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「いやあ、杏南ちゃん、マジで料理上手いよなあ。ウチの店来たら、即戦力だよ」
満足そうにお腹をさすりながら佐助君は言った。
「そ、そうかなあ……ふふ、嬉しい」
やっぱり、本職の人に褒めてもらうのは嬉しいものだ。
「杏南はやらんぞ」
佐助君を威嚇する勇人。
「アホか、誰も取らねえよ。ンな事したら、日本プロレス界の二大巨頭が襲ってくるんだ。俺にそんな度胸はねえ」
佐助君は冗談めかして言う。
「しっかしまあ、杏南の周りの男の人は、皆大きいわよねー。確か、ロシアの方のお爺さんもプロレスラーだったよね?」
有希ちゃんが感心したような声で言った。
「え、そうだけど、教えたことあったっけ……?」
吹雪の中、上裸で腕を組むお爺ちゃんのことを考えながら答えた。
「言ってたわよ。随分前のことだけどねー」
当たり前のように答える有希ちゃん。些細な昔の事をちゃんと覚えてくれている相手がいるのは、幸せだ。
「え、そうなの? なんて調べたら出てくる?」
佐助君は知らなかったようで、スマホを取り出しながら言った。
「ロシア、プロレス、アイアンブリザードで検索したら、多分出てくんじゃねえかな。迫力凄いぞ」
勇人が教えてくれた。そういえば、お爺ちゃんの試合は見たことないかも……
「えーと……お、出てきた。うわっ、厳つ! 表情こえー……あれ? これ相手、杏南ちゃんの親父さんじゃねーの?」
皆気になっているようで、自然に佐助君の周りに集まった。
「ああ、この試合か。これ、ナターリアさんを巡って師匠とお爺さんが闘った試合だな。まあ、日本の試合じゃ一番有名な試合だし、最初に出てくるか」
サラッと言う勇人。
「え、てことは二代に渡ってこんなことしてんの……? 戦闘民族なんですか……?」
ナチュラルに引く佐助君。
「私も知らなかった……お父さん、あんなに結婚に反対してた癖に、自分も同じことしてたんだ……ホントだ、なんかお母さん巡って口論してる……ふふ、お父さん発音すっごく変……同じことしか言わないし……」
私の知らないお父さんの若い頃を見て、思わず笑みがこぼれる。
「あ、これ、言っちゃ駄目なヤツだった……杏南、秘密で……」
私が呟くのを聞いた勇人は、慌てたように口を開いた。
「え、そうなの?」
なんでだろ。
「まあ多分、恥ずかしいんじゃない? あの、マジで師匠に殺されちゃうから、聞かなかったことにして……」
勇人が手を合わせて頼み込んだ。
「分かった。秘密ね?」
少し聞いてみたい気持ちはあるけど、我慢しよう。
「へえ。すごいわねえ。うわ痛そっ。ねえコレ、ちょっと血出てない?」
動画をじっくり見ていた有希ちゃんは、衝撃的な映像に、思わず身を引いた。
「こんなのまだまだ序の口だよ。これで無理なら、この先は見ない方がいいと思う。この試合、プロレスって言うよりは殺し合いに近いし。一部じゃ、放送事故なんて言われてるくらいだからね。正直、俺も最初コレ見たときは師匠に勝てるビジョンが全く浮かばなかったしさ」
恐る恐る動画を見ると、確かにお互い闘争本能剥き出しで闘っていた。コレ、自分のために闘ってくれてる立場のお母さんはキラキラして見えただろうけど、端から見ると、少し怖い。狂気的だ。思わず目を逸らした。
「うおすげっ! なんか俺もクラクラしてきたし、この辺にしとくわ……お前、よくこれ見た上であの人に挑んだな……」
動画を閉じて、佐助君は言った。
「まあ、杏南のためだし」
当然だ、という顔で勇人は言った。
「勇人……」
嬉しくなって、無意識に体を寄せてしまう。
「もー、隙あらばイチャつくんだから……ねえ杏南、少し出かけない? 少し、女だけで話したくなっちゃった」
呆れたように言ってから、有希ちゃんは提案した。
