キャンドルの記憶②
少女が変身してからは地元でも誰もが振り返る人物となっていた。
自分の容姿に自信をつけた少女は垢抜けている。
すると、自分の知らない場所で好意を持たれることもあった。
影からいつも見ては、少女への届かない想いに不満が溜まる。
その気持ちは時間と共に相手への怒りへと変わっていった。
自分が愛した分、相手から返ってこないどころか、そもそも認識すらされない。
自分だって彼女のために毎日おしゃれをしているというのに、この時間とお金を返せ!とふつふつと湧いて出る身勝手な感情。
そこにさらに町中で憎悪の感情を煽るものを見てしまう。
壁に貼られた写真を一つ手に取り怒りに震えた。
しかし、そんなことも知る由もない少女自身は、憧れの青年と仲良く頻繁に出かけていた。
そんな幸せの絶頂にある日の帰り道、薄暗くて人気の無い場所で少女は急に背後から突き飛ばされた。
「きゃあ!!」と悲鳴を上げて倒れる。
振り向くと男が殺意の混じった怒りの眼差しを向けている。
「だ、誰?」
怯えていると、男は写真を突き出してきた。
「これはどういうことだ?」
そこには青年とデートをする少女の姿があった。
青年の顔は見えないように撮られたもので、写真の中では少女が幸せそうに笑っている。
「な、何これ!?」
「町中にたくさん貼られていたよ。この写真だけじゃない。何度も何度もこの男と会っているんだな!!」
息を呑んで相手を見上げる。
「俺がこんなにもお前のことを想っているのに・・・なのに!お前は裏切りやがって!!」
男は怒りのまま少女の顔にハンマーを叩きつけた。
「お前なんか!二度とその顔見れないようにしてやる!!」
何度も何度もハンマーを叩きつけ、彼女の顔は腫れ上がり、体は痙攣して動かなくなっていた。
いわゆる虫の息である。
身勝手な怒りをぶつけて満足した男は何処かへと消え去った。
陽も暮れ、辺りが暗闇となった頃、少女は奇跡的に動くことができた。
しかし、かなり頭を打たれて言葉も発せない。
だが、彼女は意識を通さず体が覚えている習慣があった。
それは、鏡を見ることだ。
無意識にカバンの中から手鏡を取り出した。
震える手で鏡を顔の前に持って来て覗く。
そこには顔面の骨折や内出血でパンパンに腫れ上がり、アザで埋め尽くされ、鼻も潰され唇も腫れ上がり、歯も抜けた悲惨な姿があった。
涙を静かに溢す。
声は出すことができなかった。
そして、静かになり、命が尽きるのを待つのみとなった。
悔しい。
どうして?
自分は散々いじめられてきた。
だけど恋をして努力をした。
それだけなのに・・・。
勝手にばら撒かれた写真、勝手に抱かれた憎悪。
どれもこれも努力をせず、相手を引きずり落とそうとする連中がしたことだ。
そんなものの為に自分の努力は崩れ去ろうというのか?
どうしてこんなにも報われないのだろうか?
考えても考えても涙が出るばかり。
悔しい、悔しい、悔しい、悔しい!!
そこに、何かが目の前を覆った。
首も動かせないし、目が腫れて視界も狭い中、見えたのは巨大な鼠の魔獣だった。
ああ・・・自分はなんてついていないんだ。
こんな死の際まで静かに死ねずに、こんな化物に食われて終わるというのか?
恐怖も何も感じない。
どうせこの動かない体では抵抗も逃げることもできないのだから。
鼠の魔獣は動かない少女の柔らかい部分である腹から食べた。
もう脳が麻痺して痛みなんて感じない。
ただただじわじわと腹、胸、腿・・・と順番に食べ尽くされた。
その後、少女の形を模そうとするが、少女の脳の損傷が酷く、ドロドロと溶けた液体のようなものとなった。
白い服を好んで着ていたせいか、液体は全体的に真っ白である。
「アー・・・アー・・・」と呻き、這いつくばるようにしてどこかへと向かった。
液体と化した少女が向かったのはハンマーで殴った男。
鼠の魔獣の嗅覚で追跡したのだ。
男が呻き声でこちらに気づき、振り向くと悲鳴を上げた。
「ぅわあああああああ!!!!」
その直後、丸呑みにされた。
男が液体の中でもがき苦しむが、次第に溺れるように窒息した。
男を液体の中でじわじわと溶かしながら移動する。
次に向かったのは写真をばら撒いた本人。
復讐のため、何か意図して向かったわけではなく、持ち物の匂いから追跡しただけだ。
魔獣に取り憑かれた少女に意思は無かった。
匂いを追ってやってきたのは、庭付きのそこそこ裕福な家。
夜も深まり、家の明かりが消えてゆく。
2階へと壁を使って上がると、隙間から入り込む途中で鍵が開いたので窓が開き、男の遺体を取り込んだまま部屋に入る。
物音に気づいて部屋で寝ていた者がランプをつけ直し、侵入者を見た。
「きゃぁぁあああ!!!」と甲高い女の悲鳴。
犯人はあの青年のことが好きな女子生徒だったのだ。
怯えて腰を抜かす彼女を丸呑みにし、悲鳴に駆けつけた親、使用人の全てを取り込んだ。
ドロドロとした液体の中で次々と窒息死する。
やがて、静かな夜となった。
大量に捕食したせいで一度消化のために休憩をした。
体を溶かす際に血が滲み出す。
白い体はあっという間に鮮血で赤く染まった。
その様は憎悪や無念を表すかのようなおどろおどろしい色をしている。
そして、彼女は血が美味しいことに気づいた。
もっと言うと、ここの使用人にいた若い男の血が特に美味しい。
体や骨などは副産物的に食す。
ようやく動けるようになった彼女は血を求めて動き出した。
どうやら本物のネズミ同様、代謝が高いのかすぐに空腹になる。
いくつかの脳みそを食べたのでほんの少しだけ喋れたり、少女自身の意識を取り戻した。
その時に思い出すのはやはりあの青年。
恋心のあまり意識の中で強く占めていた彼に会いたいと思う彼女の意識と、魔獣の空腹を満たそうとする意識が合致する。
彼女は青年の元へと液体のような体を引きずって会いに行った。
明け方、空が白んで小鳥が囀り愛の言葉を囁く。
そんな頃、少女は青年の下宿先まで匂いを辿って向かった。
彼女はただ会いたかっただけなのだ。
ただし、本能としての空腹を携えて。
下宿先の窓をノックするように叩く。
音に目が覚めた青年がベッドから体を起こした。
再びノックが鳴る窓へと近寄り、カーテンを開けた。
しかし何も見えないので窓を開けて覗こうとした時、下から白い液体の魔物が現れた。
驚いた青年は尻もちをついて見上げる。
中に入ってくる魔物を見ると、どうも悲しげな表情をしている。
しかし、恐怖に怯えた青年は机に駆け寄ってペンやら定規やら物を投げまくった。
それが“ペチャン”と音を立ててゆっくりと落ちる。
「来るな!化け物!!」
その時、魔物が一瞬怯んだ。
魔物の中の少女が思い出していたのである。
かつて自分が町中で石を投げられ散々に罵られていた頃を。
それを憧れの彼が今まさに自分に対して行っている。
悲しげな表情の後、目の部分から涙のような液体を流した。
その後、どうなったのか彼女は覚えていない。
彼女の意識はショックのあまり引っ込んでしまったのだ。
真っ赤に染まった体を引きずって、蝋燭の魔女キャンドルは森の中へと消えて行った。
その後には涙を溢したかのような、赤い液体が点々と落ちていた。




