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ドレッドノート・カプリチオ ~勇者狂想曲~  作者: 振木岳人
「血族」編
9/74

招かれざる客 前編


 私立青嵐学園高等部の昼休み。

教室や中庭でグループになり、持参した弁当を広げる生徒や、学食に赴いて、それぞれの好みの昼食をとる生徒たちで、校内は賑わっている。

そしてその、アメリカンダイナーの様な、古き良き時代を彷彿させる、オシャレな造りの学生食堂の一角には、クラリッタ・ハーカーがいた。


 大人数で囲める長テーブルではなく、壁際に並べられた、四人向けのボックス席に独り陣取って、

眉間に皺を寄せながら、目の前の皿に乗った料理を、凝視している。

なんだこれはなんだこれはなんだこれは…と、ナイフを入れたオムソバの断面に顔を近付け、冷や汗まみれに小刻みに身体を震わせている。


本人にしてみれば、オムレツの積もりで、食券自動販売機のボタンを押したのであろう。

彼女の置いたトレーには、ハムとチーズが挟まれたクロワッサンが二個と、サラダ。

そして、マグカップには野菜がゴロゴロ入ったコンソメスープが注がれている。

そして、メインの皿にはオムレツ…。

いかにも欧米人スタイルの取り合わせで、彼女はそれを、当たり前の様にチョイスしたのであろう。


だが、メインディッシュのオムレツにナイフを入れてみると、中から出て来たのは、何らやパスタとも違う、茶色くなった、細い麺の塊。

「これじゃない」感満載で、彼女は完全にフリーズしてしまっていたのだった。


口角を吊り上げ、ヒクヒクと痙攣させるクラリッタの背後から、

「なかなかに良い趣味してるね」と、彼女の動揺に対して、無頓着な声が届く。


「玲一…」


振り返ったクラリッタが彼を、ファミリーネームではなく、当たり前の様にファーストネームで呼ぶと、

玲一は何の遠慮も無く、クラリッタの向かいの席へと座る。


「ここのオムソバ美味いよなあ。俺もそれにしようか迷ったんだ」


屈託の無い笑顔でクラリッタと向かい合った玲一。彼のトレーには、天丼とミニかけ蕎麦が置かれていた。

玲一が選んだ昼食に、興味を寄せながらも、ここでクラリッタに、奇妙な葛藤が生まれる。


オムソバを前に、硬直しきっていたクラリッタに対して、それ美味いよなと、玲一は同意を求めて来た。

と、言う事は、このオムソバと言う物体は、日本人の玲一の口に合うグルメであるのだと推測出来るし、

クラリッタも好んで、オムソバをチョイスしたのだと玲一も思っているはず。


ここで、いやいやいや!オムレツと間違えちゃったのよ。何これ!?と、玲一に本音を吐露するか、

それとも…あなたも通なのね、このオムソバの、神がかり的な美味さの虜になっているとは…と、

玲一の遥か高みから見下ろす設定で、自分の立場を守るか。


だが、クラリッタが気にしている最中、玲一はそれ以上オムソバに深入りせず、なんと、とても嬉しそうな顔付きで、天丼とミニかけ蕎麦を貪り始める。

それはもう、テーブルマナーなんて言葉の範疇を、軽く超えた勢いでだ。


ガツガツ、ズルズル!と…、普段のクラリッタなら、眉をしかめる程の、ノイジーな有様でがっついているのだが、その玲一の姿が不思議と、不愉快とは思えなくなって来ている。

むしろ、玲一が食べているそのどんぶり物、そして麺類がそして、一心不乱にかきこむ玲一の姿…それらを全てひっくるめて、

美味しいものを、美味しく食べる、幸せな瞬間を、垣間見ている気にすら、なって来たのだ。


 オムソバで悩んでいた自分が馬鹿らしく思えて来た。

 いつまでも驚いてないで、食べてみよう。

 玲一が美味いよなと言った、この、怪しいオムレツを一口…


 ぱくりっ!


勇気を出して、オムソバを口に含んでみると、何と、オリエンタルなソースの風味と香ばしさが口の中に広がり、麺の食感も合わせて、クラリッタの顔をほころばせるではないか。


(…やだ、何これ!?美味しい!…)