「うーん、行きたいけど……勇人、行ってもいいかな?」
折角のお休みだ。勇人が一緒にいたいなら、そうするつもりだけど。
「行ってきなよ。俺らは俺らで話してるからさ」
勇人は微笑んで言った。
「んじゃ決まりね。そこまで遅くならないうちに戻るから、それまでアンタらは馬鹿な話でもしてなさい。行きましょ、杏南」
有希ちゃんはにこりと微笑んで言った。
「うん、じゃあ行ってきます」
いつもとは逆の立場だけど、お別れの前に自然に勇人とキスをした。
「あー……それじゃ、行こっか」
なんだか変な表情で有希ちゃんは言った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「あ、二人です。どこでもいい? 分かりました、はーい」
少し歩いて、よく二人で行くファミレスに入った。
「ふう。あ、飲み物はいつも通りでいい?」
見慣れた注文用のタブレットを操作して、手早く注文を入力した。
「いいわ……いや、ダメダメ! 杏南は飲んじゃダメでしょ! 私一人で飲むのもヤだし、今日はソフトドリンクで済ますわ」
脊髄反射で答えかけて、有希ちゃんはブンブンと首を横に振る。
「えー、別に私は有希ちゃんだけ飲んでても気にしないよ? いつも通りビール、飲めばいいのに」
言いながら、有希ちゃんの分の生ビールの注文を確定してしまった。
「いや、流石にさ……って、何確定してるの!? もう……今日は一杯でやめるからね……」
私の指の動きを見て、ため息をつく有希ちゃん。
「んー、だって私、このお店にあるお酒じゃ正直全く酔わないしさ。飲み物の味が変わるだけだし、別にいいかなって。気にせず飲んで?」
私はロシアの血筋の関係か、お母さんと一緒で酒豪のお父さんよりもお酒に強い。ハイボールとかじゃ、酔う前に物理的な容量が限界を迎える。
「そ、そうなの……? 私も強い方だけど、飲めば酔うし……」
はは、と有希ちゃんは乾いた笑いを浮かべた。
「あ、お酒で私と張り合うのは絶対ダメだよ? 昔、お父さんも潰しちゃったことあるし……それ以来、飲み比べとかは、したことない」
プロポーズの日のことを思い出して言った。
「へえ……いやマジ!? あの人、見た感じ、かなりの酒豪じゃない……? そもそも、体のサイズが杏南の数倍だし、部屋にもお酒の瓶多いし……」
一旦流そうとしたものの、流せなかったらしく、大きな声をあげる有希ちゃん。
「ま、まあ……その、お母さん譲りみたいで。本当は、もう少し弱い方が適度に酔えていいんだけど……」
酔う感覚は結構好きなんだけど、気軽に味わえないのが悩みだ。お金も時間も、かなりかかっちゃう。
「お母さん譲り……え、お母さんも強いの?」
やっぱり流せないらしく、聞き返してきた。
「うん、そうなの。私よりも多分、若干強いのかな……お互い酔いつぶれたことないから、正確には分かんないけど。いつもお母さんの方が若干ペース早いし。ほら、お母さんの血筋っていうか、民族柄? そういう遺伝子があるみたいで」
ウォッカが有名な土地だし。あっちでは割と、日常的に飲むらしい。
「な、なるほど……まあ確かに、あのゴリラと鬼と熊のミックスみたいなおじさんの娘なんだもんね……そりゃ強いか……」
お爺ちゃんも、酷い言われようだ。否定はできないけど。ああ見えて結構優しかったりするんだけどな。
「そうだねー。まあ、そういうことだから、気にせず飲んで? 私、酔っぱらった有希ちゃん見るの、結構好きだよ?」
運ばれた飲み物を受け取りながら言った。
しっかりした有希ちゃんが、段々だらしなくなるのは、見てて面白い。あんまり、褒められた趣味ではない自覚はあるけど。
「そう言われると、飲みづらくなるんだけど……杏南の方が度数もペースも上だから、一緒に酔ってる気分だったんだけどなあ……」
