38 サキュバスのコスプレ
「マリー。
行くよ、準備して」
お酒に弱いマリーはぐったりしている。
ギルドマスターの仮眠用ベッドに寝せてあげたが、本当に幸せな顔をしている。
「ふふふ、ヘルガ様の匂い……」
マリーは布団を抱きしめながらつぶやいている。
目を無理やり開いてみても起きない。
さっきのはずいぶんはっきりした寝言らしい。
「マリーが起きないね」
「ワイン飲ませたのはヘルガだろ? お酒弱いなら仕方ないじゃないか」
「あれ? 忘れたの、飲ませたのはリクだよ」
ヘルガは、いたずらっ子の笑顔。
凛としていたヘルガであるが、オレといるときは子どものような振る舞いを見せる。
ギルドのみんなが見たら驚くかもしれないな。
「直接飲ませたのは確かにオレだけど、マリーぐっすり寝てるみたいだから二人で行こうよ」
ヘルガの瞳が赤くキラキラ光りだした。
魔族化しかけたヘルガをオレはすぐに元に戻してやる
「喜びすぎだぞ」
「リクとデートだもん」
こうも喜んでくれるとデートに連れていく気にもなるというものだ。
嬉しそうにはしゃぐヘルガと下へ降りる。
「手をつないで行こうね」
「……ここでか?」
「嫌なの?」
上目づかいで聞かれるとなあ。嫌なわけないぞ。
「腕を組んでもいいぞ」
「じゃあ、そうしよう」
ヘルガと腕を組んで下りてゆく。
二人で階段を降りると、周りがざわざわしている。
「おい、見ろ」
「ヘルガ様が魔族に屈服したという噂は本当だったのか……」
周りはオレたちのことをウワサしているようだけど、冒険者たちはだれも目を合わせようとはしない。
「リク様」
コリンナがオレに話しかけた。
「お出かけですか、側室のヘルガ様と」
コリンナの言葉には少しトゲがある。
「あ、コリンナ。
ミアから聞いてるよ。
リクに助けられたんだってね」
「はい、感謝してもしきれません。
ご縁あって、正妻のミア様に雇われてリク様の側仕えを命じられております」
コリンナは礼をしたが、声色からツンケンしたものがにじみ出ていた。
側室と正妻って言う言葉選びも当てつけなんだろう。
オレはそんな風には決めてないけどね。
「じゃあさ、そんな怒った顔はしちゃダメだよ。
リクは笑顔の子が好きだと思うよ」
ヘルガはコリンナに笑いかけた。
「ねえ、コリンナ。
私もミアさまも立場がある身で、ずっとリクの側にはいられないこともあるんだ。
だから、コリンナ。
私たちがいないときは、あなたが支えになるんだよ」
ヘルガはコリンナに手を差し出した。
「よろしくね、コリンナ」
「……ヘルガ様」
コリンナは顔を赤くしていた。
「私、恥ずかしいです、ヘルガ様。
ヘルガ様はリク様を一番に考えているのに……
すいませんでした」
コリンナは深く礼をした。
「いいよ、顔上げて」
「はい、ヘルガ様」
顔をあげたコリンナは微笑んでいた。
「リク様! ヘルガ様と友達だったんだ、すげえ」
「キット、腕を組んでる人同士が友達なわけないよ、ボク知ってるよ。
愛人っていうんだよね」
元気な少年キットと、むっつりスケベの少年トビーがこちらにやってきた。
「おお、キットにトビー。
お菓子をたくさん買ってご機嫌だな」
「うん、リク様にもらったお金で買ったんだ」
キットが返事をした。
「あ、こらキット。
内緒だって言ったじゃないか。
プロジアさんに知られたら……」
「お前らあああ」
プロジアが走ってきたが、キットとトビーはそれを見てオレの後ろに隠れた。
「「ご、ごめんなさい」」
「全く子どもはこれだから、大事に使えって言ってるのに」
プロジアはオレと腕を組んでいるヘルガを見て、無言で深く挨拶をした。
「ヘルガ、これがオレといい戦いをしたプロジアだ」
ヘルガはプロジアと聞くと顔色が変わった。
「リクを殺しかけたっていうプロジアだね」
「は……すいません、その節は……」
「期待してるよ」
「ありがとうございます!」
プロジアはギルドマスターからの誉め言葉に震えていた。
「じゃあ、行こう、リク」
ヘルガと出ていこうとするとコリンナが話しかけてきた。
