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新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件 ~ 北条の覇道、その系譜  作者: 条文小説


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1-1 北条早雲、伝説の始まり 〜 将軍の呪いを解くために召喚された男が、究極の内政を披露する 〜

挿絵(By みてみん)


北条五代記ほうじょうごだいき』は、三浦浄心が著した、後北条氏にまつわる話題を中心とした仮名草子・軍記物語。確認されている最古の版本は寛永18年(1641年)刊。万治2年(1659年)版が流布本で残存数も多い。ともに全10巻だが内容には改変がある。出典:Wikipedia

 俺の名前は伊勢いせ新九郎しんくろう


 世間じゃ「どこからか流れてきた正体不明の素浪人が、実力だけで国を盗った」なんて言われているが、ありゃ嘘だ。噂ってのは一日経てば十倍に膨らむもんらしいからな。


 本当の俺?俺のルーツは山城国の宇治、あるいは大和の在原にある。先祖を辿れば、あの平家のレジェンド・平重盛から数えて15代目の末裔……つまり、平氏の華麗なる系譜だ。


 で、俺の家、伊勢家がなぜこれほど重用されたのか。そこにはカルトな理由がある。


 当時、京都の足利将軍家には深刻な悩みがあった。子供が生まれても、みんな十歳になる前に死んでしまう。まさに一族全滅の危機、呪われた血筋だ。


 そんなある夜、公方が夢を見た。公方のご先祖様が現れてこう告げたらしい。


「お前らの先祖が平家を滅ぼした怨念が、呪いとなって子孫を殺している。天下に名高い平氏の生き残りを召喚し、家老として政治を任せろ。さすれば呪いは解けるだろう」


 …嘘みたいな話だろ? だが、その「呪いけ」として白羽の矢が立ったのが、俺の家だ。「伊勢守に勝る平氏はいない」ということで、俺たちは将軍家の守護者として、特別なポジションを手に入れた。


 こうして俺の家門は、名門の血筋と「将軍家の呪いを抑える」という特命を背負って、戦国動乱の世に放り出されることになった。


 京都での日々も悪くはなかったが、俺の運命は東にある駿河するがへと向かって動き出す。きっかけは、俺の姉が駿河の大名・今川氏親のもとへ嫁いだことだった。俺は決めた。


「京都で腐っているより、東国で一旗揚げてやる」


 だが、一人で無双するほど俺は無鉄砲じゃない。俺には、志を共にする最強の仲間たちがいた。


 武勇の荒木兵庫守、軍師・多目権兵衛、山中才四郎、荒川又次郎、大道寺太郎、在竹兵衛尉、俺を入れて合計7人。


 俺たちは駿河の今川氏親を頼り、まずは「食客フリーランス」として、その一歩を歩み始めた。


 俺たちは、まず親戚の今川家の中で起きていた「お家騒動」や「反乱」を、持ち前の知略や武略で次々と鎮圧。実績を稼いでいった。


 そんな時、隣国・伊豆で事件イベントが発生する。伊豆の統治者が、讒言デマを信じて有能な家老を二人も切腹させてしまった。伊豆は大混乱。


「――これ、神が俺に『獲れ』って言ってるよね?」


 チャンスを逃さないのが一流。俺たちは夜闇に乗じて川を渡り、伊豆へ電撃侵攻!驚いた敵軍は散り散りになり、地元の豪族たちもビビって次々と降伏。


 結果。わずか30日で伊豆一国を完全制覇。こうして俺は「伊豆の早雲」として、その名を関東に轟かせることになった。


 世間じゃ俺のことを「仁義を重んじ、民を慈しむ理想のリーダー」なんて褒めてくれる。おかげで、他国の民まで「新九郎様の国に住みたい!」なんて言って、俺の軍門に降ってくる。ありがたい話だが、俺からすれば当たり前のことをやっているだけだ。


 国を盗るのは簡単だ。だが、国を「維持」するのは難しい。だから俺は、家臣たちや、これからこの厳しい乱世を生き抜こうとする若者たちのために、俺流の人生哲学ライフハックを書き残すことにした。


