犠牲の魔女
誰かが住んでいたことに驚き、言葉を失うビストートはしばらく幸福の王子と見つめ合っていたが、ようやく状況を理解し、慌てた様子の反応を見せた。
「・・・え!?今、ここ誰か住んでたんですか!?・・・すいません、知らなくて・・・」
「構わないよ!さ、お上がり!暖かいお茶を用意しよう!」
笑顔を向けた後、中に入って行った。
呆気に取られていたが、ビストートも中に入らせてもらうことにした。
リビングのテーブルには椅子が5脚並べられている。
だが、明らかに一人暮らしだ。
見渡す限り荷物が少ない。
もてなす用なのだろうか?
それにしても5脚なのは一体なぜ?
疑問に思いながら椅子にかけていると、幸福の王子がお茶を出し、真向かいに座った。
テーブルの横に大きく構えた窓から外の様子を2人で見る。
大粒の雨が無数に屋根を打ちつける音は怖さや不安はあるものの、どこか落ち着く。
「通り雨だろうな」
「はい・・・。あの!いつからここに?」
ビストートに聞かれてゆっくりと顔を向けた。
「つい最近だよ。本当、数日前さ」
「・・・なぜここに?」
次の質問を投げかけるビストートは得体の知れない相手に緊張している。
「友人がね、ここを教えてくれたのさ!」
そんなビストートの心の内を見透かしたのか、緊張感を与えないために笑顔を向け続ける。
「友人って?」
「ここの前の主人の友人だよ。知っているだろう?アスタ、チョコ、キャメリア、シャロン。彼らが親切にも教えてくれたのさ」
そう言ってから、一口お茶を啜った。
それを聞いて初めて理解し、椅子に顔を向けたビストート。
『この椅子の数って・・・』
「気づいたかい?そうだよ。私の友人が来た時にもてなせるように椅子を用意したんだ」
さっきから見透かされすぎていることに身構える。
「なんで、俺があいつらの知り合いってわかった?」
「ここに何の疑いも無く入って来ただろ?ここは以前チキン・リトルが住んでいたから誰も近寄らないし、土地としても利用価値の少ない場所だから誰も来ない。それなのにわざわざ足を運んで来たということは、君がここの主人と友人で、きっとあの子たちのことだからその2人を繋ぎ合わせたのだろうと思ってね」
幸福の王子の推理を聞いて納得したのか、ビストートの体の力が抜けて背もたれにもたれかかった。
「紹介が遅れたね。私は犠牲の魔女、幸福の王子だ」
それを聞いた途端にまた背筋を伸ばした。
指で背中を撫でられたように汗が伝う感覚が恐怖心を煽る。
呼吸が浅くなる。
動揺を隠すために、お茶を一口啜った。
その様子を見て、相手が笑った。
「はっはっは!!何、取って食おうなんて思ってないよ!肩の力を抜きなさい!リトルと同じようにしてくれれば良い!」
幸福の王子も同じく一口啜ってから、ビストートに聞いた。
「それで?君の名前は?」
ビストートは迷っていた。
もし名乗って、何か呪いでもかけられることはあるのだろうか?何も害は無いのか?など、あれこれ考えていたが、急にパーティのアホ面が出て来た。
その瞬間に思わず吹いてしまった。
「ぷっ!!・・・クックックッ!!」
「どうした?何か面白かったかい?」
不思議そうに見て来る相手に手を差し出して笑いを必死に抑えていた。
「いや・・・今、名前から呪いをかけられることもあるって聞いたことがあったから、魔女に名乗っても大丈夫かと考えていたら・・・ぷっ!あのパーティの・・・アホ面が出て来て・・・クックックッ!!」
肩を小刻みに揺らして笑うビストートに幸福の王子は怒るどころか、笑顔を見せていた。
「すいません・・・。あのパーティと友達なんだ。そんな呪いをかけたりしないでしょ、リトルみたいに、って思って」
落ち着いたのか、ビストートにもようやく微笑みが浮かんできた。
「俺の名前はビストート。メリリーシャでレストランをやってます」
「あぁ!あの!パーティから名前は聞いたよ!料理の腕前は一流だけど、口が悪いと!」
「な!?あいつらそんな事を!?」
思わず机に手をついて立ち上がった。
「あぁ、いつか連れて行ってくれると言っていたよ!私は楽しみにしているのさ!みんなでビストートのレストランに行ける日を!」
また椅子に腰掛ける。
「まぁ、いつでも来てください。ランチにしかあいつら来ないけど・・・」
