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8. 驟雨(しゅうう)の向こう

 ヴァランタンとエスキベルはリタに別れを告げ、墓地の入口へと向かう。

 エスタ家の廟からは一本道だ。


 案の定、ぽつぽつと雨が降り出して、ヴァランタンは傘を広げ、エスキベルと肩を並べた。


「彼女がここに来ていること、ご存知だったのですか?」


「ええ。最近、古い墓碑の拓本を取りに来ていたんですよ。

 だいたい今くらいの時間に何度かお見かけして、気になっていました」


 さらっと言うエスキベルを、ヴァランタンは二度見した。


「じゃ、私は飛んで火に入る夏の虫、というところだったんですか。

 それにしても、結局、どういうことなんですか?」


「んん」


 少し、エスキベルは考え込んだ。

 その間にも、さぁさぁと雨音が強くなっていく。


「どういうこともなにも。

 あなたは実際にご覧になっているんですから。

 よく思い出してください。カルロ卿が亡くなった時のことを」


「えええ、ノーヒントですか?」


 ぶつくさ言いながら、劇場前での再会から足場が突然崩れた場面まで順々に思い出して──


 ヴァランタンは、頭をガンと殴られたような衝撃を受けた。


 あの路地で、本屋の店先を見ていた、貴族学院の制服を着た少年。

 たしかあの少年の髪も、栗色だった。

 横顔しか見ていないが、眼鏡もかけていた。


 そうだ。事故が起きた時、ヴァランタンは路地の向こうや本屋の入口をとっさに見た。

 少年も巻き込まれたかもしれないと思ったからだ。

 だが、少年の姿はなく、崩れた足場の下からは、カルロの遺体しか見つからなかった。


 あの少年は、どこに消えたのだ。


 別に彼を見張っていたわけではないから、驚いて本屋の中に逃げ込んだのかもしれない。

 そして、ヴァランタン達がカルロを救おうと苦闘している間に、そっと帰ったのかもしれない。


 だが。だが。だが。


 あの少年は、ヴィルジーニアの最初の婚約者・アレッサンドロだったのではないか。


 動揺するヴァランタンの脳裏に、いくつかの光景が浮かび上がった。


 よく晴れた、秋ののどかな一日。

 橋の上に差し掛かった馬の前に、唐突に眼鏡をかけた少年が現れる。

 驚いた馬は棹立ちになり、騎乗していた貴公子は落馬し、欄干で頭を打って亡くなってしまう。


 夏の海辺。

 岩礁で釣りをしていた貴公子は、危ないと言われたところで眼鏡をかけた少年が下を覗き込んでいるのを見つけて注意する。

 だが、少年は彼の言葉が耳に入らないようだ。

 業を煮やした彼は、少年を引き戻そうとして──転落し、遺体となって見つかる。


 聖都の繁華街。

 若き男爵は、路地の先に「古い友人」の姿を見つける。

 どういうわけだか、彼が自分の恋人と婚約していたこと、とっくの昔に亡くなっていることは思い出せず、少年のままの姿でいる奇妙さにも気づかない。

 男爵は懐かしげな笑みを浮かべたまま少年に近づき──足場が崩れ落ちてくる。


 さっき、エスキベルは、魔女は髪を媒体に術をかけていたのだと言った。


 きっと、アミカルレが亡くなった日も、ロドルフォが亡くなった日も、カルロが亡くなった日も、リタはアレッサンドロとリューネの髪を編み込んだブローチをつけていたはず。

 あのブローチは、ヴィルジーニアがアレッサンドロを忘れて他の男に嫁ごうとしたら、相手の男を殺してしまう呪物ではないのか──


 雷鳴が轟く中、勢い込んで、ヴァランタンは自分の憶測をエスキベルに語った。


「そうですね。今わかっていることをつなぎ合わせて解釈するのなら、そういう流れが自然だと思います」


 エスキベルは、他人事のようにのんびりした口調で頷いた。


「いいんですか、このままで。

 3人も亡くなっているんですよ?」


 思わずなじるヴァランタンに、エスキベルは薄く笑った。


「憶測は憶測にすぎません。

 そもそも、我々には捜査権などないんです。

 今の状況では緊急性は認められない上、リタさんがレディ・ヴィルジーニアやその周辺に害意を持っている風にも見えません。

 いずれ、あのブローチは私どもに『寄贈』していただきたくはありますが、当面は自発的に話してくれるのを待ちつつ、リューネ夫人の出自を精査するくらいですかね」


「ええええええ……なんでそんなに受け身なんですか」


「仕方ないでしょう。軽々しく扱えば、すぐに魔女狩り時代に逆戻りです」


「それはまぁ、そうですが……

 というか、もしかして『第三文書部』というのは、邪悪なものが介在したと思われる事案を密かに蒐めて、対処すべきかどうかを判断するような部署、なんですか?」


 これでも表現が露骨すぎたのか、エスキベルは苦い顔になった。


「こぼれ落ちた記録を整理する部署、他の部署では記録できないことを記録する部署、とお考えいただければ」


 どす黒く染まって渦巻く雲の下、雨脚は強くなり、大粒の雨が傘を叩き始める。

 石畳や墓石に飛沫が立つほどで、あたりは靄がかかったように白く染まっていく。


 しばらく二人は黙ったまま、歩んだ。

 門番に声をかけ、墓地を出る。


 エスキベルは、軽く女神の印を結んだ。


「私が一番不思議なのは、このタイミングであなたが来たことです。

 どうもいわくのありげなあの女性に声をかけるかどうか、かけるとしたらどうかけるべきなのか迷っていたらあなたがやって来て、後はするすると話がつながってしまった」


「え」


「昨日までなら、私は朝から外出していたから、きっと会えなかったでしょう。

 明日以降だってそうです。

 一体全体、どうしてあなたは今日、私のところに来たんですか?」


 ちらっとヴァランタンの方を見上げながら、エスキベルは言う。


「と言われても。

 たまたま、今日の朝、思い出して……」


 もしかして、呼ばれたんだろうか。


 思わず、墓地の方を振り返りかけたヴァランタンは、エスキベルに肩を強く掴まれた。


「振り返ってはいけません。

 こういう雨の中では、見てはならないものを見てしまうことがありますから」


「あ。はい……」


 エスキベルは手を離し、口元だけで微笑んだ。


ご覧いただきありがとうございました。

いいねやらブクマやら評価やらご感想やらレビューなど頂戴いたしますと、アホな作者のテンションが上がって、またヘンな作品を投稿してしまいますので、お気が向かれましたらぜひぜひぜひ…(小声)


この作品は、「ヴァランタンの覚書」シリーズ2作目にあたります。

ヴァランタンとエスキベルが出会った事案が知りたい方は、↓のリンクからどうぞ。

あと、本業?として、異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズというのもやっております。

こちらも↓のリンクからお願いいたします!

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