 名付けて、『早雲寺殿廿一ヶ条』。「心がけ一つで人生は変わる」……そんな俺の人生哲学ライフハックを、一挙に公開してやろう。


 いいか、よく聞け。これが俺の「勝ちパターン」だ。


第一条 まずは「信じる心」からだ。 神仏を敬う気持ちを忘れるな。


第二条 朝活は最強のスキルだ。 午前4時には起きろ。寝坊は周囲の信頼をすべて失うぞ。


第三条 「夜更かし」はリスクしかない。 午後8時には寝ろ。泥棒は深夜に来る。夜更かしで爆睡してて盗まれるなんてアホだ。


第四条 環境を整えろ。 洗顔の前に庭を掃除させろ。水は出しっぱなしにするな。大声でうがいをして人を不快にするな。


第五条 正直が一番。 素直に上の人を敬い、下の人を慈しめ。祈る暇があるなら、まずは自分の内面を見直せ。


第六条 ファッションは「清潔感」で選べ。 刀や服を他人と比較して背伸びするな。見苦しくなければ十分だ。借金してまで見栄を張るのはバカだ。


第七条 身だしなみはマナー。 髪を早く結え。ボサボサの頭で人の前に出るのは、自分を「油断しがちな人間です」と宣伝しているようなもんだ。


第八条 控え室でのマナー。 主君の前に出る前に、仲間の様子をよく見ろ。空気を読め。


第九条 レスポンスは「秒」で。 命令されたら即座に「ハイ!」と返事をしてから近づけ。自分のアレンジを加えず、ありのままを報告しろ。


第十条 噂話の輪に近づくな。 無駄話や作り笑いをしている連中のそばに居るな。そんなところにいるだけで、デキる奴からは見限られる。


第十一条 人任せにするな。 何事も他人に任せるのではなく、自分で把握しておくのが「事なかれ」への第一歩だ。


第十二条 スキマ時間は読書しろ。 ふところに本を入れておき、人目を盗んででも文字を見ろ。寝ても覚めても学ばなければ、知識はすぐに消える。


第十三条 ベテランを敬え。先輩の前を通るときは、腰を落として手をつき、敬意を示せ。足音を立てて通るなんて論外。


第十四条 絶対に嘘をつくな。 どんなに小さなことでも正直に言え。嘘は一度つけば癖になり、最後には誰からも相手にされなくなる。


第十五条 教養を学べ。 歌も詠めないのは、人としてどこか賤しい。言葉一つで自分の底が見える。


第十六条 空き時間にスキルを磨け。 仕事の合間には乗馬の稽古をしろ。基本をしっかり身につけるんだ。


第十七条 友達は選べ。勉強の友を求めろ。碁や将棋、笛、尺八の遊び友達は趣味としてはいいが、時間の無駄。


第十八条 メンテナンスを怠るな。 家に帰ったら、厩から裏まで見回り、垣根や「犬のくぐり道」まで塞げ。後のことを考えない下女に任せきりにするな。


第十九条 セキュリティは万全に。 夕方には門を閉めろ。人の出入りを自分で管理しないと、必ずトラブルが起きる。


第二十条 「火の用心」は管理者の義務だ。 台所や囲炉裏の火を、寝る前に自分で見回れ。家族や家臣に任せず、自分の手で確認する。これが命を守るということだ。


第廿一条 「文武両道」は常識。 文を左に、武を右にするのが北条のルールだ。両方備えていなければ、この世界では生き残れない。


 この21箇条、俺が人生の酸いも甘いも噛み分けて導き出した答えだ。若い奴はこれをただの細かい説教だと思うかもしれない。だが俺はこのルーティンを守り続けたからこそ、伊豆を盗り、相模を制し関東の覇者、北条の礎を築くことができた。


 俺の人生の終着駅は、相模の湯本に建てた「早雲寺」だ。永正16年(1519年)8月15日。俺がこの世を去るとき、法名は「早雲寺殿 天岳瑞公大居士」と名付けられた。この寺は、後に天皇からも認められ、関東第一の名寺と呼ばれるようになった。


 だが、俺が一番望んでいたのは、豪華な建物が残ることじゃない。俺が遺したこの人生哲学ライフハックが、一人でも多くの家臣や若者の心に残り、彼ら侍や民の人生を少しでも豊かにすることだ。


