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新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件 ~ 北条の覇道、その系譜  作者: 条文小説


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4/12

1-3 武蔵河越の生け捕り劇 〜 脳筋どもの手柄争いを、『知略』で華麗に裁く 〜

挿絵(By みてみん)


北条五代記ほうじょうごだいき』は、三浦浄心が著した、後北条氏にまつわる話題を中心とした仮名草子・軍記物語。確認されている最古の版本は寛永18年(1641年)刊。万治2年(1659年)版が流布本で残存数も多い。ともに全10巻だが内容には改変がある。出典:Wikipedia

 俺の名前は北条ほうじょう早雲そううん。……まあ、正確には今はもう隠居して、この世の成り行きを「特等席」から眺めている伝説レジェンダリー創業者ファウンダーだ。


 俺が作った「合理主義」という名の体制システムは、息子の氏綱うじつなにもしっかり継承されている。俺の息子が、脳筋のうきんまみれの戦国乱世クソゲーを、いかに「知略」で攻略しているか。その決定的な瞬間イベントを見せてやろう。


 舞台は天文六年(1537年)七月十五日、武蔵国・河越かわごえだ。登場人物ターゲットは、名門の看板だけ立派な戦国武将プレイヤー、上杉 朝定ともさだ


 親である俺が「時代遅れの連中」として切り崩した上杉の残党どもを、氏綱がさらに追い詰める。結果は火を見るより明らか。朝定は俺の息子の圧倒的な実力の前に敗北、滅亡バッドエンドを迎えた。


 だが、この合戦の真の「見どころ」は、その後の戦利品ドロップアイテム……いや、捕虜ターゲットの扱いを巡る裁判劇だった。


 乱戦の中、一人の「希少レア雑魚モブ」がいた。上杉修理大夫朝興の弟であり、朝定の叔父。名門の血筋ステータスMAXの上杉左近大夫 朝成ともなりだ。


 朝成ともなりは郎党たちが討ち死にする隙に脱出を試みたが、運命フラグからは逃れられなかった。ただ一騎で落ち延びる彼の背後に、俺の配下である相模の住人、平岩ひらいわ隼人正はやとのじょう重吉しげよし急加速バフをかけて追いついた。


「おいおい、そこの大将! 敵に背中を見せて逃げるのか? 引っ返して俺と勝負タイマンしろ!」


 隼人正の名乗りに、朝成も逃げきれないと覚悟して駒を返す。


 二人は馬上から組み合い、地面へ落下! 泥まみれのレスリングだ。最初は朝成が上になって隼人正を押し込んでいたが、そこは北条の精鋭。隼人正が気合でねじ伏せ、形勢逆転!


 ……と、そこで横から割り込んできた奴がいた。山岡やまおか豊前守ぶぜんのかみだ。


 豊前守は自分の郎党たちを引き連れて「おっ、いい獲物じゃん」と言わんばかりに横取りし、朝成を捕縛。そのまま氏綱の御前へ連れていった。


 これにブチ切れたのが、泥だらけの隼人正だ。


「待てコラ! そいつを組み伏せたのは俺だ! 豊前守が後から来て奪い取ったんだぞ!」


 軍功を巡る「相論そうろん」。手柄の二重請求だ。証拠不十分。どちらも「俺がやった」と言い張る。


 普通の大名なら「うるせえ、折半だ!」とか「後から来た奴の方が捕らえてるんだからそっちが手柄だ」とか適当に裁くだろう。だが、俺の息子、氏綱は違う。


「面白い。まずは朝成を山角やまかど信濃守に預けろ。両者の言い分、馬と鎧の毛の色、すべて記録しておけ。……敵将の気色プライドを見て、真実を暴き出すとしよう」


 氏綱はニヤリと笑った。拷問ではなく、知略ロジックで攻略するつもりだ。


 捕虜となった朝成は、名門の矜持プライドを傷つけられ、心を閉ざしていた。氏綱はあえて「朝成は叔父殿なのだから丁重に扱え」と指示を出し、山角信濃守を派遣して、折に触れて雑談をさせた。


