37 百合の紋章
マリー視点です。
私が、ヘルガ様と一緒にリク様に嫁ぐことを決めてから、みなで楽しくおしゃべりをしました。
その話の中で、リク様は姉妹婚にあまり詳しくないようで、ヘルガ様はそれは楽しそうに姉妹婚の婚礼の儀についてリク様に話して聞かせておりました。
婚礼の儀の話をとても楽しそうに聞くリク様の様子を見てヘルガ様は嬉しくなったのか、簡略式の婚礼の儀をしようと言い出しました。
私はヘルガ様が命じたとおりにワインを一本用意しました。
姉妹婚の正式な婚礼の儀では血に見立てたワインを用意しまして、姉妹分の花嫁二人と旦那様で一杯のグラスに注がれたワインを回し飲みして血の契りを交わします。
ですが、リク様と一緒にいるヘルガ様はまるで小さな子どものようにわんぱくで……
リク様は飛び跳ねたようにはしゃぐヘルガ様を愛おしそうに眺め、時折頭をなでながらしたいようにさせておりました。
天真爛漫なその笑顔は何かいたずらを考え付いたようで――
「マリー、昔はよくグラスが足りなかったからこうやって一緒にブドウの果汁を一緒に飲んだよね」
マリー様はワインボトルからワインを飲むと私に近づき、ワイングラスではなく、直接口づけをして私にワインを移しました。
「……!……」
私は、ヘルガ様の突然の口づけにうろたえてしまいました。
顔を赤くし、目を泳がせている私を満足そうに眺め、ヘルガ様は私の口腔の中に血のように赤いワインを注ぎ込み満たしていきます。
「あ……う……」
たっぷりと注がれたワインのせいで、私の口の周りは真っ赤に染まってしまいました。
「マリー、一滴もこぼさずにリクにあげるんだよ。
できるよね」
私の体に染みついた習性が、ヘルガ様に敬礼をさせます。
ヘルガ様の命令に逆らえない様に私の体はできているのです。
首を縦に振り、リク様へ近づいていきます。
「よく頑張ったな」
一滴もこぼさずリク様の胸の中に辿り着いた私を、リク様は大きな手で頭をなでてくれました。
不意のことに私の口元が緩んだのをリク様は見つけてくれたのか、私の唇からワインがこぼれないようにリク様は口づけをしてくれました。
「……リク様……」
ぷは。
「ごちそうさま」
リク様は私から受け取ったワインを飲み干し、礼を言うとヘルガ様から受け取った白いハンカチーフで自分の口元を拭った後、私の口元を拭いてくれました。
きっと、この人、リク様はお優しいのでしょう。
そうでないと、ヘルガ様ほどのお方が惚れるはずもありません。
ですが……優しいとはいえ、魔族は魔族。
体を流れる魔族の血液に支配され、抑えきれないほどの淫欲がヘルガ様に襲い掛からないとも限りません。
リク様が魔に堕ちたときには身を挺してヘルガ様をお守りできるように、私も嫁ぐことにしたのですから。
私はリク様にしなだれかかり、リク様に耳打ちしました。
「リク様、ヘルガ様を頼みます。
そのためならば私はあなたになんでもして差し上げますから、どうか……ヘルガ様を幸せにしてください。
お優しいリク様ではございますがやはり魔族。
流れる血の魔力によって身悶えする夜があると思いますが、その時にはどうか私の体をお使いください。
私は、ヘルガ様の瞳に宿る炎をお守りしたいのです」
そう告げたのちに、私はリク様の胸に倒れ込みました。
あらららら。
世界が回っています。
そう、私はお酒に弱いのでした。
「ヘルガも、マリーもオレが守るよ」
リク様は私にそう耳打ちしました。
焦点の定まらない私の目には、リク様は魔族のくせにとても優しい顔をしているように見えたのです。
――zzzzz
☆★
――寝てしまった私は、私と、ヘルガ様の馴れ初め……いえ、出会った頃の夢をみていました。
私の鎧に刻み込んでいる百合の紋章の意味すら、その頃の私は知りませんでした。
貴族の生まれであった私は、後宮での勢力争いに敗れたお母様から孤児院へと預けられました。
それは政敵から私の身を守るためのことでしたが、何も知らなかった私は、いつもお母様を恨み暮らしていたのです。
十か、そこらのころでしょうか。
日々、泣き暮れていた私の前にヘルガ様が現れたのです。
ヘルガ様の長く伸ばした黒髪と切れ長の黒い瞳は誰にも染まってやらないというヘルガ様の内心を強く表したものでした。
私は、ヘルガ様の瞳を一目見て心奪われてしまいました。
それだけ目立っていたヘルガ様は孤児院に入って来た初日に悪ガキどもに裏の畑へ呼び出されました。
悪ガキどもは孤児院を掌握しており、ヘルガ様の味方はだれもいないようでした。
武器など握ったこともない私は武器を探し、何を思ったか片手鍋を持ってヘルガ様の一助ともなればと思い裏の畑へ向かいましたが……
「ははは、アンタ面白いね。
片手鍋持って裏の畑に何か用かな?」
孤児院の裏の畑には悪ガキどもが、頭を抱えうずくまっており、その中心にはヘルガ様が立っておりました。
木刀についた血をピシャッと地面に払い、ヘルガ様は悪ガキどもに言いました。
「まだ歩ける奴らはさ、そこでのびてる奴らを背負って帰りなよ」
「魔、魔族!
この女強すぎるぞ魔族だ!
魔族が出たぞ!」
悪ガキの一人が、負け惜しみをヘルガ様にぶつけました。
ヘルガ様は、瞳を吊り上げその男の子に迫ります。
「そうだ、私は魔族だ。
アンタ、私が魔族だったらどうするっていうんだ!」
ヘルガ様のあまりの迫力に、負け惜しみをぶつけた悪ガキたちは一目散に逃げていきました。
「うわあああああああ」
ヘルガ様は逃げていく悪ガキたちを睨んだまま、独り言ちました。
「はは、魔族だったら相手することもできないっていうのか。
誰か、相手をしろよ。
私は、ヘルガ・ロート。
私は……ここにいるぞ!」
泣いているような、怒っているような顔で叫ぶヘルガ様の心をその時の私は全く分かっていませんでした。
私はただただヘルガ様の瞳に宿った炎の強さに心酔していたのです。
思えば、その時のヘルガ様の瞳も赤く光っておりました。
ですが、その炎は私にはとても危ういものに見えました。
私がヘルガ様を守らなければとその時、私は心に強く誓ったのです。