 たとえ建物が壊れ、時が流れても。「早雲」という名前を聞いた誰かが、「よし、明日は朝4時に起きて、正直に生きてみよう」と思ってくれたなら、俺の戦国人生は完全勝利といえるだろう。




校訂 北条五代記 博文館編輯局(明治三十二年)




一 伊豆早雲いづさううん平氏へいししげ由来ゆらいの事


きしはむかし。伊勢新九郎氏茂いせしんくらううぢしげといふさふらひ遠国をんごくよりたりて伊豆いづの国をりてるよし、つたふといへども多説たせつありて、いづれりがたし。新九郎は京都きやうとより駿河するがくだり、今川氏親いまがはうぢちかをたのみ、牢人分らうにんぶんにてありしが、武略ぶりやくの侍、ふねにて渡海とかいし伊豆の国を切りて取るよし、老人らうじん物語ものがたりせり。この説おぼつかなし。さればわれ江戸にありて、近辺きんぺんの町人のうはさをけふ聞き、あくる日は事を問へば虚言きよごんのみ多し。いはんや江戸中の事をや。その上、年月ねんげつごしさかひをへだてたる事をば、言ひたきままにかたるは世の常のならひ。聞く人誠まことと思ひ、筆にもしるし置きぬれば、後世こうせいの人これを治定ちぢやうとす。とにもかくにも空事そらごと多き世なり。さはありとてことさらに世の噂言はじにもあらず。右の新九郎、名をたる達人たつじんなれば、ふるき文に一言づつあまたに事残のこしたるを、愚老ぐらう近年きんねん見出みいだし、そのおもむきをあらかじめしるす者なり。新九郎、のちには北条早雲宗瑞ほうでうさううんそうずゐ改号かいがうす。住国ぢうこく山城やましろ宇治うぢの人なり。又一説には大和やまと在原ありはらともあり。この人の先祖をたづぬるに、むかし伊勢いせの国に伊勢伊勢守いせいせのかみ平氏貞たいらのうぢさだといふ侍あり。小松内大臣重盛公こまつのないだいじんしげもりこうより十五代の後胤こういんたり。国の名をあざなの上にく事、侍の名誉めいよといへり。そのころ、京都 公方様くばうさま御若君わかぎみあまた出来しゆつたい給ふといへども、短命たんめいにして十にもたらず、皆 逝去せいきよし給ふ。これをなげきおぼしめす所に、御夢ごむさうに、公方の御先祖ごせんぞ平家へいけをことごとくほろぼし給ふ。そのむくひに御息ごそく長命ちやうめいならず。天下に由来ある平氏へいししよせ家老からうとなし、まつりごとを取りおこなひ給ふにいたらば、御息長命たるべしと。夢さめ、御感悦ごかんゑつななめならず。天下に平氏の侍たれたれと尋ねゑらび給ふといへども、「伊勢守にしくはあらじ」と、伊勢守を召しのばせられ、家の子とさだめ、本人のままごと自由度じゆうど御子孫繁昌しそんはんじやうさかへ給ふと云々。中古ちうこにもさるためしあり。鎌倉かまくら葛西谷かさいがやつ北条時政ほうでうときまさの屋敷、代々北条家 居住きよぢうとす。高時たかとき時行ときゆき没落ぼつらく以後、源尊氏公みなもとのたかうぢこう鎌倉におはしまして、御威光ごゐくわういみじかりき。しかる所に御当家ごたうけに様々の怪異くわいい出来しゆつたいす。是ただ事ならずとて占方うらかたに尋ね給へば、いにしへほろびし平家の亡魂ばうこんどもうらみをなすよし申すによりて、高時が屋敷のあと宝戒寺ほうかいじといふ寺を建立こんりふし、多くの平家の亡霊ばうれいをとふらひ、高時を徳崇権現とくそうごんげんと号し、この寺の鎮守ちんじゆいはひ給ひければ、さてこそさとりもしづまりぬ。さて伊勢守うしろ見の時節、駿河の国主こくしゆ今川五郎氏親、京都へのぼり公方へ御礼申し、下国げこくに至り、伊勢守殿の息女そくぢよを申しけ、我妻わがつまとなしてともなひ駿河へ下り給ひぬ。然るに伊勢守殿 子息しそく駿河守照康するがのかみてるやす名付なづく。照康の嫡男ちやくなん太郎貞次たらうさだつぐ、次男新九郎氏茂と号し、二人の子息あり。