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ドレッドノート・カプリチオ ~勇者狂想曲~  作者: 振木岳人
「しらかば通り 大乱闘」編
27/74

ラグナロック


「せいやっ!」 「そいっ!」


 空一面が燃える様な、見事な夕焼け空の金曜日。

高槻宅の庭から聞こえて来る、威勢の良いかけ声。

しっかりと手入れされた、純和風でこざっぱりした庭で、玲一が「空手の形」をもって構えていた。


 上下ジャージ姿の玲一、額に玉の様な汗を浮かべ、一心不乱に、右の正拳付きのみを、何度も何度も繰り返している。


5回、10回、50回…。


何かしら目的があって、そうしているのか、瞳の色は真剣に、飛び散る汗もそのままに、拳を突き続ける。

そんな玲一の姿を、応接間の窓を解放し、縁側に座って眺める、伸暁真琴と、クラリッタ・ハーカー。

彼女たちは、玲一の姿を見詰めながら、何やら深刻な内容の、話をしている様だ。


「なるほど。覚醒した際のアンコントローラブル(制御不能)を抑え込む練習ですか」


「常に右拳に意識を保てば、方向性が生じる。ま、何もしないよりましな程度なのだ」


「それほどまでに、その力とは凄まじいのですか?」


「うむ、迦楼羅が二つの翼を羽ばたかせれば、この星を包む程の大きさになるのだ。そうなったらもう、バランスも何も、あったものじゃない。それほどに凄まじいのだ」


どうやら、二人が話しているのは、玲一に今、密接に関わりがある事。

彼に秘められた力、母が遺した遺産である、「迦楼羅」について、

クラリッタが疑問に感じた事を、真琴にぶつけていたのだ。



 ◆ 迦楼羅かるら

迦楼羅とは、仏教において八部衆に属する守護神である。

八部衆とは、鬼神、戦闘神、音楽神、動物神などの単体無属神が仏教に帰依し、

釈迦如来の眷属として、仏法を護る8体の善神を総称したものであり、

インド神話の神鳥ガルダが、仏法守護の神「迦楼羅天」「迦楼羅王」と呼ばれるようになった。

両翼の翼を広げると、易々と地球を覆い尽くすほどの巨体だと言われる、龍を食べ、煩悩を喰らう霊鳥で、

口から金の火「迦楼羅焔かるらえん」を吹き、悪鬼羅刹を、その金色の焔で焼き尽くすと言われている。



「迦楼羅……つまり玲一の能力が発揮され、妖魔が滅び、冥界の門、地獄の門が焼かれて閉ざすなら、それは良い事なのではありませんか?」


「それは、表向きの話なのだ」


 真琴の呟いた「表向き」と言う言葉。

その真琴の言葉の中には、裏があると言うか、真実が隠されている事なのであろうが、

妖魔が浄化された世界を「綺麗な世界」だと認識し、それを良き事だと考える、今のクラリッタには、

真琴の真意、迦楼羅の暴走によって起こる影響が、容易に想像出来ていない。


首をかしげ、口をへの字に曲げ、瞳をくりくりとまん丸に見開き、

真琴をぽかんと見詰めるクラリッタに、真琴は「しょうがないのだ」と、苦笑しながら答える。


「唯一無二の絶対神が、この世を統治している訳では無いのだ。無数の神々が、権威を求めて血みどろの争いを始めたとしたら?」


「…ラグナロック!?」


「いずれにしても、この世界は滅びるのだ」


妖魔が地上からいなくなれば、それはもう…幸せに満ちた、平和な世界がやって来る。

そんな幻想しか抱いていなかった彼女は、真琴の問い掛けに対し、たった一つの単語を口にした。

そして、それを口にして、真琴の真意に触れた途端、彼女は戦慄する。



 【ラグナロック、神々の黄昏】

ラグナロックとは、「神々の運命」を意味し、北欧神話の世界における終末の日のことである。

光の神ヘイムダルが、角笛ギャラルホルンを吹く事で始まる、神々の全面戦争で、

後に蘇るものの、地球は一度、滅んでしまうとされている。



もし、玲一の力が暴走すれば、完全に覚醒した迦楼羅が、この世の悪鬼羅刹を焼き尽くしたら……。

黄金の炎で焼き払われた世界は、確かにさっぱりと綺麗になるだろう。

だが、それは単に、今その場所の「所有者」を消去しただけの話で、次に現れた神が、その場所の所有権を主張するだけ。

所有権を主張する神が複数であれば、所有権をめぐって、再び戦争が始まる。


 真琴の説明で気づき、ラグナロックと口にしたクラリッタ。その顔はみるみる内に蒼ざめ、冷たい汗が、額から一滴流れ落ちる。

真琴が、くれぐれも忘れるなと言って、念を押しながら言った言葉が、クラリッタの胸に突き刺さる。



【元々、良い神、悪い神などいないのだ。人間にとって都合の良い神が善神で、人間にとって都合の悪い神が悪神、それだけの事なのだ。人間にとって都合の悪い神を、迦楼羅が排除したら、世界は綺麗になるのか?】


