5-4.同。~終わりの時を振り返る~
~~~~イスターン連邦は行ったことがない。楽しみだ。
ストックが何を思ったか、ややボクの方を向いて座りなおした。
え、今からしに来るつもりじゃないよね??
「ああ、わからんといえば。お前のやろうとしてたことはわかったぞ。
魔境生成論と、魔界化についてのあたりだろう?」
なんと。前のときのやつだな。
水流を破壊して、魔境を拡大させたあれ。
あのときは、説明してる時間がなかったんだっけ。
「おお、何。調べたの?」
しかしすごいな。大した資料はないはずだ。
ボクはさる人の論文である程度察しがついていたが、そのものは書いてなかったし。
あれは学園に寄稿されたけど……ストックが読むタイミングはないはず。
その確認にだって、ある特別な存在の知見や、多数の人手が必要だった。
実際のところ、ボク一人で辿り着いたものではないんだよね。
ことの計画から実行までは、自分ひとりでやったけど。調査は一人では無理だった。
はて、どうやって知ったのやら。
「子どもは暇でな。
ダンジョン深部は、高濃度魔力の魔界が形成され。
ところにより人と魔物が、共存しているらしいな?」
調査方法はわからんが、内容は合ってるな。なんと。
「現存する資料だと、眉唾なものしかないんだけどそれ」
まだ先の論文すらないから、今は本当に資料は木っ端のものしかないんだが。
ストックもこう、知り得ない本質をついてくる節があるよな……。
「ハイディは自分の目で見たということか」
察しのいいやつめ。
「偶然だけどね。ダンジョン深度5で、そういうところを見た。
魔物は普通に話すし、理性的だし。でかいけど。常識が完全に破壊されたよ」
魔物は、魔力が食料。これがないと、飢えて人に襲い掛かる。
しかし充足すると、おとなしくなる。彼らは本来、知的生命体だ。
ダンジョンの深いところは魔力豊富なため、そこの魔物たちは人を襲わない。
そしてどうやってかそこに辿り着き、普通に暮らしている人間たちもいる。
なおダンジョンとは、階層構造状の地下洞窟……のようなものだ。
実際には異空間なんだけどね。門という、空間の裂け目のようなもので区切られている。
入り口はいろんなところに顔を出している。王国内にもある。
魔境と接していないような王国領地も、ダンジョンには目を光らせている。
定期的に十分な間引きをしないと、そこから魔物が出て来ちゃうからね。
「地上にも魔界はできるのか」
「すでにできている魔境があった。
当時だと、あと少し各魔境が拡大すると、魔界化が広がる状況だった」
魔境とは、魔物に向かって魔力が流れ込みやすい場所。
魔界はそれがさらに進んだ状況。
魔物が多く生息しているところが魔境となり、広い魔境に魔界ができる。
ダンジョンは基本的に魔境であり、深部は魔界化していく。
「それで、魔境の拡大を抑えている水流を変更したのか」
水流は魔力の流れと同じで、それを越えると魔物が消えてしまう。
なので水の流れがあると、魔境はそれを越えて広がったりしない。
半島の河川状況は結構魔境をぶつ切りにしていて、ボクはこれを組み替えて魔境をつなげた。
聖国が法術で変な河川コントロールを行ってたから、それを崩してやっただけなんだけどね。
そして地上に大きく魔界が広がれば、魔物たちはそこに収まりに行く。
そうなると魔界に魔物があつまり、外には出ない。
魔界の中は魔物が襲ってこないし、外には魔物が出てこないので、平和になる。
あの当時だと、地上にできていた魔界はほんのわずか。巨大な魔物一体分くらいだった。
そしてその小さな魔界に居座ってるドラゴンといろいろ話して、ボクはやらかしちゃったわけだ。
あいつ今もあそこにいるはずだし、そのうち会いに行こうかな?
「そうだよ。どのみち犠牲の出る方法だし、もうやる気はないけど」
「興味もなさそうだな」
「ん。しっちゃかめっちゃかになった半島、戻っちゃったからね。
ならそんなことしてる場合じゃないし。
あと……ストックがいるし。いいかなって」
「そうか」
ボクがやらかした動機は、あの時ストックに話した通り。
王国を寄ってたかって各国が滅ぼして、ボクが王国関係者であることを船の連中は黙ってて。
もう何もかも嫌になった。働くのも、戦うのも。
そうしてしばらく旅暮らしをしてみたら、驚くべきことをたくさん知ることになった。
ダンジョン深部の魔界。
聖国の行っていること。飢饉や革命の真相。
悠久の時を生きるドラゴン。世界の仕組みと秘密。
それでいろいろ吹っ切れちゃって。
故国もないなら……せめて彼女がかつて言った、争いのない平和な世界を作ろうと思ったんだ。
でもまだ、ボクとストックの故郷は健在だ。
ならそっちを何とかすべきであって、世界平和とかはボクらの仕事じゃない。
……帝国が更地になれば、効率よく成立はするはずなんだけどね。あそこが暴れるようなら、ついでにやったろうかな。
帝国と言えば。
「ストックはいいの?彼らは」
前の時、彼女が帝国で助けた者たちで組織した『ラリーアラウンド』。
虐げられたものたちが、安住の地を求めて武力行使をしていた組織だった。
ストックがいなかったら、彼らはどうなるのだろう。
彼らが王国にやってきたのは、帝国側から追い立てられたから。
帝国を出て、新天地を目指してただけだったんだけどね……。
それこそ、がんばってダンジョンの底にでも辿り着けば、安寧を得られただろう。
それは困難だが、彼らはそうできそうなくらいには強壮だった。きっと苦難を乗り越えられた。
人の陰謀で壊滅させられるより、ずっと希望のある未来だったはずだ。
当時のボクは、ダンジョン深部の魔界については、ちょっと縁あって話を聞いたことがあった。
眉唾ではあったが、その実際を確かめて、彼らを導くことはできたと思う。その時間と力はあった。
結局は組織の……クレッセントの指針に従って、彼らと戦い、追い払う方に注力した。
あの選択は、間違いだった。誰のためにもならなかった。
「私は正直、世話を焼き過ぎた。
亀はどうにかすべきだが、彼らを助けるのはそもそも私の領分ではない」
亀ってのは、ストックをさらったり王国をあれやこれやした、帝国のタトル公爵のことだ。
本人は四聖と呼ばれる、帝国有数の魔導師の一人だ。そして拡大主義の、過激派、陰謀家。
まぁ確かにあれは敵だが、言われて見ればそれ以外の帝国民は、王国民のボクらがどうこうすべき人たちじゃないか。
彼らのことは、正直ボクとしては未練がある。
ただ、そもそも背後関係を考えると、帝国拡大主義が問題の根っこだから、それを崩せば大丈夫なんだよね。
防衛と内政が疎かで、国土が荒廃しつつあることが、彼らが飢えて暮らせなくなった原因だから。
……自分が今すべき大事なことを、まずしよう。
それがきっと、未来につながってくれる。
次投稿をもって、本話は完了です。




