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【架空戦記創作大会2026春お題➂】電気仕掛けのボート  作者: G-20
Uボート艦隊の危機からXXI型Uボートまで
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第一話 奇跡

 架空戦記創作大会2026春、「お題➂史実よりも早くXX]I型Uボートが登場する架空戦記」で参戦です。

 前回参加した「架空戦記創作大会2026冬」では一話が長くなったこともあって投稿頻度が著しく低下したので今回は出来る限り短めにしています(長いとGrokで扱いきれないというのもある)。


 あと、もしかするとところどころGQuuuuuuX風味になるかもしれません。

1941年12月28日、午後3時47分。

フランス・ロリアン基地、Uボート桟橋。


 大西洋の冬は、容赦なく冷たい霧雨を横殴りに叩きつけてきた。灰色の空と灰色の海が溶け合い、視界はわずか数百メートルしか利かない。桟橋のコンクリートは雨でぬめり、黒い油の染みが所々で虹色に光っていた。そこに集まった将校たちは、誰も口を利かなかった。息を潜め、ただ水平線を見つめるだけの沈黙が、重くのしかかっていた。


 デーニッツ提督――Uボート司令部(BdU)司令官――は、いつものように黒いレザーコートを羽織り、両手をポケットに突っ込んだまま、双眼鏡を構えていた。雨粒がレンズに当たり、ぼやけた視界の中でさえ、彼の表情は硬かった。隣には参謀長のゴット大佐が、唇を固く結んで立っている。偶々視察に来ていた海軍総司令部(OKM)の高級参謀数名も、肩を寄せ合うようにして固まっていた。


 水平線に、最初に現れたのは煙でも影でもなく、ただの黒い残骸だった。


 U-567。エングルベルト・エンドラス中佐――騎士十字章受章者、撃沈トン数二十万トンを超えるエース――が指揮するVII型Uボートである。12月21日、アゾレス沖で英護衛艦の爆雷攻撃を受けて以来、通信が途絶えていた。宣伝省では既に「英雄的な戦死」をどう華々しく報じるかを協議していたはずの艦だ。しかし、それはまだ浮いていた。いや、浮いているというより、這いずっていると言った方が正しかった。


 船体は前甲板から司令塔にかけて、圧力殻に直径一メートル近い大穴が三つも穿たれていた。

 海水が絶え間なく流入し、ポンプが悲鳴のような音を上げながら水を吐き出している。

 蓄電池室は完全に水没し、塩水と硫酸が混じった白い煙が司令塔のハッチから噴き出していた。

 ディーゼルエンジンは片方だけがかろうじて回っていたが、もう片方は爆雷の衝撃でクランクシャフトが折れ、黒い油が船尾から滝のように流れ落ちていた。

 魚雷発射管は前部がねじ曲がり、司令塔の防弾板は蜂の巣状に穴だらけ。

 シュノーケル・マストは根元からへし折れ、ただの鉄屑と化していた。


 甲板に這い出してきた乗員は――わずか二十二名。出港時の四十四名から、半数以上が死傷していた。担架で運ばれる者は、四肢を失い、顔面を焼かれ、油と血で真っ黒になっていた。生き残った者たちは、ほとんど言葉を発さず、ただ桟橋に倒れ込むようにして陸に上がった。一人の機関士は、両手で自分の腹を押さえながら、提督の前で崩れ落ちた。血の混じった泡が口元から溢れ、声はかろうじて絞り出されるだけだった。


「提督……申し訳ありません……

 VII型は……もう……死ぬしか……ありません……」


 デーニッツ提督は、ゆっくりと双眼鏡を下ろした。その顔から、いつもの冷静な仮面が完全に剥がれ落ちていた。唇が震え、頰が引きつる。目の前で、神の気紛れとしか説明できない帰還を果たしたU-567は、もはや「艦」と呼べる代物ではなかった。修理する価値すら無い――後で基地の技師長が即座に判断するほどの大破振りだった。圧力殻の歪みは致命的で、潜航深度は設計値の半分も出せない。蓄電池は全滅、油圧系統は破壊、操舵装置は手動で動かすことすらままならない。まるで、連合軍の対潜網が織りなす死の網に、ただ引きずり込まれ、引き裂かれただけの残骸だった。


 ゴット参謀長が、かすれた声で呟いた。

「……提督。これが……今の我々のUボートです。

 レーダーに航空機、連合軍の対潜部隊には……もう、我々のVII型では太刀打ちできません。もしかすると、IX型さえも……」


 デーニッツ提督は無言でU-567の残骸を見つめ続けた。雨が彼の帽子を叩き、黒いコートの肩を濡らし、冷たい雫が頰を伝う。脳裏に、過去数ヶ月の戦況が走馬灯のように蘇っていた。北大西洋での狼群作戦は、ますます厳しくなっている。英米の護衛空母が次々と就役し、航空機の哨戒範囲が拡大。ソナーとレーダーの精度は向上し、爆雷の雨は容赦ない。VII型はもはや、狩る者ではなく、狩られる者になりつつあった。


 やがて、低い、しかし確かに震える声で、彼は言った。

「直ちに海軍総司令部(OKM)へ報告せよ。

 ……新型Uボートが必要だ。

 水中を高速で走ることで、

 連合軍の爆雷など寄せ付けない……

 そんな艦を、今すぐ作らねばならない。」


 桟橋に並んだ将校たちは、誰もが息を呑んだ。空気が凍りついたような沈黙の後、わずかなざわめきが広がった。この瞬間――1941年12月28日。史実ではまだ一年半も先のことだった「水中高速潜水艦構想」の火種が、一隻の死に損ないのUボートによって、静かに、しかし確実に灯された瞬間だった。


 U-567は、修理されることはなかった。基地の技師たちは「廃艦処分」を即決し、船体を解体する準備を始めた。しかし、そのズタボロの姿はデーニッツ提督の脳裏に――そしてドイツ海軍上層部の記憶に、決して消えない「今のUボートの限界」を刻み込んだ。基地の暗室で現像された記録写真は、血のように赤く染まった海と引き裂かれた鉄の骸を、容赦なくライヒの上層部に叩きつけた。


 そして、この一枚の写真が、歴史の歯車をわずかに、しかし決定的に狂わせるきっかけとなる。デーニッツ提督はすでに心に決めていた。新型Uボート――水中高速で航行し、爆雷を嘲笑うような怪物――を、可能な限り早く現実のものとする。1942年の春には設計が固まり、夏には最初の艇が起工されるだろう。


 霧雨はまだ降り続いていた。だが、デーニッツ提督の目には、もはや雨など見えていなかった。彼の視線の先には、未来の海戦――連合軍の輸送船団が、狼の群れではなく、影のような高速の怪物たちに狩られる光景が、はっきりと浮かんでいた。

 という訳でXXI型Uボートを前倒しにするため史実では撃沈されたU-567に奇跡としか言いようのない生還を遂げてもらいました。まあ損傷が余りにも酷過ぎて結局喪失することになるんですけどね(とはいえ材料をリサイクル出来るだけ史実よりまだましかもしれません)。


 因みにこの時デーニッツ提督の目に浮かんでいる「影のような高速の怪物たち」はまだXXI型Uボートじゃありません。というのも当時のドイツで水中高速潜水艦と言えば非大気依存推進(AIP)のUボートですからね。そしてここからXXI型Uボートに至るまでに幾つかの事態を引き起こすことになります。お楽しみに。

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