いづれも京都の公方様へつかへり。然るに御所様いつよりかれいならずおはしまして、つゐには世を早く御他界ごたいかいなり。その後、新九郎は関東くわんとう下向げかう思慮しりよをめぐらす。今川氏親は新九郎がためにをばのをつとなれば、新九郎駿河をこころざし下る処に、朋友ほうゆうこのよしを聞き、同道どうだうせんと、荒木兵庫守あらきひやうごのかみ為権兵衛ためごんべゑ山中才四郎やまなかさいしらう荒川又次郎あらかはまたじらう大道寺太郎だいだうじたらう在竹兵衛尉ありたけひやうゑのじよう、伊勢新九郎と共に七人言ひひ、東国へ下向し駿河の国に着きたり。今川氏親と新九郎 縁者えんじやたる故、駿河にとどまる。義元よしもと親父しんぷの時代なり。その時分、今川家中に謀反むほんの侍多くありしを、早雲さううん武略をもつてことごとく退治たいぢす。七人の中にも早雲、文武智謀ぶんぶちぼうの人なる故に、今川の縁者となる。これによつて諸侍早雲を尊敬そんきやうす。残る六人ものちは早雲の家老からうとなる。早雲さううん伊豆いづ駿河するがのさかひ、高国寺かうこくじ在城ざいじやうあり。そのころ両上杉りやううへすぎひて、上州じやうしう相州さうしう居城きよじやうありて、関東諸侍くわんとうしよざふらひ棟梁とうりやうたり。しかるに両人の中に不和ふわ出来しゆつたいし、たたかひあり。さてまた堀越ほりこし御所ごしよがうし、伊豆の国 北条ほうでうにまします外山豊前守とやまぶぜんのかみ秋山蔵人あきやまくらんどと云ひて二人の家老からうあり。侫人ねいじんざんによりて、この両臣を切腹せつぷくせしめ給ふ。このにつきて伊豆の国さはぎ、諸人の心しづかならず。早雲、駿河高国寺にありてこの由を聞き、「これ天のあたふる所なり」と、延徳ゑんとく年中に人数にんずをもよほし、夜中よなか黄瀬川きせがは取越とりこし、北条にみだれ入る。御所は思ひのほかとおどろき、はるかに落行おちゆき、大森山おほもりやまへ逃げ入り給ひぬ。早雲は北条にはたを立て、近辺きんぺん民屋みんおく放火はうくわ猛威まうゐをふるひければ、このいきほひにおそれ、三津みと松下三郎左衛門尉まつしたさぶらうさゑもんのじよう江梨えなしの鈴木兵庫助(すゞきひやうごのすけ)、大見おほみの三人衆と号し、梅原木工右衛門うめはらもくゑもん佐藤四郎兵衛さとうしらうびやうゑ上村玄蕃うへむらげんばこれらの者、在々所々にありて名を得たる侍ども、いそぎせ来たりて早雲幕下ばつかに付く。時日をうつさず御所をほろぼさんと、大森山へめのぼり、御所は山を下り、会下寺ゑけでらに入りて切腹し給ひぬ。この威勢ゐせいにおそれ、土肥どひ富長三郎左衛門尉とみながさぶらうさゑもんのじよう田子たご山本太郎左衛門尉やまもとたらうさゑもんのじよう雲見くもみ高橋将監たかはししやうげん妻良めら村田市之助むらたいちのすけなどいふ侍ども、ことごとく来たりて降人かうにんとなる。伊豆一国いづいつこくは三十日の中に相違さういなくおさめられたり。これによつて右の侍ども、氏直うぢなほ時代じだいまでその在所ざいしよ知行ちぎやう居住きよぢうす。然るに新九郎、北条と名乗なのる事、北条のゆかりありて系図けいづをわたすともいひ、三島大明神みしまだいみやうじん霊夢れいむげともいふ。扨また早雲とは子細しさいありて、若年じやくねんより名付なづくといへり。明応めいおうの比、相模さがみをおさめて後も伊豆 韮山にらやまに在城のゆゑ、「伊豆の早雲」とあまねく言ひ伝へり。仁義じんぎもつぱらとし、ひとへにたみをあはれみ給ふゆゑ、人の国までも思ひくせずといふ事なし。むかし関東において、早雲寺殿さううんじどの「をしへのじやう」と号し小札せうさつあり。心おろかなる者はこれを読みならひたりし。その文にいはく――。

