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婚約破棄された異世界の魔女【連載版】  作者: 純太
第3章

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19

本来、医務室での治癒魔術師の仕事は極めて少ない。

常駐はしているものの、「通常の治療じゃ間に合わない!」という時にしか出番がなく、そんな事は王宮内では滅多に無いので実に暇である。

切り傷擦り傷打ち身などは基本的に騎士団配属の医師の仕事だ。


まあ、今はその医師がいないので、私が代行でやっているのだが。

それでも利用者少ないから暇だけどね。

たまに来る利用者もだいたい訓練中にできた軽傷の手当てくらい。


「うわっ、ちょっ、そんな水かけて擦ったら痛いって!てか痛い!傷抉ってる!」


今日も訓練終わりに擦り傷を作ってやって来た青年騎士Aの治療を私が行う。

受け身の時にできた傷らしく、訓練場の土をつけてきた騎士に、「せめて傷口洗ってこいよ」と思いながらも私は汚れを落とすために容赦なく水をかけて洗った。


「ガタガタ言わない。それでも男か。」

「この痛みに性別は関係無いですよ!」

「よし。次に消毒。」

「無視!?」


まったく。騒がしい騎士である。

自分で優しく綺麗に洗ってこないのが悪い。

あ、そう言えば、擦り傷の下に打ち身があったな。結構腫れてたし、それも治療しとかないと。湿布、湿布。


「あのう、その、いかにも傷口に直接貼ったら痛そうな臭いのするソレ、傷口の上に貼ろうとしてません?」


ん?その通りだけど?

だって擦り傷と同じ所に打ち身があるからね。

だが、彼の言うことも一理ある。傷口の上に直貼りしたらスースー成分が染みるだろうな。


「て、貼ろうとしないで!」


さっきから煩いな。

仕様がない。


私は湿布薬を薬品を置いた机に置くと、騎士の傷口に手を翳し、ゆっくりと魔力を循環させた。


傷が淡い光に包まれたかと思うと、そこにあったはずの傷が消えて、薄っすらと痕を残す程度になっていた。

うん、我ながらいい腕。

こういう自己治癒力で治りそうな傷は、基本、魔術には頼らないようにしている。

あんまり魔術に頼り過ぎると、自己治癒力の低下に繋がりかねないからだ。

今回は、仕方なしにスースーしない程度に傷口をふさいだ。


傷も塞がったし、これで痛くないでしょう。


次こそ邪魔をされずに湿布を貼ることができた。

騎士はホッとしたような顔を見せていた。


「はい。終わりましたよ。」

「あ、ありがとうございます。」

「あと、これは消毒液と湿布の替えです。朝夕に塗りなおして貼り直して下さい。骨は折れてないみたいですけど、もし、もっと痛むようだったらまた来て下さい。」


そう言って私が薬品を詰めた袋を渡すと、それを受け取った青年騎士は一瞬驚いたような顔をした。


「そんなことも分かるんですか?」

「そんなこと?」

「骨が折れているかですよ。」


あー、まあ。そういう機能が備わってますんで。


「結構腫れてきたから、もしかしたら折れてるかもしれないと思っていたので安心しました。熟練の治癒魔術師に見てもらえてよかったです。」


ありがとうございました、と渡した薬を抱えて爽やかに去る青年騎士に、私は一言申したい。


私は熟練の治癒魔術師ではありません。


アイツ、ブラックリストに入れてやる。

次、怪我して来た時、傷口に塩を揉み込んでやる。しっかり揉み込んで浅漬けにしてやる。


「何だかここの空気、暗く澱んでない?」

「!」


突然背後からかけられた声に、私は反射的に振り返った。


「フェルーク様!」


振り返ると、入り口横の壁に背を預けたフェルーク様がいた。

その近くにはロダンが控えており、「窓を開けて換気しますか?」などと問いかけていた。

ロダン、そういう意味じゃないと思うよ。


「どうなさったんです?何か騎士団にご用でも?」

「次の討伐の打合せで来たんだ。」

「王子様がわざわざ?」


そういうのって、偉い人は大体自分の部屋に呼び出すものじゃないのか?

