第二十一話
聞きたいという衝動にかられる。実は私はまだ彼に名前で呼ばれた事がないのだ。お前とか、おい とかそんな言葉で呼ばれるのではなく、本当はきちんと名前で呼んでほしい。
「どうした?」
ずっと彼を見ていたのだが、そんな気持ちは伝わるはずがない。だからといって伝えたくはない。声が出たならさりげなく聴けるのだろうか?
軽く肩を落とす。きっと彼に名前で呼ばれる日など来ないのだろう・・・。
そう思えば目頭が熱くなってきたから咄嗟に上を向く。
「雨、降ってきたな。少し雨宿りをしていこう。」
そんな優しささえも恨めしいと思ってしまう自分が怖くて、隣にいるはずの彼の声がどこか遠くから聞こえてくるようで、ただただ辛かった。
だんだんと雨が強くなってくる。それでも、なぜかその場を動けなかった。
「おい。どうしたんだ?」
心配そうな顔で聞いてくる岡田さんに申し訳ないが、自分でもその理由が分からないのだ。
はぁ とため息が聞こえ、彼はそのまま今来た道を歩いて行ってしまう。
呆れられただろうか・・・?
そう思うと、今まで必死で堪えていた何かが一気に溢れ出した。雨ではない何かが頬を伝う。
「何があったかは知らんが、風邪をひく。」
先ほどまで私を濡らしていた雨は彼の傘によって防がれる。私に差し出しているから、持っている彼はびしょ濡れだ。
これじゃあ岡田さんが風邪をひく。
名前で呼ばれなくたって、女と見られなくたってもう良いじゃないか。私はこの人の隣に居れればそれで良いのだ。
雨はまだ降り続いているが、私の中では雨が上がった気がした。