早雲寺殿さううんじどの廿一にじふいちじやう

一、第一だいいち仏神ぶつじんしんじ申すべき事。

一、あしたはいかにも早くくべし。遅く起きぬればしつかふ者まで由断ゆだんし、つかはれず、公私こうしの用をくなり。はたしては必ず主君しゆくんに見かぎられ申すべしと、深くつつしむべし。

一、ゆふべには五ツ以前にしづまるべし。夜盗やとうは必ず子丑ねうしの刻に忍び入る者なり。よひに無用の長雑談ながざうだん、子丑に寝入り、家財かざいを取られ損耗そんもうす。外聞ぐわいぶん然るべからず。宵にいたづらに焼きすつるたきぎともしびを取りおき、とらの刻に起き、行水ぎやうずゐをがみし、身の形儀けいぎをととのへ、その日の用所ようしよ妻子家来さいしけらいの者共に申し付け、さて六ツ以前に出仕しゆつし申すべし。古語こごには「子にし、寅に起きよ」と候へども、それは人により候。すべて寅に起きて得分とくぶんあるべし。辰巳たつみの刻まで臥しては、主君の出仕奉公ほうこうもならず、又自分の用所をも欠く。何のひかあらん。日果じつくわむなしかるべし。

一、手水てうずをつかはぬさきに、かはやよりむまやには門外もんぐわいまで見廻みまはり、先づ掃除さうじすべき所を似合にあひの者に言ひ付け、手水を早くつかふべし。水は有物あるものなればとて多くうがひし捨つべからず。家の内なればとて高く声こはばらひする事も、人にはばからぬていにて聞きにくし。ひそかにつかふべし。「天にせぐまり、地にぬきあしす」と云ふ事あり。

一、をがみをする事、身のをこなひなり。ただ心をぐにやはらかに持ち、正直憲法しやうじきけんぱうにして、かみたるをばうやまひ、しもたるをばあはれみ、あるをばあるとし、きをばなきとし、ありのままなる心持、仏意冥慮ぶついみやうりよにもかなふと見えたり。たとひいのらずとも、この心持あらば神明しんめい加護かごこれあるべし。祈るとも心まがらば天道てんだうにはなされ申さんとつつしむべし。

一、かたな衣裳いしやう、人のごとく結構けつかうにあるべしと思ふべからず。見ぐるしくなくばと心得て、なき物を借り求め、無力ぶりよくかさなりなば、他人のあざけりとなるべし。

一、出仕の時は申すに及ばず、あるひは少きわづらひ、所用ありて今日は宿所しゆくしよにあるべしと思ふとも、かみをば早くふべし。はふけたる体にて人々に見ゆる事、慮外りよぐわいまたつたなき心なり。我身に由断がちなれば召仕ふ者までも、そのふるまひほどにたしなむべし。同たけの人の尋ね来るにも、とくつきまはりて見ぐるしき事なり。

一、出仕の時、御前ごぜんへ参るべからず。御次おつぎ伺候しかうして、諸傍輩しよはうばいの体を見つくろひ、さて御とをりへ罷出まかりいづべし。左様になくば、むなづく事あるべきなり。

一、おほせ出ださるる事あらば、遠くに伺候し申したりとも、まづ早く「あつ」と御返事を申し、やがて御前へ参り、御そばへはひより、いかにもつつしんでうけたまはるべし。さて急ぎ罷出で御用を申し調ととのへ、御返事は有のままに申し上ぐべし。わたくし宏才こうさいを申すべからず。ただし事により、この御返事は何と申さんと、口味こうみある人の内義ないぎを請けて申し上ぐべし。我とする事なかれといふ事なり。

一、御とをりにて物語などする人のあたりに居るべからず。かたはらへよるべし。いはんや我身雑談虚笑ざうだんきよせうなどしては、上々の事は申すに及ばず、傍輩にも心ある人には見限みかぎらるべく候なり。