ハリストール殿下は間違いなく自分の執務室に呼ぶ。


「他にも寄りたいところがあったからね。ところで、調子はどうかな?」

「うーん、まあ、ぼちぼちやってますよ。」


騎士団の医務室にやって来て数日が経っているが、今のところ特に困った事も問題も起きていない。

恙なく日々を過ごしている。

と言うか、寧ろ今までで一番治癒魔術師らしい仕事をしている気がする。


「問題ないみたいでよかったよ。そうだ、僕、暫く忙しくてさ、飲みに行けそうにないんだ。」

「ああ、そう言えば使節団の案内役なんでしたっけ。」

「うん。」

「大丈夫ですよ。ハリストール殿下と魔術師長に暫く大人しくしているよう言われているので、寄り道も控えるようにしているんです。」

「そうなんだ。でも、そこはちょっとくらい寂しがって欲しかったな。」

「元々そんなしょっちゅう飲みに行ってないじゃないですか。通常運転です。」

「ツレないなぁ。ロダンもそう思わない?」


急にフェルーク様から話を振られたロダンは、私を見て一度首を傾げると、次は顎に指を添えて考え出した。


「フェルーク殿下。釣りをするには竿がやはり必要なのではないですか?あとは、陸地ではなく川や湖に海などの水辺が良いかと。」

「うん。魚を釣るんだったらそうだね。」


ロダンは貴族の出なのにこういった言葉のやり取りが苦手だなあ、本当。

フェルーク様も若干返しに困ってるよ。


「さて、僕はそろそろ行くよ。」

「はい。」

「あ、そうだニーナ。」

「何ですか?」


医務室を出ようとしていたフェルーク様は何かを思い出したのか、立ち止まりこちらを振り返った。

そして、自分の頭を指で示す。

その場所は丁度・・・・・・


「髪留め、似合ってて良かったよ。」


そう言ってフェルーク様は極上の笑みを浮かべて次こそ去って行った。


私はフェルーク様のコメントに返す事もできず、ただただ黙って見送った。


ボンッ!


頭からその音が出たのはそんな時だった。

くそっ、思ったより恥ずかしいぞ!本人に言われると恥ずかしいぞ!


頬の熱を冷ますように手を当てていると、横目に人の姿を捉えてしまった。


「ふーん?」

「ロ、ロダン・・・・・・。」

「へー?」

「何が言いないのよ。」

「いいや。特に何も。ただ、こういう場面を見たら、こう言うといい、と教わったんだ。」


シチュエーションとそれに合わせた台詞を暗記させるとは、予想外の戦法をとったのね。空気を読ませることを諦めたか、ロダンの教育係は。


「フェルーク殿下から貰った物だったんだな。それ。」

「えーと、まあ。」

「ああ、だから話題に挙げた時、反応がいつもと違ったのか。」

「・・・・・・何か違いました?」


そんな分かり易かっただろうか、あの時の私は。

それともロダンの野生の感が発揮されたのだろうか。


「ああ。こう、頭を押さえてーー」


それは二日酔いだったからです。

感は発揮されていなかったようだ。


「結構上手くいってるんだな。」

「何が?」

「フェルーク殿下とだよ。恋仲なんだろ?」


わーーーーわわーーーわーーーー!!!!

何言ってんだこいつは!何言ってんだこいつは!それはとってもセンシティブー!

取り敢えず落ち着け、取り敢えず落ち着くんだ私。


「ち、違いまっする。(小声)」


ダメだった。


「そうなのか?俺はてっきり二人はそういう関係になったものだと思っていた。」


本当に私達がそういう仲ゴニョゴニョだと思っていたようで、ロダンは目を丸めていた。

ロダンは私の返答に理解したように一度頷くと、しかしすぐに首を傾げて続けて問うた。


「じゃあ、どういう関係なんだ?」


どうって。

私はちょっと答えに詰まった。


「・・・・・・飲み友達ですよ。」


取り敢えず、メジャー所だと思われる言葉を選んでおいたが、私たちの関係を表す言葉は沢山存在する。

魔術学園の同期で、その頃からの友達で、一緒に偵察に行った仲で、お見合いなんかもしちゃたり、牢屋にも一緒に入って、よく酒を飲む友人でもある。

更に言うと、愛の告白までされている関係だ。

この関係を言葉で表すなら、いったい何になるのだろう。

そして、こう言うことを考えると、ふと、思ってしまう。


私はどうしたいのだろう。

私はーー


「そうなのか。しかし、フェルーク殿下はあの美貌に似合わず酒豪だとお聞きするから、一緒に飲むのは大変そうだな。」


ロダンの声に、私は思考の渦から引き戻された。

危ない。あと少しで真理の扉の前に立つ所だった。


「そうでもないよ。外では嗜む程度みたいだから。」

「そうか。」

「ところでロダン。」

「何だ?」

「フェルーク様の後を追わなくていいの?今日はフェルーク様に付いてたんでしょう?出て行かれて随分経つけど。」

「ああ、構わん。元々フェルーク殿下とは別の用事でここに来て、たまたまそこでお会いしたんだ。」

「そうだったの?」

「ああ。ハリストール殿下に言われてニーナが怪しい研究をしていないか見に来たんだ。」


そう言われた瞬間、私は机の上の物をコッソリ体をずらしてロダンから見えないようにした。


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