 ある時、山角は鎌倉時代のレジェンド、源頼朝の奥州発向の話を切り出した。歴史好きの朝成が食いつく。


「頼朝が奥州で戦った話、古い記録にも詳しくないんだよ。どんな話なんだ?」


「……ある老士の物語を覚えていまして。お退屈しのぎに語りましょう」


 山角が語り始めたのは、文治五年(1189年)の泰衡退治の際、捕虜となった勇士、由利八郎ゆりのはちろう逸話エピソードだった。


 由利八郎もまた、宇佐美平次 実政さねまさと天野 則景のりかげという二人の武士から「俺が捕らえた」と手柄を争われた男だった。


 時の権力者・頼朝は、あの有名な梶原景時かじわらかげときを尋問に送った。


 景時は由利八郎に対し、上から目線で聞いた。


「おい、お前は泰衡の郎従の中でも有名人だろ。どんな色の鎧の奴がお前を捕まえたんだ?」


 すると、囚われの身であるはずの由利八郎がブチ切れたんだ。


「貴様は頼朝殿の家人か? その言い草は失礼の極みだ! 俺の主君は秀郷将軍の嫡流、三代にわたる鎮守府将軍の家柄だぞ。きさまごときと俺の力量、どれほどの差があると思っているんだ? 運が尽きて捕まったのは勇士の常だが、そんな失礼な質問に答える義務はない!」


 景時は顔を真っ赤にして退散(笑)。頼朝公は「無礼を働いたから囚人に怒られたか。道理だ」と笑って、今度は人格者の畠山重忠はたけやましげただに交代させた。重忠は、由利の前に座り、礼儀正しく語りかけた。


「武士たるもの、敵に捕らわれるのは古今東西よくあること。恥ではありません。あの頼朝公だって、かつては囚人となって配流された身。それでも最後は天下を取りました。あなたもいつか運が巡るでしょう。……さて、参考までに聞かせてください。何色の鎧を着た男が、あなたを真っ先に捕らえたのでしょうか?」


 この敬意に、由利は心を開いた。


「……黒糸威くろいとおどしの鎧を着て、鹿毛かげの馬に乗った男が、まず俺を馬から引き落とした。その後から追ってきた奴らの色は覚えていない」


 この証言で、最初に仕掛けた宇佐美実政の手柄が確定し、不審が晴れた……。


 山角の話が終わると、朝成は深く溜息をついた。

「……生け捕りの昔話を聞くにつけ、遺恨くやしさが止まらんな。語っても益はないが、俺の運命も尽きたものだ」


 朝成は、名門としてのプライドを刺激され、自分を由利八郎のような「誇り高き勇士」に重ね合わせてしまったんだ。これが氏綱の狙った「心理トラップ」だ。


「あの時、落ち延びる俺に黒革威くろかわおどしの鎧を着て、芦毛あしげの馬に乗った武者が一騎で追ってきた。俺は駒を返して組み合った。奴は下から潜り込み、俺は上から押さえ込んだが……力負けして押し返され、下になった。そこに大勢が重なり合って捕らえられたのだ。……無念極まる!」


 山角は心の中でガッツポーズをしただろうな。すぐに氏綱へ報告が上がった。


「朝成が言った鎧と馬の特徴は、平岩隼人正のものと完全に一致します。言葉も最初から最後までブレていません。……隼人正の功績、確定です」


 氏綱は満足そうに頷き、検証を終えた。


「捕らえられた恥辱にまみれている敵将に、『誰に負けたんだ?』と直接聞いても、プライドが邪魔して答えられん。それを、昔の由利八郎の話を引き出して、自ら口を割らせるとは……。山角、貴様の智略、感じ入ったぞ」