パンやサラダや、他のおかずなどには目もくれず、一瞬にして日本のB級グルメの虜となった彼女は、

玲一に対するリアクションすら忘れ、次から次へと、オムソバを口に運び始めた。


ガツガツと天丼を貪る玲一。パクパクとオムソバを口に運ぶクラリッタ

しばらくの間、個人個人の美味しい作業が続いていたが、ふと、相手が気になったのか、手を止めて視線を向ける。

唇の端に米粒をつけた玲一を見るクラリッタ。

唇の端にデミグラスソースがついたクラリッタを見る玲一


「まあ…、まあまあまあまあ」


お互い、自嘲気味に苦笑する。

それは、「こういう事もあるよね、だって美味しいもんね」と言う、自己弁護と、共感を得る作業だったのかも知れない。


 ただ、このタイミングを好機と判断したのか、笑顔だった玲一は突如、表情を変える。

思った事、感じた事を嘘隠しなく話そうと言う、真剣な眼差しだ。


「クラリッタ、聞いてくれ」


 ……俺、昨日あれからネットでだけど、吸血鬼の事、ウシュカの事、色々調べたんだ。

プロイシェチ孤児院事件、ザラウ児童保護施設襲撃事件など、三十年前からウシュカとその血族は、

残忍な襲撃事件を繰り返して、自分の家族を増やして行った。

だけど、吸血鬼の血族になれるのはごく一部。大半の子供たちは、出血多量で死んで行くか、食屍鬼(グール)になって街に溢れ、街行く人々を無差別に襲い、多大な死傷者、被害者を出すに至った。


「ルーマニア・クライシス」

世界中が震撼し、総じてそう呼ばれた事件は、未だに収束を得ないまま。

災禍は拡大を続け今現在、東欧だけではなく、ユーラシア大陸全般にまで拡大している。

推定でも死者は十二万人、その内、直接的な被害者である子供は、推定三千人…


クラリッタを見詰める、玲一の瞳に、より一層の力が入る。


「クラリッタ、君は独りで充分だと、昨日俺に言った。だけど、君独りでどうにかできる相手なのか!?

俺には、とてもじゃないが俺には、このままでは、良いイメージの結末が浮かばない。君が…心配なんだよ。だから…だから…」


クラリッタと向き合う玲一の表情も、瞳の力強さと同様に、真っ正直で真剣な、彼の意思が宿っている。

元々、口下手だと自覚している。今の言葉で、全て言い切ったとも思っていない。

言いたい事、伝えたい事の半分も、言葉に乗せていない気がする。

しかし、それは伝わった。クラリッタにしっかり伝わった。


俺に任せろなんて、傲慢な事はもちろん言えないけど、何千人もの人々を殺めて、今も社会に不安の種をまいている連中に、

たった独りで立ち向かう君の、あの覚悟の表情は、勝ち残る…、生き残ろうとする覚悟に満ちた表情じゃなかった。


まるで、吸血鬼との闘争を決意しながらも、ウシュカたちの生い立ちに同情し、苦しんでいる。

更に、俺の知らない君自身が抱える問題も、それに含まれているんだろう。

その先に、今のグチャグチャな自分の先にあるのが死ならば、それを悟ってあの、苦しい顔をするならば…


そんな人、ほっとけないじゃないか!

ほっとけない、ほっとけないじゃないか!

だから俺は…!


ストリートチルドレンの不幸に心を痛めながらも、

クラリッタの側に立ち、吸血鬼と化した子供たちに立ち向かおうとする玲一の気持ちは、

そのつたない言葉よりもむしろ、彼の身体から溢れた気迫で、クラリッタに伝わったのだ。


だが、クラリッタの表情は変わらない。

玲一の言いたかった事、それこそ、その全てを斟酌した上で、冷静に彼を見詰める。

そして、彼に対して助力を求める訳でも、断る訳でもなく、一旦、会話の間を空けながら、静かに小さな口を開いた。


「玲一、ちょっとテーブルの下、覗いてみて」


うん?どういう事だ?と、脈絡の無いクラリッタの指示に、キョトンとする玲一。

それでも彼女が促すので、不審げな顔付きで、上半身を横に傾け、テーブルの下に広がる世界を見た。


「…うおっ!?…」


玲一が身を屈めた瞬間、小さな驚きとどよめきが、口から漏れる。

クラリッタはそれを、「さもありなん」と言った顔付きで、一体何が見えたのかと、玲一に問うた。

すると、ゆっくりと起き上がった玲一は、クラリッタと目も合わせず、

魂の抜けかかったかの様な、ぽわぽわした顔付きで、ポツリと答える。


「…白地に鮮やかなオレンジのチェック模様…、見事な勝負下着でした…」


そう


玲一はテーブルの下で見た光景とはなんと、クラリッタがスカートの裾をたくし上げた姿。

普通に生活していれば見る事など出来ない、秘密の世界であったのだ。


だが、どうやら、脱力した玲一のその、何とも言えないトキメイタ表情とは打って変わり、

羞恥の極みのごとく顔を赤らめ、ひいいと、悲鳴を上げながら、

「そうじゃないでしょ!どこ見てんのよ!」と、慌てる姿を見れば、

クラリッタが見せたかったものと言うのは、玲一が見てしまったものとは、全く違うようである。


「太もも!右の太ももにホルスター見えたでしょ!…もうっ」


言われてみれば確かに、生気に満ちた彼女の真っ白い太ももに、何やらベルトで巻かれた黒い塊が…。

確かに、何かそれらしき物があったかなと、あまりにも眩しく見えた彼女の下着を、脳内で反芻しながら思い出す玲一。


「SIGザウエル、各国の軍隊や警察で支給されている自動拳銃。私のお気に入りの拳銃よ。装填されている9パラ(9ミリ・パラベラム弾丸)の弾頭は、チャーチ・ベレット…。今現在、吸血鬼殲滅に最も有効とされる、弾頭が装填されている」


 私の使命を、妖魔討伐と言う我が一族のライフワークを、玲一…あなたは手伝いたいと言った。

当然、妖魔殲滅に有効な武器を、あなたは持っているのよね?

