第六十二章 旅立ちの風
出発の日はよく晴れていた。
風も穏やかだった。
妖精の里には朝の光が降り注いでいる。
枝の家々、風車、揺れる木々。
数日しか滞在していないはずなのに少しだけ名残惜しかった。
「忘れ物はない?」
セリアが聞く。
リリカは大きな袋を確認。
「スイーツ良し」
ガルドが苦笑している。
「それは忘れないんだな」
ユークは大量の本を抱えている。
「返却期限はありますか?」
真顔だった。
長老が笑う。
「ない」
目を輝かせるユーク。
とても嬉しそうだった。
そのやり取りを見ながらセリアも笑う。
本当に賑やかな仲間たちだった。
その時、長老が近づいてきた。
風が吹く。
自然と全員が静かになる。
「お世話になりました」
セリアが頭を下げる。
長老は首を横に振った。
「こちらこそだ」
「久しぶりに賑やかだった」
後ろで子妖精たちが元気に飛び回っている。
賑やかさの原因はたぶんそちらである。
長老は少し笑う。
そして、セリアたちへ視線を向けた。
「一つだけ覚えておくといい」
静かな声だった。
風が木々を揺らす。
「悲しみとの向き合い方は一つではない」
セリアは耳を傾ける。
「我らは流す」
「花の妖精たちは咲かせる」
「新しい思い出で心を包み、少しずつ前を向く」
花守りの町が浮かぶ。
あの景色、あの花畑。
長老は続ける。
「きっと他にもある」
「誰かを支える方法も」
「悲しみを乗り越える方法も」
「繋がる方法も」
そして少しだけ目を細めた。
「大切なのは」
風が吹く。
優しく、穏やかに。
「どの答えが正しいかではない」
「誰かが前を向けるかだ」
セリアは頷いた。
長老の言葉はどこかアイシアに似ていた。
そして、どこかお兄ちゃんにも似ていた。
きっと、長い時間を生きる中で辿り着いた答えなのだろう。
「ありがとうございました」
セリアは笑った。
長老も笑う。
いよいよ旅立ちの時が来る。
「また来てねー!」
「忘れないでねー!」
「スイーツ持ってきてー!」
妖精たちが手を振る。
リリカも振り返す。
「そっちもねー!」
レオンは小さく笑った。
ガルドも、ユークも、そしてセリアも。
妖精の里へ最後に手を振り歩き出す。
新しい旅路へ。
その背中を長老は静かに見送っていた。
◇
風が吹く。
旅人たちの背中を押すように。
長い沈黙。
やがて、誰にも聞こえない声で長老は呟いた。
「繋ぐ者か」
風が揺れ、木々が歌っている。
そして、長老は微笑んだ。
「悪くない」
旅人たちの姿が見えなくなる。
それでも風は吹いていた。
どこまでも遠くまで。




