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God:Rebirth(ゴッドリバース)  作者: 荒月仰
第4章 ビフレスト防衛戦
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第90話 越えた先の景色

敗北の将エリゴスは牢に幽閉されていた。そこにフリーレが足を運び、彼女に己の行く末を選ばせる。

 ビフレスト防衛戦は結局ラグナレーク王国の勝利に終わった。


 戦死者がいないわけではなかったが、それも百人に満たず、ラグナレーク側の被害は当初の戦力差から見るに実に軽微であったと言える。対してアレクサンドロス大帝国は、第17師団”先遣部隊”が壊滅という結果となった。四名の将軍級(コマンダー)の内、デカラビア、キメリエス、フルカスは戦死。エリゴスは戦死こそしていないもののラグナレーク側に囚われの身となり、武器剥奪のうえ牢獄に幽閉されていた(そもそもそれ以前に、皇帝が彼女を見限っていたのだが)。


 ビフレストの市街地で怪我人の手当や復興作業に、兵たちは忙しなく走り回っている。彼らは分かっているのだ、この勝利は所詮一時的なものでしかないことを。敵は先遣部隊を名乗っていた。向こうからしてみれば、きっと小手調べ用の部隊が潰されただけに過ぎないのだろう(それは皇帝がエリゴスを簡単に見限ったことからも推察できる)。


 ――結局アレクサンドロス大帝国との戦争はまだまだ続くことが予想される。軍備の立て直しは相変わらず急務のままなのだ。



 ところ変わって、ここは兵舎区画の脇に有る牢獄施設。もともとビフレスト市内に存在していたものを流用しているに過ぎない。その地下深くの牢内に、エリゴスの姿はあった。壁際で膝を抱えて座り込んでいる。表情には生気が無く、どんよりと消沈しているようであった。


 カツカツと響く靴音が近づいて来る。エリゴスは座り込んだ姿勢のまま顔を上げる。鉄格子の向こう側にはフリーレが立っていた。


「……あの時感じていた覇気は、見る影もないな」

「……」


 エリゴスには何も言い返す気力が無かった。その資格すらもないと感じていた。力に慢心こそしていなかったが、それでも心のどこかで人間を格下に見ていたのは事実であり、その人間に完膚なきまでに打ち倒されたのだ。そのうえ戦いに対する姿勢を糾弾され、仕舞には子供のように泣きじゃくり、死という結末すら取り上げられた。己に恥ずべきところしかないように感じられ、エリゴスはどこかへ消えてしまいたいと思っていた。


「エリゴス、お前の未来には二通りある。敗者に己の末路を決める権利など無いと私は思うが、それでも選ばせてやる。このままむざむざ死ぬか、あるいは生かされ我々にいいように利用されるかだ」


 エリゴスの処遇については騎士団内で意見が割れており、まとまっていない。これはフリーレが勝手に切り出していることだった。


「……利用されるというのは?」

「そうだな、まずはアレクサンドロス大帝国や魔軍(レメゲトン)について知っていることはすべて話してもらおう」


 虜囚に対してまず行うべきは尋問。しかしエリゴスは、自らを先遣部隊という小手調べ用の部隊だと言っていたし、皇帝もエリゴスをあっさり見限ったところから重要な情報は知らされていないように思える。そしてフリーレもそれは承知していた。エリゴスを生かす意義は他にもある。


「そしてエインヘリヤルは今深刻な人手不足でな、とくに我が第七部隊はひどいものだ。お前を生かす場合、私の元で戦ってもらいたいと思っている」

「……裏切るとは思わないのか?」

「お前にそれができるのか?」

 フリーレは試すように言う。


「……お前は私に失望しているのではないのか?あれだけの醜態を晒したというのに」

 己の号泣ぶりを思い出し、エリゴスは眉を顰めた。


「そうだな、アレはあまりにも見苦しいものだった。あの時は思わずやる気が削がれ、その場を放り出してしまったが、実のところお前のあの醜態はそこまで恥ずべきことではない」

 フリーレの声音にどこか(いた)わるような響きが滲む。例の老婆心は完全には消えていないようだった。フリーレの中で、エリゴスは相変わらず惜しい存在のままなのだ。


「生き物はみな生きるために存在しているのだからな、本能的に死を怖れるのは自然なことだ。それは誰であれ、どんな生物であれ、きっと変わらないだろう」


 フリーレは眼を閉じて過去の映像を想い起こす。それは悪しき女王フェグリナに囚われの身となり、拷問の末に殺されそうになった時のことだ。あの日、眼球を抉られる寸前に正義の神が駆け付けた。彼の到着が少しでも遅ければ命はなかっただろう。さしものフリーレもあの時ばかりは間近に迫った死に身の凍る思いがした。