一、数多あまたまじはりて事なかれと云ふ事あり。なにごとも人にまかすべきなり。

一、少しのひまあらば、物の本文ほんもんもんじのある物をふところに入れ、つねに人目を忍び見べし。寝ても覚めても、手なれざれば文字忘るるなり。書く事また同事。

一、宿老しゆくらうの方々、御縁おえんに伺候の時、腰を少々折りて手をつき通るべし。はばからぬ体にてあたりを踏みならし通る事、もってのほかの慮外なり。諸侍いづれにも慇懃いんぎんにいたすべきなり。

一、上下万民じやうげばんみんに対し、一言半句いちごんはんくにても虚言を申すべからず。かりそめにも有のままたるべし。空言云ひつけばくせとなりてせせらるるなり。人にやがて見かぎらるべし。人にただされ申しては一期いちごはぢと心得べきなり。

一、歌道かだうなき人は無手むていやしき事なり。学ぶべし。常の出言しゆつごんにつつしみあるべし。一言にても人の胸中けうちう知らるる者なり。

一、奉公のすきには馬を乗りならふべし。下地したぢ達者たつしやに乗りならひて、用のたづな以下は稽古すべきなり。

一、よき友を求むべきは手習学文てならひがくもんの友なり。悪友をのぞくべきは将棊しやうぎふえ尺八しやくはちの友なり。これらは知らずとも恥にはならず、習ひても悪事にはならず。ただしいたづらに光陰くわういんを送らんよりはと也。人の善悪ぜんあくは皆友によるといふ事なり。「三人行けば必ず我が師あり」。その善き者をえらびてこれにしたがひ、そのよからざる者をばこれを改むべし。

一、すきありて宿やどに帰らば、厩面むまやおもてより裏へまはり、四壁しへき垣根かきねいぬのくぐり所をふさぎ揃へさすべし。下女げぢよつたなきはのきを抜きて焼き当座たうざの事をあがなひ、後の事を知らず。万事かくのごとくあるべきと深く心得べし。

一、夕には六ツ時に門をはたと立て、人の出入によりあけさすべし。左様になくしては未断みだんにありて、必ず悪事 出来しゆつたいすべきなり。

一、夕には台所・中居なかゐの火のまはり、我と見まはりかたく申し付け、その外 類火るゐくわの用心をくせになして毎夜申し付くべし。女房は高きも賤しきも左様の心持なく、家財衣裳を取ちらし由断多き事なり。人を召仕ひ候とも、万事を人にばかり申し付くべきと思はず、ばかり我と手づからして様体やうだいを知り、後には人にさするもよきと心得べきなり。

一、文武弓馬ぶんぶきうばの道は常なり。記すに及ばず。文を左にし、武を右にするはいにしへはふ、兼ねてそなへずんばあるべからず。

右の文を愚老見なれし事なれば、すなはちここに記し侍る者なり。さて相模湯本さがみゆもとに早雲 菩提寺ぼだいじを立て置き給ふ。これを金湯山きんたうざん早雲寺さううんじと号す。早雲は永正ゑいしやう十六年己卯つちのとのう八月十五日に逝去せいきよなり。法名ほふみやうは早雲寺殿 天岳瑞公てんがくずゐこう大居士だいこじと名付く。この寺 霊験れいけんあらたなるが故に綸旨りんじを下され、勅願寺ちよくぐわんじと号し、関東第一の名寺なり。上下万民に至るまで偈仰かつがうのかうべをかたぶけずと云ふ事なし。勅書ちよくしよにいはく――当寺、勅願浄刹ちよくぐわんのじやうせつと為し、仏法ぶつぽふ紹隆せうりうを致し、よろしく皇家くわうけ再興さいこうを祈り奉るべき者なり。天気てんきかくのごとし。つて執達しつたつくだんのごとし。天文てんぶん十一年六月廿四日 左大弁さだいべん早雲寺大隆禅師禅室さううんじだいりうぜんじぜんしつと為す。かくのごとき霊寺れいじなりといへども、末代まつだいに至り破却はきやくし、なきがごとし。皆これ昔語むかしがたりとなり、今は早雲の寺号じがうばかりぞ残りける。

〜参考文献〜

北条五代記(博文館編輯局校訂) - Wikisource

https://share.google/FGo71GTKh9plFa7d0


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。

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