「あ、私も……」
「コリンナ、今日は二人きりにさせてくれる?」
「あ、はい。
……行ってらっしゃいませ。リク様、ヘルガ様」
コリンナ達は残念そうにしながらもオレ達を見送ってくれた。
☆★
ヘルガに案内され、仕立て屋へ。
街を二人で腕を組んで歩いていると、通りを歩く人たちがヘルガに気づくとびっくりしていた。
男と腕を組んでにこにこしているギルドマスター「ヘルガ・ロート」が物珍しいのだろう。
「ここだよ」
すぐに仕立て屋についた。
「ミア様に教えてもらったの。
ふふ、ミア様より先に来たら怒るかな」
「怒ると思う」
特にオレに。
そして、すぐ一緒に行こうとねだると思う。
「でも、ミアさまとは薬草取りに一緒に行ってたんだから、今日のリクは私のだよ」
腕を組んだヘルガがオレにさらに寄りかかってくる。
「お客さん、店の前でいちゃついてると他の客がはいれないじゃないか。
入るなら入りな」
店の前には貫禄のいいマダム。
「ヘルガちゃん! ヘルガちゃんじゃないか。
あんた、服を買いに来なさいって私が会うたびに行ってたのに、やっと来たね」
「だって、必要ないって思ってたんだよ」
「……おばちゃんの言うとおりだろ?
必要あったじゃないか。
それにしてもいい男だね」
おばちゃんにジロジロ見られる。
品定めされてるようだが、その必要はない。
なぜならオレはいい男だからな。
ヘルガは品定めを終えたマダムと気やすく話していた。
「外を歩く服と、家用の服だね。
家事をするときの可愛い服なんかもいるだろ?」
「うん。なんでわかるの?」
「いっつも戦闘用のあの赤い服着てたんだからどれも持ってないんだろ。
それに持ってたとしても欲しくなるのが恋ってもんだよ」
おばちゃんは生地を探しながらヘルガに話しかけている。
オレは吊るしのものを見ていた。
「ご主人も仕立てるだろ?」
「格好いいのを頼む」
「リクにはいろいろ似合うと思うよ。
どんなのがいい?」
「詳しくないけど、格好いい奴だ」
知力が低いので語彙が乏しい。
デザインセンスも低くなっているらしく、全くイメージすら湧かない。
「任せてよ。
いろいろ流行ってる服を調べてきたんだよ?」
ベケットが誇る女性トップランカー達もキャイキャイ服の話しをするらしい。
店内を見て回る。
お、クラシカルなメイド服だ。
スカートがきわどいミニのメイド服も王都にはあったけど、クラシカルこそ趣があるのだ。
ヘルガと店主が生地選びであーだこーだ言ってるので、店の奥を見てみる。
「お、ご主人、夜の服もお探しかい?」
「夜の服?」
「わかってるくせに」
ん?どういうことだ……これは紐ではないか?
これは、おー、水着か?
いや、これ濡れたら透けそうだぞ。
「マダム、この肩口から背中があいてる奴はなんだ?」
「ああ、これは成りきりの服さ。
最近若い連中に流行ってるらしいよ」
何になりきるのだ?
「何見てるの?」
「……これ」
先ほどの肩口から背中が開いている煽情的な服を指さす。
「これ何?」
「これはね、別売りのこの黒い翼をつけるのさ」
黒い翼を取り出す。
「これは……」
「そう、サキュバスに成りきる服さ。
背中の羽をつけられるようにしてあるんだ。
これを着るといつもより大胆になれるってさ」
「買おうか」
「……バカじゃないの」
ヘルガは頬を染めて恥ずかしがる。
「買うんだ」
「……いらない」
「買うべきだ」
「……何よそれ」
「買うんだ。
買わないとオレは明日から何も着ないぞ」
「風邪ひくよ」
そこで、優しいのはずるいぞ。
でも、オレは諦めない。
「さあ、買うんだ」
「嫌だ」
「オレは欲しい」
ヘルガは、オレのほうを見て睨む。
別に怒ってないくせに。
「……おばちゃん、それ頂戴」
オレの真剣な眼差しがヘルガに届いたようだ。
「あいよ。
羽もいるんだろ」
「……羽はいらないよ」
ヘルガは恥ずかしそうに瞳を赤く輝かせてそう言った。
そうだな、必要ないな。
ヘルガには自前の立派な羽があるんだから。