 ……違う、違う。世界は綺麗になんかならない。人間は新たに都合の悪い神を選ぶし、神々は既得権益を巡って、大戦争を始める。

そうなれば、当たり前の話、人間の存在など、ひとたまりも無い……



「臭気を放っても、人に害を成さない神もいれば、臭気も無いのに、人を虫ケラ扱いする神もおるのだ。

だから、土岐玲一の心身バランスを安定させ、迦楼羅に【喰われない】人間になるしかないのだ」


「なるほど…」


 真剣に話を聞こうとして、真顔で徐々に顔を近づけるクラリッタを見て、のけぞりながら、真琴は思案する。

クラリッタは確かに、真琴の言った事を理解している。いや、理解しようとしている。

だが、それはあくまでも理屈の上の話であって、クラリッタ含め、オカルト研究会の新たなメンバーが、

この問題が、どれだけ深刻な問題であるのかを、完全に理解しているとは言えない。

また、土岐玲一をめぐる、人間と妖魔の、勝者・敗者のいない、バランス感覚の必要性が、どれだけ求められているか、彼は気づいていない。

加納は影でコソコソしているから良いとして、クラリッタと玲一には、肌で知る必要があると、感じたのだ。



「ふむ…」


クラリッタの顔を、逆に、まじまじと見詰め始めた真琴。きょとんとするクラリッタに向かい、真琴は衝撃的な言葉を発する。


「おい、ヴァンパイア・ハンターの勇者よ」


「な、何故それを!?」


「にひひ、鎮守の神をなめてもらっては困るのだ♪ノスフェラトゥに、会いたいか?」


 愕然とするクラリッタ。

先日彼女は、この長野に潜伏していると言われる、ノスフェラトゥ級ヴァンパイアの、エカテリーナ・シェノワを、追う決心したばかり。

忍者ルートで、加納には自分の素性は知られていたが、まだ玲一にすら、自分がヴァンパイア・ハンターだとは詳しく明かしていない。

だが、まさか真琴から、自分の素性をズバリと言い当てられてしまうとは。それも、何を狙っているのかすらも。


真琴の真意を計りかね、黙り込んでしまうクラリッタ。

そんな、警戒を始めるクラリッタを、真琴は予期していたかの様に、次の一手を提示する。


「ちょうど良いタイミングなのだ。クラリッタにも、土岐玲一にも、加納にも見せたかった所がある。今晩はみんなで行くのだ♪」


クラリッタが再び疑問にまみれた顔をした時、紫乃とこよみの声で、「ご飯だよ~」と、玲一達を呼ぶ声が、聞こえて来た。


 場所は変わり、時間もしばし進む。

ここは、高槻邸の食堂。テーブルの中心には簡易コンロが置かれ、その上には土鍋。

土鍋の中には、練り物や豚肉、野菜がどっさりと入り、鶏ガラベースの塩スープがグツグツと音を立てて、様々な具を煮込んでいる。


「うははは!塩ちゃんこだ!身体温まるぞぅ♪」


居間に集まっていたのは、「いつもの」メンバー。オカルト研究会の部長、氷見ひまり、副部長の丞定菊。

そして、真琴にクラリッタに加納。玲一の妹、こよみも、笑顔で玲一の隣の席につき、藤間紫乃が笑顔で箸や取り皿を運んでいる。


「この鶏団子、めちゃめちゃ美味しい!」


「うむうむ、身体が温まるのだ」


「……以前、道場に力士さん達が合宿に来て、その時教わった……」


「だからって、そればっかり食べるなよクラリッタ」


「あっ、加納!それ、私が狙ってたのに」


 菊の用意したレシピ通りに、メンバー皆が食材を持ち寄り、藤間紫乃が下準備した塩ちゃんこ鍋は大好評。

メンバーたちは競う様に鍋をつつき、ご飯をおかわりする者も少なくない。

どんどんと、鍋の具が無くなって来ている中、シャワーを浴びて、汗を流したや玲一が、やっと食堂に現れた。


「あはは、すっかり家が溜まり場になりましたね」


 玲一は皮肉で言っているのではない。

むしろ、超常現象の影に怯えていた、あの暗くてうつむき加減の生活が、

もっと言えば、妹と二人きりで、この世知辛い世界を乗り切っていた頃の生活が、

彼らのおかげで、劇的に、明るく変化した事に、心から感謝していたのだ。


「土岐君、溜まり場にならない方法を教えてやろう」


「はい?部長、どういう事ですか?」


「この中から一人、妻を選べ。そうすれば、溜まり場ではあるまい、愛の巣だ」


「ひぃっ!」


「こら加納!何で貴様が顔を紅くする!?」


 爆笑の渦に巻き込まれる室内。

今日は金曜日で、明日は学校は休み。真琴の提案と言うか命令で、食後しばらくしたら、メンバー全員で、街に出る事が決まっている。


わいわいガヤガヤとかしましく、夜は更けて行く。

ただ、本当に明るくなった玲一の生活と、玲一の周囲の環境。

側から見れば、この上ない好転である事は、間違い無いのだが、

この日、玲一は、真琴から衝撃の真相を語られていた。


「迦楼羅」の力に伴う代償、命の代償を




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