エニエスの策略
乱暴に部屋を出ようとすると、ピッと足元に痛みが走る。視線を落とせば、足元には一匹の鼠。
「ウフ☆その子、私の使い魔なの」
「使い魔…」
大して力の無い、ただの鼠だ。自我の無いものを使役するには、魔力を注ぎ混んでコントロールすれば良い。
「中々やる子よ?その子は」
「クロ」
自信満々の表情をするエニエスに対し、リーファは鋭くノワールの偽名を呟く。
サッと鼠をつまんだノワールに微笑みかけると、ノワールも笑んだ。
「うちのクロも使い魔だけど?」
「…貴女はとことん規格外ね」
ふぅとため息をつくエニエス。しかし、魔法事情に疎い残りの面子は訳が分からないといった顔だ。
現代では、使い魔と言えど大半は飼育可能な動物などの大人しいものが殆どだ。それは、使い魔の身体に定期的に魔力を込め、その魔力によって意識をコントロールするという方法を取る。気性が激しかったり、自我を持っていればそれだけ込める魔力もたくさんになりコントロールするための術式も複雑になる。
つまり、立って・動いて・考え・話すノワールは使い魔としてはありえないレベルなのだ。厳密に言えばノワールは、昔は使い魔で、今は有り得ない契約の仕方をしているのだが。
「どうしても私の仲間になる気は無いのね?」
「えぇ」
「しかし、君みたいな強い力を持つ者を放っておくのは…」
「あら、ラカント?はっきり言ったら?…他国に渡したく無いって」
結局、戦争の事しか考えていないのか。何処までも、騎士団は腐ってるのか。悲しくもあり怒りも感じる。
エニエスの張り巡らした結界を破り外に出る。
「…逃げるのかしら?英雄様?」
ピクッと歩みが止まる。何で…バレた?どうして…。振り返った私が見たエニエスの表情は、私が何を問いたいか分かっているというものだった。
「ウフッ。一つ教えてあげる。私の趣味は魔術史の研究なの」
だから、召喚術の存在も、それの為に何が必要なのかも知っていた。そして、この国の魔術史に欠かせない存在である英雄のことも。
「夜色の髪に炎の目、多彩な魔術を操る少女、とくればすぐに英雄様が浮かんだわ」
「でも!副隊長?リーファは海色の目ですよ?」
納得ができないとばかりに、それまでずっと黙っていたフルーラが声をあげる。
「それは、魔眼だからよ」
戦争の最中、リーファは己の目に魔術をかけた。相手の魔術の術式を解読しやすいように。魔法陣を展開し、術式を組み、発動する。その発動する前の段階で、対処ができるように。本来は呪いなどの永続型ステータス異常を解呪するのに用いたものだ。
しかしリーファが使えば、解読も瞬時、対処魔術も瞬時に発動できる為、敵は“先手必勝”の方式が成り立たなくなる。しかも通常の魔眼では無く、リーファが魔術を使用する時には自動的に魔眼となる。……と言うのは、本人しか知らぬ事。もしかしたら、先程の魔法を無動作・無詠唱で発動させたのを見たエニエスは、気付いたかもしれないが。
「魔術のかけられた目…だったから赤かったんでしょ?」
「知らないわ」
「ならば、貴女が着ていた服はどうかしら?」
しまった…とリーファは舌打ちした。馬車の中で目覚めた時に着ていた制服。フルーラ達から逃げた時に別の簡素な服に着替えたのだが、制服は血が固まり土に汚れていたのでバレまいとそのまま捨てたのだ。
適当な処分方法を今更に悔やむ。
「此処にいる二人と、あの時一緒に捕らえられた子供たちに聞いた衣服と、私の部下に探させた“血のついた服”は同じだったみたい」
それは、数百年前の騎士団の制服。裏地に名前が刺繍された、紛れも無いリーファ・ローデシア……英雄と後に呼ばれる少女のものだった。
「騎士団に入れ、とは無理に言わないわ?お願いがあるの。それを聞いてくれれば良いわ」
断ることはできないだろう…。断ればきっと、英雄であることをバラされ、それこそ閉じ込められかねない。現代には伝わらなかった数々の魔法を暴く為に、人体実験の嵐だろう。
「お願いを聞いてくれれば、貴女の探し物のありかを教えてあげるわよ?」
「探し…物?」
私の探しているもの?こいつ、一体何を知っているの?
「本体が無いと、力が上手く使えないんじゃなくて?」
「お前…最初から分かった上で話をしていたな?!」
当然よ。と、エニエスは婉然と微笑む。切り札を出さずに入隊してくれれば、それで丸く収まるが、高確率でそうならないと踏み、切り札を知る人物―ブライアン・エニエス―が派遣されたのだ。
此処から先は他言無用!と怖い顔で睨まれた、隊長と若き騎士団員二名は、降りちぎれんばかりに首を縦に振った。
英雄―私―について、エニエスが知っている事。黒髪・色白・海色の目の齢十四、五の少女である事。一切の詠唱無しに魔法を放てる事。そのスキルは全てを網羅している事。使い魔が何人かいた事。当時の王族・貴族・騎士団に、化け物と忌み嫌われていた事。
化け物の下りを聞いて、フルーラが信じられないと言った顔をしていた。
更には、最後の戦いの後に行方不明となり遺体も無い事。
「英雄の遺体を見つける事は、全ての魔法史学者の夢なの」
ウットリと自分の死体を所望されても、良い気持ちはしない。
「とにかく!その発掘過程であなたの身体は保護してあるわ」
「言うことを聞けば返してくれるのね?」
リーファの言葉に、エニエスは深く頷く。リーファの、英雄の力で無ければ解決できないと言う程、厄介なソレは。
勿体振った語り口調で、エニエスは言った。
「今、この国を、この世界を覆っている呪いを解呪して欲しいの。その為に夕日色の髪の女を探して欲しいの」