表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドレッドノート・カプリチオ ~勇者狂想曲~  作者: 振木岳人
「しらかば通り 大乱闘」編
28/74

求められる覚悟


 時間は夜の10時頃

ちょっと重い夜霧が、肌から体温をどんどん奪って行く、高地では珍しく湿度の高い夜。

春の暖かさから、再び冬へと逆戻りさせるのではと、錯覚を呼び起こす様な、寒い夜。


部長の氷見ひまりを先頭に、オカルト研究会のメンバーは、肩をすくめながら、北部団地の商店街を歩いている。


総菜屋や飲食店はシャッターを下ろし、どことなく寂しげな雰囲気を醸し出す、商店街のアーケード通り。

しかし、この時間になっても、人々が賑やかな時間を過ごす場所が一つだけあった。


通称「しらかば通り」


アーケード通りから一本裏に入った狭い路地に、小さな飲み屋がズラリと並び、

労働者やサラリーマン達の疲れを、日々癒やしている。

本来ならば、未成年の高校生が、この時間帯に、しらかば通りに来る事自体怪しいのだが、

真琴が夕方、クラリッタに見せたいと言った場所がこの通りにあり、

真琴や部長のひまりの案内で、玲一達は恐る恐る、夜のネオン通りをついて来たのだ。


「ここなのだ♪」


真琴が指差したのは、飲食街の外れにある、【喫茶・黙示録】の看板。

どことなく寂れた、昭和の匂いを残したこの店に、

何の躊躇も無く、オカルト研究会の先輩三人は、氷見ひまりを先頭にどんどんと入店して行く。

つられて入店した、玲一達の視界に広がったのは、ごくありふれた喫茶店の店内。

数席のボックスシートにカウンターがあり、客は一人も入っていない状態だ。


そして、カウンターの奥に佇む、一人の中年男性。マスターらしき人物が、

入店して来たオカルト研究会メンバー達を、笑顔で歓迎する。


「真琴さん、皆さん、いらっしゃい♪」


真琴達は、迷いもせずにカウンター席に座り、気後れしている玲一達にも、席に座れと促した。


「マスター、いつもの♪」


メニューなど一切目を通さず、部長のひまりはマスターに注目する。

ひまりと菊、真琴の「いつもの」は把握していても、玲一やクラリッタ、加納は初めての来店。

マスターは玲一達に優しくメニューを渡し、「お好きなものを」と注文を促す。


結局、状況がイマイチ見えない玲一と加納は、ブレンド・コーヒーを頼み、

クラリッタはロイヤル・ミルクティーを頼むに至ったのだが、

ひまりの「いつもの」は、苦味と渋み、爽やかな酸味の大人のコーヒー、マンデリンが。

丞定菊の「いつもの」は、上等な抹茶と、和三盆の和菓子。

そして、伸暁真琴の「いつもの」は、イチゴパフェ大盛り。


呆然とひまり達を見詰める玲一をよそに、ひまり達は嬉しそうに口をつけ始める。


それから数分も経たない内に、カウンターの裏から、マスターがひまり達の前へ身を乗り出し、

玲一達にも聞こえる大きさの声で、一方的に話し出した。


「今週の報告です。重大案件無し、審議案件無し、小競り合い3件…これは示談成立してます」


「ご苦労様なのだ♪」


ぽけ~っと見詰める玲一達に、苦笑しながらひまりは説明する。


「ここね、実は、八百万組合の寄り合い所」


「ええっ!?」


「そして、オカルト研究会の大人版、【ドレッドノーツ】の詰め所なのだ♪」


妖魔達がこの地に集い、人間社会に良くも悪くも影響を与え始め、人間社会と共存する事を目的に設立されたのが、

八百万組合(やおよろず組合)。つまり、第三勢力の中央組織。

その出先機関であるオカルト研究会は、あくまでも私立青嵐学園に属する部活動であり、

生き神の伸暁真琴が、学園生活を送っている際の組織である。

つまり、第三勢力の頂点にある互助会組織、八百万組合の正式な下部組織、出先機関が、【ドレッドノーツ】…勇者なのである。


 ドレッドノーツとは、ドレッドノート (dreadnought)の複数形だと、ひまりはうそぶく。