当然、私の様に特殊部隊で訓練を受け、一流の兵士としての、技量は持ってるのよね?

当然、闘う以上は、良い事だけでなく、最悪の結果も、覚悟してるのよね?


つまり、あなたは妖魔と闘った事があるのか、専門的な知識と技術・体力を備え、戦死すらもいとはない覚悟を持っているのかと、

みなまでは言わないとしても、クラリッタは自分が銃を装備している事を玲一に告白する事で、問うていたのだ。


もちろん、気持ちはあったとしても、今までの彼の人生は、妹のこよみを育てる為にも、自身が生き延びる日々に終始していた。

銃など持っている訳がなく、ましてや、妖魔殲滅用武器など初耳である。


この、クラリッタの問い掛けを受けた玲一は、クラリッタが言わんとしている事を悟った。

確かに、自分には技術も無ければ装備も無い。

知識だって付け焼き刃で、吸血鬼と言う存在が、

どんなに恐ろしい存在なのか、心底理解していない。

だけど、だけど…


玲一が思い切って口を開こうとした時、クラリッタでも玲一でも無い、第三の人物の言葉が飛び込んで来る。


「すまん、相席良いかな?」


二人がふと、通路側を見上げると、そこに立っていたのは見覚えのある男子生徒。

細身ながら背の高い、短髪のメガネインテリが、両手でトレーを持ちながら、玲一たちを見つめている。


「あ、加納じゃないか。座れよ」


自分の隣に座れとばかりに、席の奥にずれる玲一。礼を言いながらそこに座ったのは、加納譲司。

中等部では別々のクラスであったが、初等部では同じクラスの時期もあり、まんざら知らない顔ではない。

ただ、知らないと言うだけで、仲が良かった訳でもないのだが、それは玲一の側に個人的な理由があり、周囲に馴染めず孤立を良しとしていた玲一に、多少なりとも責任があったのは事実である。


だが、特別わだかまりのある関係でも無く、玲一が加納の顔を見るや、笑顔で素直に席を提供するあたりは、

幼い頃から今の今まで、ほぼ友人がいないと言っても過言ではなかった玲一にとって、

クラスで唯一、互いの幼い頃を知る加納は、クラリッタに次いで近い存在であったのかも知れない。


「むむむ…、あなたは確か」


入学以来、あまりクラスメイトに興味を持っていなかったのか、クラリッタは目の前の加納と、記憶の差異に戸惑っている。

だが、「自分」が覚えられていない事に腹も立てず、加納は「君の席の三つ後ろに座っている加納だ」と、淡々と自己紹介しながら、

手元に置いたサバの味噌煮定食を、姿勢正しくパクパクと食べ始める。


「私は…クラリッタ・ハーカー。イギリスからの留学生よ」


加納の存在感に一度は気後れしたものの、クラリッタは平静を取り戻し、再びオムソバに手をつけ始めた。

手元に残った昼食をたいらげる事に集中し始めた三人。

学生たちのかしましい声に包まれている食堂であったが、そのテーブルだけ、静かな時間流れ始めた。


だからと言って別段、冷たい空気が漂っている訳ではない。

相手を邪魔者として認識し、ことさら冷たい態度をとっている訳ではないのだ。


 土岐玲一そして、クラリッタ・ハーカーと加納譲司。

この三者の間に存在する空気は、何か既に、思春期を迎えた普通の高校一年生として、単なる、クラスメイトとして認めているだけではなく、

その裏に各々が抱く様々な想いと、私的な環境をも、認めている様にも見えた。


大英帝国の貴族で、女王陛下からヴァンパイアハンターの栄誉を受けるも、

自身の討伐チームが壊滅し、自らの進むべき道が定まらず、あがき続ける少女、クラリッタ・ハーカー。

忍術の師より、土岐玲一を守れと指示を受けるも、元より「土岐」の名に思い入れを持っている忍者、加納譲司。

妹と二人、生き残る事だけに執着していたが、環境が激変した事で、自らの進むべき道を模索していた少年、土岐玲一。


この後、この三人の名前が、

長野市の北部団地に住む神々や妖魔、魑魅魍魎の間だけではなく、一般の住民にまで轟く事になる。

それこそ、燦然と輝きつつこの時代を駆け抜けた、伝説の三人となるのだが、


今はまだ伝説になる前の、それぞれが受けるべき苦難の時期…

そういう時期であった。


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