 エリゴスの醜態に閉口しつつも、彼女を糾弾する資格は自分には無いとフリーレは考えている。


「エリゴスよ、お前は今回死線を越えることができなかった。結局生き残っているのを見ると、ある意味越えているとも取れるがな。ただ己の力で、真に乗り越えてはいない。だがその機会は生きている限り何度でも訪れるものだ。お前は私の元で戦い、再び窮地に陥った時、今度こそ死線を越えてみせろ。死ぬ前にその越えた先の景色ぐらい見ておくといい」


「死線を越えた先の景色……それはそんなにも素晴らしいものなのか?」

 エリゴスの問いに、フリーレは少し首をもたげて考えた。


「いや、正直よく分からん」

「……分からないのか」

「命を繋ぐために必要でも、いちいち空気を吸うことに感動などしないように、私は必要だったから死線を越えて来ただけで、その先の景色になにか憑りつかれるような気持ちを抱いているわけでもない。だからエリゴスよ、別にこれは強制ではない。お前に突きつけた二択は、換言すれば死線の先の景色を知らずに死ぬか、知ったうえで死ぬかの二択と言える。だがその景色にどれほどの価値があるのかは私自身分かっていない」

「……いや、きっと価値はあるだろう」


 エリゴスは立ち上がった。

 そして眼前の、自分を打ち負かした強者に尊敬と憧憬の念のこもった声で言う。


「あれだけ手も足も出なかった貴方と同じ景色が見れるのなら、きっとそれだけで価値のあることだろう。私は、貴方と同じ景色が見たい」


「……それは私と共に戦う道を選んだ、ということでよいな?」


 エリゴスの眼を見る。彼女の眼はいつの間にか生気を取り戻しかけていた。エリゴスの心を消沈させていた直接の原因は、フリーレに為す術もなく敗れたことでもなければ、皇帝に見限られたことでもない。それにより己の存在理由を喪失していたことが何よりの原因であった。


 ここでエリゴスは新たな目標を得た。目の前の孤高にして(したた)かな存在……彼女と同じ世界を見る為に、エリゴスは胸に手を当て、弱々しさを払拭した声で言った。


「私は皇帝に見限られ、今や寄る辺ない身の上だ。このエリゴス、貴方の幕下に加わり、今度こそ命を賭して戦うことをここに誓おう」


 その顔には確かな覚悟の念があった。フリーレは分かりづらく微笑むと、鍵を開けてエリゴスを牢から連れ出した。エリゴスの手を引き、先導する。


「では、エインヘリヤルのみんなにお前の紹介をしなくてはな。ちなみにこれは私の独断だ。反対意見が噴出することは目に見えているが、まあ私が黙らせるから心配するな」


「分かった、ありがとう、たいちょ……」


 エリゴスは隊長と言いかけて、すんでのところで言い留まった。そういえばフリーレの取り巻きたちは、彼女を隊長と呼んでいなかったような気がする。なんと呼んでいただろうか?たしか……


「……お、お頭」


「…………」


 フリーレはその言葉を聞き、普段の冷徹さに似合わず実に愉快そうに笑い始めた。エリゴスはお頭という言葉の意味をよく分かっていなかった。取り巻きたちがそう呼ぶのを聞いていたので、自分も真似したに過ぎなかったのだ。フリーレのおかしそうな笑い声に、エリゴスは言葉を誤ったかと思った。


「フフフ、そうか、隊長ではなくお頭か」

「な、なにか変だったか?」

「いや、かまわん。なんの問題もない。ただ……」

「ただ?」


 エリゴスは不思議そうにフリーレの顔を見る。

 フリーレが笑ってしまったのは、お頭という呼ばれ方にどこか愛着めいたものを感じている自分に気づいたからだ。フリーレもディルクたちも今や騎士団員であり、立派な人間社会の一員である。その為、いまだにお頭呼びをするディルクたちが本来おかしいのだが、フリーレもそれを正すことはしてこなかった。彼女にそれをさせなかった感情の正体に今更気が付き、思わず笑ってしまっただけのことだった。


 フリーレは果てしなき荒野で生まれ育った。そして恨みや辛み、哀しみに幾度となく見舞われた。しかし彼女は他人をことさらに妬んだこともなければ、自身の身の上を深刻に憂えたこともない。この世界では様々な生き物が、それぞれの艱難辛苦に揉まれながらも懸命に生きている。彼女はそれを知っているのだ。自分ばかりが不幸な身の上であるなどとは思っていないし、それに生きる上で身につけた力、手に入れた絆に誇りを持っていた。


 お頭という呼称は、そんな自身の辿って来た道のりを想起させる言葉に他ならなかった。彼女はこの呼称を気に入っていたのだと、今更ながらに思い知ったのだ。


「……結局私は、何はともあれ、ならず者だということだ」


 彼女の声音には、どこか爽やかさがあった。

これにて第4章終了です。フリーレが主人公の、生きるということがテーマの章となりました。次章からは再びマグナ側の物語となります。

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