「楽しみにしているよ!」
すると、ビストートがリュックから紙袋を取り出した。
「それは?」
「これ、小腹空いた時につまもうと思ってたけど、お茶請けにどうぞ!」
袋を開けると、中から焼き菓子が出て来た。
とても香ばしい、いい匂いがする。
「おぉ・・・とてもいい匂いだ・・・甘い砂糖に卵白と・・・アーモンドの匂いもあって、香り付けにはアマレットを使用したのかな?」
「えぇ、よくわかりましたね!それはアマレッティと言って、マカロンの原型みたいなものです!メレンゲにアーモンドパウダーを加えることによって、サクサクッとした食感が生まれるんです!」
嬉しそうに立ち上がり、キッチンの食器棚から少し深さのあるお皿を出した。
それを2人の間に置き、アマレッティをお皿に出した。
「では、いただきます」と一口食べる。
噛んだ瞬間に目を見開き、頬が紅潮した。
「うん!おいしいなぁ!これは一流だよ!」
ビストートが照れ臭そうにしている。
「それで?今日はここへは何をしに?」
「ここ、前にリトルが住んでたけど、魔王軍に魔女狩りされたって聞いたから、誰もいないのならカビとか生えないように風通したり、掃除したり・・・勝手ながら店の定休日を使って管理みたいなことをしてました。それで今日も同じようにしようと思って・・・」
「そうか、そうか!通りで道に草も生えていないし、ある程度芝生の高さも揃っているし、何より家の中がきれいだったわけだ!」
満足そうに笑顔で頷く幸福の王子は最後に一言礼を言った。
「ありがとう、君のおかげでここの主人の記憶は守られていた!」
「え?リトルの・・・記憶?」
驚きながら聞き返す。
「あぁ、ここに来た時に次々と鮮明な記憶が見えたんだ!彼が魔女になった経緯や、あのパーティと出会って過ごした思い出、魔女狩りをされた時の悔しさ・・・そうそう、みんなで一度ビストートのレストランにも行ったそうだね!ここの主人が感激していたよ」
「はい・・・一度来てくれて・・・その時は魔女って知らなくて。近所の子どもくらいに思っていて、魔女狩りされたって新聞の記事になってた時も知らなかったんです。でも、あとからパーティに聞いて知りました・・・」
ビストートはテーブルの下で悔しそうに手を握っていた。
「そうか、それは皆、悔しい思いをしたな」
フッと手の力を抜く。
だが、まだ悔しそうな表情をしていた。
「許してやりなさい」
そう言われて不思議そうに顔を上げる。
「許す?あの理不尽な魔王軍を?・・・あのきしめんを?」
「それはおいおいで良い。まずは、その悔しさの根元、記事を見た時に喜んでしまった自分を、友のために何もしてやれなかった自分を許してあげなさい」
ハッとした表情になる。
そこまで気づかなかったのだ。
いつの間にか自分自身を責めていたことに。
無知故に友人の死亡記事に喜んでしまった自分を、知ったとしても何もできない非力な自分を。
ビストートはテーブルに両手を出して拳を固く握り、顔を伏せて泣いた。
「クソ・・・すまん、リトル!!悪かった・・・クソッ!!クソッ!!」
幸福の王子は隣の席に移り、背を摩ってやった。
「好きなだけ泣きなさい。悔しかったな、友のために何もできなかったことを責め続けて、それを償うために毎週毎週ここを訪れて1人で掃除をしてきたのだろう?」
ビストートはさらに涙が出てきた。
悔し涙を誰にも見せないように隠してきたが、言い当てられて、自分を許そうと思って、そう思う度に愚かな自分を思い出して。
ビストートの背を摩る幸福の王子の手が光り出す。
「ビストート、よくがんばったな。リトルはそんなこと、初めから責めていないよ。これからは私がその役を引き受けよう。みんなが君の料理を楽しみにしている。安心して自分の役に戻りなさい」
そう言って背中をなぞると、ビストートは安心したような表情で眠った。
手を離した途端、幸福の王子が苦しみだす。
「グッ・・・!!こんなにも自分を責めて・・・可哀想にな」
犠牲の魔女の名の通り、友人の苦しみを引き受け、自己犠牲を行った。
「次に起きれば・・・心が軽くなっているはずだ。もう自分を責めることはないだろう。あと、魔王軍やきしめんという者のことも、時期に許せるよ」
幸福の王子はタオルケットを持って来て、ビストートの背中に掛けてあげた。




