episode,Ⅳ:水星天の支配者
【登場人物】
*釘鎹聖綴(12歳)……身長142cm。赤ん坊の頃、自動車事故により両親を失った唯一の生き残りでキリスト教児童保護施設から脱走し無意識にスラム街に辿り着き、仲良くなったヴェルハルトと犯罪に手を染めながらも人生を謳歌していく。しかし、突然の暴走車にはねられ呆気なく死亡する。
*柊ヴェルハルト(14歳)……身長166cm。日本人の母とフィンランド人の父を持つハーフだが父親を病で失って以来、五人姉弟の真ん中だが居場所を失い家出をしてスラム街で生きていたが聖綴を拾ってその兄貴分となる。聖綴を失ってからは一匹狼として生きる。父の影響でキリスト教信者だが神を信じてはいない。碧眼に長い金髪を後ろ一つに結んだヘアスタイル。
*ナムウドッグ=チリプス・ナタスレグアトサエブ(年齢不詳)……身長198cm。釘鎹聖綴という少年の人生を生きた核なる存在。美麗と醜悪が混ざった外見をしている。自分の存在に疑問を抱く。
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柊ヴェルハルトは、釘鎹聖綴から本体に戻ったナムウドッグ=チリプス・ナタスレグアトサエブによって、次の第二天へと飛行にて移動した。
月天から飛び立つ際、ナムウドッグの姿になった彼を大天使達が出現し列を成して攻撃してきたが、まるで気にも留めず全身から発しているエネルギー体によって、それらの大天使達を全て薙ぎ払って水星天へと飛来するとすぐさま聖綴の姿になり、ナムウドッグの気配を消した。
「ナムウドッグの姿になると天使から成敗されるんだな」
「ホント、それが面倒なんだよね」
そう述べて聖綴は嘆息吐くも、ヴェルハルトは半ば興奮気味に言った。
「それでもあれだけの数の天使達を、ただ薙ぎ払うだけで倒していくお前の力は凄ぇよ‼」
「それでも俺にとっては、連中は蠅に等しいから煩わしい」
「蠅……天使を蠅呼ばわり出来るのは、お前だけだよ……」
うんざりげな聖綴の発言を、ヴェルハルトはつい唖然とする。
「マジ、ナムウドッグの時は恐れる者は何もないんだな」
「理由は俺にも分からないんだ。相手が弱すぎるのか、はたまた俺……ナムウドッグが最強すぎるのか。だからこそこうして、自分探しの旅を始めたんだ」
「ああ、そうだったな。俺はどこまでも付き合うぜ」
ヴェルハルトは言うと、聖綴へ拳を突き出した。
これに聖綴も拳を彼の拳へ突き合わせた。
水星天に到着した二人が歩いていると、向こうから輝かしい光が集団で輪になり、クルクルと回りながら近付いて来た。
そして二人の前まで来ると、それらの光の魂は賛美歌を歌い始めた。
「~♪祝福されるは、死者。主の内にあって死ぬ人、これより後に。そうだ、と精霊は言います。彼等は労苦から解き放たれる。彼等の成した事は後ろについて来るのだから♪~」
ここは現世で名声や栄誉の為に徳を積んだ者が至る場所だ。
地上の野心を断ち切れなかった魂が、光り輝きながら歌い、喜びを表現した。
名声への欲求は、罪ではないものの完全なる神の愛に至るには、少しの雑念が残っている状態によりこの第二天に留まっていた。
ここにいる魂達は、神への愛だけでなく世俗的な名声を求めるという野心を持っていた為、他の魂よりやや低い階層に位置していたのだ。
それでも喜びの歌を歌っている所を見ると、ここでの生活に彼等は満足しているのだろうと思われた。
彼等は、名声の儚さと不純性にてこれは名声や栄光が神の輝きに隠れてしまう程、儚いものである事、また正義への動機が名声という人間的な報酬によって、少し汚れている事を表わす。
しかし、彼等は自らの意思を神の愛と完全に一致させており、より高い天国へ行きたいという欲望すら持たない、完全な至福な状態にある。