どうやら、造語らしいのだが、「恐れ知らず」「無鉄砲者」「勇者」の意味を持つドレッドノートが、

この組織のチーム内に、複数いるのでドレッドノーツ。

本人たちはそう呼ばれる事を、まるで意識していないらしいが、この名前を聞くと、

その辺の界隈にいる妖怪たちは、震え上がって隠れてしまうらしい。


 名称だけ聞くと、ひどく勇ましいのだが、マスターしかいないこの喫茶店で、

実感しろと言うのも、無理な話である。



「詰め所の割には…誰もいないね」


「予想外だったよ。本当なら、この時間帯に全員揃ってるはずなんだが」


「真琴様、例の大物がいよいよ来日すると言う事で、その出迎えと護衛目的で、成田まで行っております」



マスターが言うには、第三勢力の中央、八百万組合も警戒するほどの妖魔が、

移住先として長野を選び、海外から引っ越して来るそうなのだ。

それで、ドレッドノーツのメンバーも、護衛の為に空港まで赴いたそうなのだ。



「まあ、護衛と言うより、引っ越し主がヤバいかどうか、慌てて、見極めに行った程度なのだ」



どんな者が長野にやって来るのかには触れず、真琴は苦笑しながら喋る。

しかし、次の瞬間、真琴の表情は少しこわばった。玲一たちには決して見えない角度でマスターを見詰め、

一瞬にして「ぽわぽわ」した空気の中から、厳しい眼差しを覗かせたのだ。


「しかし、三人揃ってこの街から出したのは、失敗なのだ。週末の夜、羽目を外す妖魔が出るとは、予想しなかったのか?」


真琴の言葉を聞いたマスターは、目を剥いて驚愕する。

確かに、目立つ様な騒乱は、最近めっきり減って来ていたし、今年の最大の騒ぎは、吸血鬼の築城事件しかない。

ドレッドノーツのメンバーも、日々緊張感で張り詰めていたとも言えない。

単なる連絡係のマスターではあるのだが、


だが、しかし…。


なかなかに見る事の出来ない、伸暁真琴の真剣な表情。その表情を見た途端、マスターは自分の甘さを痛感した。

そして、マスターの後悔は、現実となって現れてしまったのだ。


「ケンカだ!ケンカが始まった!」


けたたましく店の扉が開き、若者数名が、喫茶店になだれ込んで来る。

マスターは、カウンターから大きく身を乗り出し、事の詳細と説明を求めた。


「居酒屋弦太郎でケンカだ!牛鬼の圭介が人間を殴っちまった!」


どうやら、居酒屋で隣席同士が口論し、それが暴力沙汰に発展した様だ。

慌てるマスターを尻目に、オカルト研究会部長の氷見ひまりは、不敵な笑みを放ちながら立ち上がり、部員達に声を掛ける。


「諸君!我々の出番である」


どこから取り出したのか、いつの間にかひまりは神父服に着替え、「マスター、いつものツケで♪」と言って、肩で風を斬る様に、扉に向かって歩き出した。

続いて、副部長の丞定菊は、これまたどこから出したのか、日本刀らしき得物を左手にしっかりと掴み、ひまりの後に続く。

その後ろには伸暁真琴。まるで心配してない様な陽気さで、軽やかな足取りで菊の後ろへ。

呆気に取られていたクラリッタ、加納も、話が読めたのか、それとも好奇心の誘惑に勝てなかったのか、真琴の後に続いて、店を出ようとする。


「み、みんな。どうする積もりなんだよ?」


大人のケンカの仲裁、それも相手は妖魔。当たり前の話、我々未成年が出て行ってどうなるんだ、と、

玲一は目を白黒させて、動揺しながらも、しょうがなく後に続いて行く。


路地に出て、騒動の渦中にある居酒屋を目指すオカルト研究会メンバー。

ついて行く玲一は、まだ納得出来ないのか、「危ないですよ!」「やめましょうよ!」と、オロオロしながら、仲間を説得するが、

玲一以外の者達は、玲一の言葉に耳を貸さず、誰一人臆する事無く、目的地の居酒屋に向かって、足取りに迷いは無い。


「心配しなくても大丈夫なのだ」


「……新入部員は見てなさい……」


「私は、人類を守る立場の側だけど、この街を守る意味、見定めさせて貰うわ」


「居酒屋弦太郎じゃなくて、キャバクラだったらなあ」


「ふひひ、ひまりさん。いざキャバクラとか言いたいのだ」


「くくく……」


