episode,Ⅲ:貞潔の女神ディアナの証言
【登場人物】
*釘鎹聖綴(12歳)……身長142cm。赤ん坊の頃、自動車事故により両親を失った唯一の生き残りでキリスト教児童保護施設から脱走し無意識にスラム街に辿り着き、仲良くなったヴェルハルトと犯罪に手を染めながらも人生を謳歌していく。しかし、突然の暴走車にはねられ呆気なく死亡する。
*柊ヴェルハルト(14歳)……身長166cm。日本人の母とフィンランド人の父を持つハーフだが父親を病で失って以来、五人姉弟の真ん中だが居場所を失い家出をしてスラム街で生きていたが聖綴を拾ってその兄貴分となる。聖綴を失ってからは一匹狼として生きる。父の影響でキリスト教信者だが神を信じてはいない。碧眼に長い金髪を後ろ一つに結んだヘアスタイル。
*ナムウドッグ=チリプス・ナタスレグアトサエブ(年齢不詳)……身長198cm。釘鎹聖綴という少年の人生を生きた核なる存在。美麗と醜悪が混ざった外見をしている。自分の存在に疑問を抱く。
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釘鎹聖綴の本体である、ナムウドッグ=チリプス・ナタスレグナトサエブは半ば、破壊者と言っても過言ではなかった。
気に入らないもの、もしくは自分に攻撃して来るものを片っ端から消滅していった。
そんな人生に飽き、つまらなくなったナムウドッグは、人類の生き方に興味を覚えた。
善悪両方を兼ね備えている人類が、どんなものなのか知りたくなったのだ。
ナムウドッグは物心つく前から既に、孤独であった。
まるで本を読む様に、人間界を異空間から覗き見していただけだったが、天地を見るよりもはるかに人間界の方が楽しそうに思えた。
まるでモニターを見る様に、地面を一撫ですれば下界の様子を覗き見る事が可能だった。
地上だけでなく、天国も地獄をも。
その中でナムウドッグが選んだのは、人間界だった。
ナムウドッグには、男女の性別が存在していない。
そして何よりも最強だった。
孤独ではあったが、ナムウドッグには声のみで姿なき存在に、見守られている様だった。
いや、見張られていると表現した方が、正解なのかも知れない。
白亜色の、だだっ広い空間でナムウドッグは生きていた。
天はなく、遮る壁もない途方もなく広い空間で。
そんな中で果たして、何年生きてきたのかは判らない。
ただ、途方もなく長い時間を生きてきたと思う。
生まれながらの孤独感のせいもあり、仲間が欲しいとか、またそれが何を意味するのかさえも知らなかった。
独りが、当たり前になっていた。
物事の、善悪すら学ぶ事なく。
だからこそ、人間に魅力を覚え興味を抱いたのであった。
「どんな相手であれ、私が腹を痛めて産んだのは事実。嫌どころか、ナムウドッグも含めて、私の大切な子供です」
釘鎹愛海の言葉に、聖綴の胸に熱い感情が去来した。
気付くと聖綴の姿から、自然と40%のナムウドッグの姿に戻っていた。
ポロ。ポロポロ。
気付くと、涙が零れていた。
「これは……涙……? 我が今まで涙を零した事など、一度もなかったのに……?」
「それはあなたが、聖綴の人生を生きたからですよ。ナムウドッグ。聖綴が……いいえ、ナムウドッグが人間界で私の腹から生まれた瞬間、あなたは何よりも大きな産声で泣いたものです」
「我は……我は。──お前の事を、我は何と呼べば……」
「普通に"お母さん"で、宜しいんじゃありませんか?」
「お、母さん……?」
「ええ。そうですよ。私はあなたの、お母さんです」
「──……お母さん……っ‼」
ナムウドッグは零れ落ちる涙をそのままに、愛海へ手を伸ばすとギュッと彼女を抱き締めた。
これに愛海も、ナムウドッグを抱き締め返した。
「愛しい私の子。何も泣く事はありませんよ」
「お母さん……我を迎えに来てくれて感謝する。温かい心を貰った。だからこそ述べよう。もうここからは我とヴェルハルトの二人だけで大丈夫だ。どうか元居た場所へ、戻ってくれても構わない」
ナムウドッグは顔を上げると、そう愛海へと伝えた。
「そうですか? あなたがそう言うのなら、私は上層であなたが登って来るのを、心から期待して待ちますが」
「ああ。待っていてくれ。必ず行く」
すると愛海はニッコリと微笑んでから、ナムウドッグと傍にいたヴェルハルトの頭を優しく撫でた。
「ナムウドッグ。ヴェルハルトの事をお任せしますよ。まだ十四歳の子供です」
「無論だ」
「では、先に戻って待っておりますね」
愛海はフワリと浮かび上がると、空へと姿を消した。
「……良かったのかよ。ナムウドッグ。お母さんを行かせちまって」
ヴェルハルトが空を見上げたまま、尋ねた。
「構わん。お母さんには、今後起き得る行いを、見せたくはない。自分探しの旅の、な」
「俺にも言ってたな。悪魔よりも天使の方がヤバいと」
「ああ。ここから先は、おそらくバトルは免れん気がする」
「妥協のない正義感も、傲慢すぎると単なる強迫だな」
「尤もだ」
そうしてナムウドッグはベンチから立ち上がり、背中を丸めて聖綴の姿になると、ヴェルハルトへ振り返り言った。
「行こう。ディアナの所へ」
「Selvä(了解)」
ヴェルハルトもフィンランド語で一つ返事で立ち上がると、二人一緒に東屋へと歩き出した。
高台の上に、東屋が見えた。
東屋に到着すると、そこにはたくさんの修道女が花を愛でたりして慈しんで過ごしていた。
ディアナは長い銀髪を波打たせたヘアスタイルで、修道女が摘んでくる花々を両腕に抱え、笑顔を浮かべていた。
そんな彼女へ、ヴェルハルトが声をかけた。
「ディアナってのは、あんたか?」
これに彼女が満面の笑みで顔を向ける。
「ええ。いかにも私が、ディアナですが?」
「あんたに、聞きたい事がある」
今度は、聖綴が口を開いた。
「まぁまぁ、お二人共可愛らしいお子だこと。お花、要りますか? とても芳しくて、心も落ち着きますよ」
ディアナは立ち上がると、二人の元へ歩み寄って来て花を一輪、差し出した。
聖綴とヴェルハルトはそれぞれ、花を受け取るとスゥと香りを嗅いでから、改めて聖綴は尋ねた。
「あんたは、"厄災"について、何か知っているか?」
この言葉を聞いても、ディアナと周囲の修道女の笑みが消える事はなかったが。
彼女はコクリと一つ、首肯した。
「ええ。知っています」
これに聖綴とヴェルハルトの表情がハッとし、互いに顔を見合わせる。
しかし、それに続く言葉は二人の期待を裏切った。
「知っていると言うよりも、そういう存在がいるらしいとの言葉を、聞いただけですが」
ニコニコと、ディアナの笑顔は崩れない。
「え?」
「それだけ?」
「はい。それ以上の事は、私共には分かりませんわ」
「何だ……」
「そっか」
ヴェルハルトと聖綴は短く呟くと、踵を返して元来た道を戻って行った。
「もし! 子供達! こちらで一緒にお花で遊びませんか⁉」
だがこれに答える事なく、二人は足を止める事もなく、その場を立ち去った。
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