 氏綱は山角を大絶賛。名門の自尊心プライドというステータスを逆手に取り、暴力を使わずに真実を抽出する。これこそが、俺が遺した「文武両道」の真髄だ。


 脳筋たちは「武力」で国を奪おうとするが、俺たち北条は「知略」で国を支配する。朝成のような名門の生き残りは、結局のところ、自分たちが作り上げた「名誉」という虚像に縛られているんだ。


 古い家系図を誇るだけのプレイヤーたちは、こうして俺たちの体制システムの肥やしになっていく。氏綱、よくやった。


 手柄争いという組織の「内輪揉め」を、敵の心理を突いた「心理学」で解消する。


 関東五代の覇権は、こうした細かな「最適化」の積み重ねによって築かれていくのだ。




校訂 北条五代記 博文館編輯局(明治三十二年)




三 上杉朝成うへすぎともなり生捕いけどる事


きしはむかし。武州ぶしう河越かはごえたちにおいて、官領くわんれい上杉五郎朝定うへすぎごらうともさだ北条氏綱ほうでううぢつな合戦かつせん天文てんぶん六年七月十五日なり。朝定 打負うちまけ、滅亡めつぼうし給ひぬ。てき軍兵ぐんびやう敗北はいぼくするその中に、上杉 左近大夫朝成さこんのたゆうともなり郎従らうじうあまたかへ討死うちじにす。そのひまに朝成、多くのかたきをのがれ給ひぬ。のちただ一騎いつきになりて落行おちゆく所に、相模国さがみのくに住人ぢうにん平岩隼人正重吉ひらいははやとのかみしげよしこれを見て追ひかけ、「あはれ大将たいしやうと見へたり。敵にうしろをあやなくも見せ給ふ物か。引返ひきかへ勝負せうぶを決せよ」と名乗なのりかくる。朝成のがれがたくこま引返す。隼人正、馬上ばじやうよりんで落ち、はじめは隼人正下になりしが、えいやとねぢ返し上になりたり。味方みかた山岡豊前守やまをかぶぜんのかみ落合おちあひ、郎等らうどうあまた来たり、敵を生捕り、隼人正をば押しへだてうばひ取りて、氏綱の御前ごぜんへ参じたり。また隼人正来たりて、「この敵をばそれがし組み伏せ候処に、豊前守跡より来て奪ひ取り候」と、相論さうろんに及ぶ。氏綱、その者の申す言葉ならびに両人の馬・よろひ等をしるし置かれ、生捕をば山角信濃守やまかどしなののかみに預けらる。かの両人相論、実否じつぶ決しがたし。生捕にただ今尋ぬるといふとも、あへてもて答ふべからず。気色きしよくを見合せ尋ぬべしとて、しばらく預け置かる。かの左近大夫朝成は、上杉修理大夫朝興しゆりのたいふともおきおとと、朝定の叔父おぢなり。「いたはり候へ」と仰せ付けられたり。合戦の後、氏綱河越の城に入り給ひぬ。信濃守、朝成の居所きよしよへ参じ、折々昔を語りなぐさめぬ。頼朝公よりともこう奥州おうしう発向はつかうの事を語る所に、朝成いはく、「頼朝、みちのくにて合戦の事、古記こきにもくはしくは見えず。いかなる文にしるし置きたるや」信濃守いはく、「ある老士らうしの物語を聞き覚え候。語りて御つれづれをなぐさめ申すべし」とて語り出づ。頼朝公、奥州泰衡やすひら退治として文治ぶんぢ五年七月十九日鎌倉を打立ち、八月十日あづかし山の合戦に討勝ち、秀衡ひでひらが子どもことごとく誅伐ちうばつし、所々の戦ひに勝ち、陣が岡に着御ちやくぎよし給ふ。九月七日、宇佐美平次実政うさみへいじさねまさ、泰衡が郎従由利八郎ゆりのはちらうを生捕り相具あひぐして参上す。然るに天野右馬丞則景あまのうまのぜうのりかげこれを生捕りのよし相論す。