。
リリカが振り返る。
一人の女性だった。
二十代後半くらいの優しそうな顔、そして腕には小さな子どもを抱いていた。
リリカは目を見開く。
「え……」
本当に一瞬だけ言葉を失う。
「久しぶり」
女性が笑う。
「元気だった?」
リリカは答えない。
いや、答えられないようだ。
ただ子どもを見る。
そして女性を見る。
きっと昔の仲間。
かつて同じ旅をした人。
そんな気がした。
「そっか」
リリカが小さく笑う。
「お母さんになったんだね」
女性も笑った。
幸せそうに。
とても幸せそうに。
その笑顔を見てリリカも笑った。
ちゃんと心から。
でも、セリアには分かった。
その笑顔の奥に、ほんの少しだけ寂しさがあることを。
◇
風が吹く。
遠くで楽器が鳴っている。
祭りの準備は始まっていた。
そして、今はまだ誰も知らない。
この街で失われ始めているものを。