「きっ、菊先輩が笑ってる!?」


逆に、焦る玲一をなだめるかの様に、ひまりたちは普段の笑顔を絶やさないでいた。


 これから鉄火場に向かうと言うのに、尻込みすらしない、ひまり達。

その勢いに乗れず、独り、気後れしていた玲一であったが、ふと、真琴から受けた説明を思い出す。

放課後、オカルト研究会の部室を出て、校舎のエントランスに設置された、自動販売機の前での事。


 ……喉が渇いた、ジュース買って来るから、土岐も付き合うのだ……


そう真琴に言われ、半ば強引に連れて来られた玲一。

自動販売機の前にたどり着いても、なかなかにジュースを選ばない真琴の姿を見て、何かに気付く。


「真琴さん、もしかして、俺だけに話したい事があるんじゃ」


玲一の予想は見事当たる。勘の鋭い子は大好きなのだと笑いながら、そのまま私の話を聞けと、玲一に向き直った。

真琴と知り合って、それほど日数は経っていないが、いつどんな時も彼女は、朗らかな笑顔と、ポワポワした雰囲気を身にまといながら、人と接して来た。

だが、今、彼の目の前に立つ真琴は、今まで見せた事の無い様な、真剣な表情で、玲一を見詰めている。

彼女から伝わって来るそれは、愛の告白をする為に、恥ずかしいと思う自分を、奮い立たせる真剣さでは無い。

この話を真面目に聞き、そして真っ向からそれと向き合わないと、命すら落としかねないと言う、言葉一つ、単語一つ、聞き逃す事の出来ない、

玲一の人生に直接関係ある話なのだと、彼女の眼差しから悟ったのだ。


 ……迦楼羅について、深い話をするのだ。自分の胸にだけ、しまっておくのだ……


それを枕言葉に、彼女はひどく軽やかに、そして重みのある声で、秘めていた内容を語り出した。


 土岐花苗が産まれた際、彼女の魂に、迦楼羅は宿り、そして交わった。つまり、迦楼羅は土岐花苗を選び、彼女の半身として、生きた事になる。

迦楼羅は転生を繰り返す神鳥であるから、花苗が臨終の際は、迦楼羅は次の宿主へと飛び立ち、再び新しい宿主に宿る。

これがごく自然な、迦楼羅の転生サイクルである。人の死と生を行き来するのが、迦楼羅なのだ。


だが、「とある事件」で、土岐花苗が息絶えようとしていた際、彼女は、飛び立とうとする迦楼羅を、強引に引き留めた。

そして、隣で意識を失っている、息子の玲一に、迦楼羅を遺したのだ。

退魔師として、陰陽師として、土岐花苗は禁忌を犯した事になるが、本当の問題は、土岐玲一、君自身にある。


 迦楼羅はランダムに、宿主を探しているのではない。自分と相性の合う者を見つけ出して、そして宿る。

相性の合う相手とはつまり、爆発的な心霊力を持つ者であったり、預言者の能力を持つ者であったりと、様々だが、

人間離れした能力を持つ者がほとんどであり、一般的な人間が選ばれる事は、絶対無い。


「そっか、それで……俺なんですね」


こくりと、真琴はうなづき、玲一の頬に、自分の手のひらを添える。


「土岐玲一は、まるで能力が無いのだ。つまり、迦楼羅の力を行使したり、迦楼羅が覚醒すれば、土岐玲一は喰われるのだ」


そう、今まで迦楼羅は、悠久の歴史の中を、様々な能力者とともに、その生と死を歩んで来た。

能力の無い玲一とは、完全なミスマッチであり、迦楼羅は足りない能力を補うしかないのである。

玲一の生命力と、玲一の寿命を。


「花苗の身に起きた事件は、私は話せない。自分の消えた記憶を取り戻すのだ。そして、迦楼羅を使ってはいけないのだ」


ひどく、ひどく悲しい顔で、真琴はそう説く。

まるで、玲一がそれを知って尚、迦楼羅を使う時が来る事を、知っているかの様に。

つまり、玲一の寿命がどんどんと迦楼羅に喰われ、予期せぬ死の訪れが、近くにあるかの様に。


 いよいよ繁華街に近づいて来た、オカルト研究会のメンバー。

路地を埋め尽くす人ごみが見え、ザワメキと喧騒も聞こえて来る。


何を覚悟し、何を覚悟してはいけないのか……

玲一の出す答えが、そこにあった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