二品にほん行政ゆきまさに仰せ付けられ、両人の馬ならびに鎧の毛をしるし置かるるの後、梶原平三景時かぢはらへいざうかげとき、由利に向かひていはく、「なんぢは泰衡が郎従の中に名ある者なり。何色なにいろの鎧着たる者の汝を生捕るや」由利答へていはく、「汝は兵衛佐ひやうゑのすけ殿の家人けにんか。今の口状こうじやう過分くわぶんの至り。たとへをとるに物なし。故御舘こみたち秀郷将軍ひでさとしやうぐん嫡流ちやくりう正統せいとうたり。以上三代鎮守府将軍ちんじゆふしやうぐんの功をくむ。汝が主人、なほかくのごとき言葉をばつかふべからず。いはんや又汝と我と、力量りきりやういづれか勝劣せうれつあらんや。運尽きて囚人めしうどとなるは勇士ゆうしの常なり。問ふ所の事、さらに返答に及ばず」景時すこぶるおもてをあかめ、御前に参じ申す。頼朝公仰せにいはく、「無礼ぶれいをあらはすによつて囚人これをとがむるか。もつとも道理なり。はやく畠山次郎重忠はたけやまじらうしげただに召しとはすべし」重忠、手づから敷皮しきかはを取り、由利が前に持来り座せしめ、礼を正しうしていざなひていはく、「弓矢にたづさはる者、怨敵をんてきのためにとらはるるは、漢家本朝かんかほんてう通儀つうぎなり。かならず恥辱ちじよくと称すべからず。中にも、いにしへ左典厩さてんきう永暦ゑいりやく横死おうしあり。二品もまた囚人となりて六波羅ろくはらにむかはしめ給ひ、結句けつく豆州づしう配流はいるせられ給ふ。然れども佳運かうんつゐにむなしかるべからず、天下を取り給ふ。貴客きかく生捕りの名をかうむらしむといふとも、始終しじう沈淪ちんりんの恨を残すべからず。何色の鎧を着きたる者に生捕られ給ふぞや」由利いはく、「黒糸威くろいとおどしの鎧を着き、鹿毛かげの馬に乗りたる者、まず我を取りて引落す。その後追ひ来る者は色目わかず」重忠帰参し、つぶさに披露ひろうす。くだんの鎧・馬は実政がなり。不審ひらけたり。信濃守かく語り終へていはく、「郎等らうどうをば持つべき事なり。かの由利八郎、頼朝公の言葉のあやまりをとがめ、至極しごくの道理をもつて主人の名をあげ、生捕らるる身として勇士の誉をあらはし、末代に名をとどむ。希代きだいがうの者なり」朝成これを聞き、「生捕りの昔を聞くにつけても遺恨いこんやむ事なし。語りて益なしとおもへども、我運命尽き、合戦に勝利を失ひ落行く所に、黒革威くろかはおどしの鎧を着き、芦毛あしげの馬に乗りたる武者一騎名乗りて追ひかくる。駒引返し、馬上にて組む。彼はさしくぐりて下手したてをとり、我は上手うはてにありて馬上より落ちたり。されども物の数ともせず彼を組み伏せ、刀に手をかけしに、下よりえいやと押返し、朝成下になりぬ。その時あまた落合ひ、かさなりて生捕られ、恥辱をさらす事無念むねん口惜くちをしき」信濃守これを氏綱に言上ごんじやうす。氏綱聞召し、件の鎧・馬は平岩隼人正なり、申したる言葉始終変らずと御感ありて、検証けんしやうを行はる。氏綱いはく、「彼ら生捕りたる手柄を朝成に尋ぬるとも、敵に組み伏せられ答へがたからんか。然るを、信濃守むかしの生捕りを語り出し、朝成をなだめたる智略ちりやく感じ入る」とぞ仰せける。

〜参考文献〜

北条五代記(博文館編輯局校訂) - Wikisource

https://share.google/FGo71GTKh9plFa7d0


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。

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