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さて。
と言ったところで以上が、二〇一九年の春に起きたとある家族の物語、奇妙な愛の物語の一部始終であるが――、
「それじゃあ、鹿山さんの奥さん、光里さんが恐れていた『まだらの紐』ってのも、このペーパーなんちゃらだったんですか?」と補足的に私は訊いた。
「おそらくそうでしょうな」和登先生は答えた。「鹿山は、その資産の運用に、大量のペーパーなんちゃらをつくり、後生大事に持っていたそうですから、光里さんからして見れば、その『まだらの紐』が優しかった夫を守銭奴に変え、彼女たちの生活を脅かした、その象徴のように見えていたんでしょうな」
「なるほど――真緑さんは?」
「それでもやはり鹿山へのわだかまりは残っていたようです。が、彼が本気で娘さんたちを愛していること、彼女たちの将来を本気で心配していることを知り――まあ、共同戦線を張ることで気持ちに決着を付けたようでした」
「鹿山さんは?」
「最初は長野かどこかに引っ込むって言ってましたがね、それだとなかなか会えないってことで、この近所に部屋を借り――まあ、最後は高野台の病院で」
「新菜ちゃんたちは?」
「ご両親の死を乗り越え、元気にやっているようですよ。たしか来年高校じゃなかったかな」
「なんか……ハッピーエンド? なんですかね?」
「過ちは償えなくとも、未来は選べますから」
「なるほど……」とここで私は、こころの底から感動しつつ感心すると、ここでお話を締めようとした。したのだが、
「あれ?」となにかを和登先生に聞き忘れているような感じがした。
「どうかされました?」彼が訊いた。
「あ!」と私は不意に想い出した。「ブレッキンリッジ!」
「ブレッキンリッジ?」
「彼らへの報酬、和登先生も一緒に払うことになったっていう彼らへの報酬、あれの話をまだ聞いてませんでした」
「あー」和登先生は答えた。ちょっといやな顔をして、「あれは……その……」
*
と言ったところで。
今回のお話は、件の大石家訪問から数週間後、ある金曜日の明け方に終わる。
この前日、和登先生は連勤続きで深夜に帰宅。風呂にも入らずシャワーも浴びず、そのままひとりのベッドに倒れ込むと泥のように眠り込んでいたのだが、
「お疲れのところすまない、和登さん」と、一時間もしないうちに部屋に侵入して来た柊木さんに起こされることになった。「そろそろ約束の時間だ。起きて準備してくれ」
「約束?」和登先生は訊き返した。枕もとの時計を見ると三時半にもなっていない。「なんの約束だい?」
とそれから彼は、しょぼついた目とまわらぬ頭で柊木さんの方を見上げると、彼はいつものようにすっかり身なりを整えて――いなかった。
「よ、陽介?!」と和登先生は飛び起き叫んだ。「あ……あれのことかい?!」と問題の約束をすっかり想い出した。
「昨日出る前伝えただろ?」柊木さんは答えたが、「僕一人じゃ契約不履行になっちまう。さ、はやく準備してくれ」
「し、しかし、陽介……」と和登先生は続けて戸惑っていた。「本当に……?」
と言うのも、このときまで彼は、この「約束」とやらを半分ジョークだと想っていたのだが、いま現実に目の前に立つ柊木さんの顔と姿を見るにつけ、それがジョークでもなんでもないこと、その「約束」に自分も応えなければならないことをようやく理解したからであった。
「本当に決まってるだろ」柊木さんは答えた。「あのブレッキンリッジって連中はウソが大嫌いでね」と和登先生の布団を剥ぎつつ、「さ、ひとりじゃ出来ないなら僕が手伝っ――」
「ああ、いい、いい、大丈夫だ、大丈夫だ」ベッドから飛び起きながら和登先生は言った。「ひとりで出来る。ひとりで出来るから、大丈夫だ」と若干彼におびえながら。
と言うのも、このとき柊木さんは、あのいつもの、真面目で真剣で融通の利かない顔で和登先生の方を見ていたからだし、その顔の下には、ひとつも衣類がまとわれていなかったからである。まったくの全裸、腰に小さなタオルを巻き付けただけの姿で、彼の寝室に無断で侵入して来ていたからである。
*
「本当に録画されないんだろうな?」とそれからしばらくして和登先生は訊いた。彼らのリビングの真ん中に立って。こちらも腰タオル一枚の姿で。
「言ったろ、約束は守る奴らだ。信用していいよ」柊木さんは答えた。彼らの前にはブレッキンリッジから送られて来た配信用のカメラが置いてあった。
「しかし、まさか奴らへの報酬が『全裸で君が代斉唱』とはな――一番だけだよな?」
「いや、三番までフルコーラスだ」
「歌詞が分からんよ」
「ほら、カメラと一緒に歌詞カードも送ってくれた」
「まったく用意のいいことで……そろそろかい?」
「ああ、四時きっかり。海外のメンバーも多いから、一番集まるこの時間にしてくれとさ」
「朝一で世界中の野郎どもに僕と君のナニを見せるわけか……」
「うん? ブレッキンリッジのメンバーの半数は女性だぞ?」
「なに?!」
「リーダーのウィンディゲイトからして女性だしな。君と僕を並べて出せと言ったのは彼女の案らしい」
「なんだって?」
「おかげで今日の女性メンバーの視聴率はほぼほぼ100%らしい。どうやら男ひとりよりもふたりの方が女性陣の食いつきが――」
「って、まてまて、陽介、それはちょっと話がちが――」
「あ、ほら、ランプが点いた。さあ、和登さん、タオルを取って」
「いや……でも……これは……」
「五……四……三……二……」
「ええい! ままよ!」
「いち!」
(おしまい)