水星天は、"地上での名声、栄光への執着を捨てる事で、神の正義と調和した魂が、眩い光の中で満足している領域"なのであった。
「ここの支配者の存在は……そう言や聞いた事ないな」
聖綴がポツリと呟く。
するとこれに口を開いたのはヴェルハルトだった。
「ユスティニアヌスだ」
「ヴェル、知ってるの?」
聖綴が尋ねる。
「まぁな。死んじまった親父と教会に通ってたから、学んだ。何でもローマ法大全を制定した人物らしい」
「え。じゃあそれって、人間なの?」
「ああ。人間だな」
「そっかぁー。人間はさすがにナムウドッグの事は知らないだろう、な──」
「呼んだかね?」
その声の主は、六世紀ローマ皇帝及びキリスト教皇帝のユスティニアヌスその人だった。
彼はローマ法典を編纂させ、戦により弱体化したローマ帝国復興を推し進めた大帝である。
神から授かった権威を正しく行使した君主であった。
彼は偉大な功績を残したが、その原動力に現世での名声や栄光への執着が混じっていた為、より上位の天ではなく水星天に配された。
だが、天国にいる彼は既にその執着から解放されており、神の光に包まれて喜びの中で聖綴とヴェルハルトへ応じた。
「やぁ、おじさん……」
「いつの間にここへ……」
聖綴とヴェルハルトは口元を引き攣らせる。
「何か困り事かね? 良ければ私……このおじさんが話を聞いてあげよう」
ユスティニアヌスは新たな訪問者に、喜びで心がウキウキと弾んでいる様子が、見て取れた。
「あー……じ、じゃあ一応聞くけど……おじさんは、厄災について何か、知ってるかなぁ?」
聖綴は相変わらず口元を引き攣らせながら尋ねた。
「厄災? ──……ああ! 厄災ね! 勿論、知っているとも‼」
ユスティニアヌスは暫し黙考した後、声を弾ませながら答えた。
「どうせオッサンも、呼び名や存在の噂程度しか、知らねぇんだろう」
ヴェルハルトは嘆息吐きながら、言った。
「いや、私が知っている"厄災"は、天国にも地獄にも……そして何より人間界にも居場所のない、唯一無二の破壊者だと聞いている!」
ユスティニアヌスは自信満々に白い歯を見せて述べた。
「うん……それは知ってる。もっとこう、詳細な内容はないの?」
聖綴が特別期待する事無く、とりあえずそう尋ねる。
「詳細な……うーむ。私もその厄災に出会ったわけでもないから、外見すらも不明だなぁ」
「じゃあここに長居する必要はなさそうだぜ、聖綴」
「うん。そうだね」
「おや、ここを離れてどこへ行こうと言うのかね?」
ユスティニアヌスが言って、小首を傾げる。
「次の第三天である、金星天だ」
ヴェルハルトが答えを返す。
「何と! まさか金星天まで自力で行こうとでも⁉ 加護天使の力を借りねば無理だ!」
「だけどここまで俺達は自力で来たんだよ」
そう言ったヴェルハルトに、ユニティアヌスは更に仰天する。
「不可能かどうかは、これを見れば嫌でも納得するよ。ヴェル、お願い」
「Selvä(了解)」
ヴェルハルトは背後から聖綴の両眼を片手で覆うと、唱えた。
「現れ出でよ、ナムウドッグ=チリプス・ナタスレグアトサエブ」
そうしてその手を横へスライドさせると、聖綴の両眼がカッと光を帯びて胸を仰け反った。
ミシミシと軋み音を立てながら聖綴の肉体が大きくなっていく様子を、ユニティアヌスは息を呑んで目を見張る。
やがて小さな子供姿だった聖綴から、長身で異形な姿のナムウドッグの姿に変わった。
これにユニティアヌスは仰天し、思わず呼吸をするのも忘れる程だった。
「現れ出でよ! 【反・神説】背徳の獣の読者達よ‼」
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