ため息をつきながら、肘をついて机の上のビールを見つめる有希ちゃん。
「あんまり気にしないで、いつも通りにして? それで、何か聞きたい事でもあった?」
有希ちゃんの口ぶりからすると、多分何か聞きたかったんだろう。そうでもなければ、こんなに強引に連れ出したりする人じゃない。
「そうね、時間がたっぷりあるわけでもないし、うだうだ言っても仕方ないか。その……子供ができたってことはさ。そういうこと、したんでしょ? 大丈夫かなって心配で。もし杏南が無理したり、怖い思いしたんだったら、私は勇人の事ぶん殴らなきゃいけないし」
真剣な顔になって、有希ちゃんは聞いてきた。
「そっかそうだよね、心配しちゃうよね……でも、安心して。勇人は、最初から最後まで、ずっと優しかったよ」
そういう話題を友人と話すことを少し恥ずかしく思いながらも、しっかりと答えた。
「本当に……? 杏南、そっちの知識は本当に欠けてるからさ、正直心配。その、友人夫婦の行為について、詳しく聞きたかないけど。一応、確認のためにさ。克服の流れ、聞いてもいい?」
本気で心配してくれているんだろう。真剣な顔で有希ちゃんは聞いた。
「う……うん。恥ずかしいから、ゆっくり話すね?」
やっぱり、二人でしたあれこれについて話すのは……恥ずかしい。でもまあ、ここまで来れたのは間違いなく有希ちゃんの力があってこそだ。お礼の意味も込めて、説明を始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「はあ、なるほどねえ……随分とまあ、幸せそうなやり方で……」
私の話を聞いた後、有希ちゃんは少しニヤニヤしながら言った。
「もう、茶化さないでよー! 話すの、すっごく恥ずかしかったんだよ?」
終始真っ赤だった顔のまま、少し怒った。
「ごめんって。でもま、安心したかな。本当に、克服できたみたいじゃない。おめでとう、よく頑張ったね」
愛おしそうな顔で有希ちゃんは私の頭を撫でた。
「うん、ありがとう。……そうだ、佐助君とこの先、どうするの? 結婚、しないの?」
ひとしきり撫でられた後、私は仕返しの気持ちを込めて、話題を変えた。
「……随分と露骨に話題を変えるわね」
有希ちゃんは苦笑いした。
「そりゃあ、からかわれちゃったからね。今度は、私の番」
ちょっと不敵に笑って言った。
「はあ……観念するかあ。今日はなんでも答えるわ。いくらでも聞いて」
諦めたように笑って、有希ちゃんは言った。
「じゃあ、結婚は?」
「いきなり核心を……実はね、もうプロポーズはされてるの。『今のレストランは性に合ってるから長く続きそうだし』って。だから、一年辞めなかったら結婚することに決めたわ」
有希ちゃんは照れくさそうに笑って、カバンから小さな指輪のケースを取り出した。パカッと開かれたその中には、それなりに値段がしそうな綺麗な指輪が光っていた。
「佐助君も、本気なんだね。佐助君の収入じゃそんな綺麗な指輪買うの大変だっただろうに」
「そうね。職が安定すれば、悪くない結婚相手だわ」
◇◆◇◆◇◆◇◆
俺と勇人は二人残されて時間を持て余していた。お互い酒が強い方ではなく、勇人に至っては下戸もいいとこだ。
「そういえば前に杏南さんが家族でウチの店来たんだ」
ふと思い出して話題に上げた。
「へえ。それで?」
「その日はイベントデーでさ。本物の酒豪集まれ、真の飲み放題!つってな。大量に酒仕入れて飲み放題やるんだけどよ」
「おう」
「あの一家は恐ろしいな。全員ザルで、飲まれまくるの前提で大量に仕入れた酒が無くなるかと思ったぜ」
物凄いペースで蒸留酒を飲む一家のことを思い出しながら言った。
「全員って……杏南もか?」
不思議そうに勇人は首を傾げた。
「ああ。親父さんより飲んでたぜ。あのロシア母娘は凄まじいよ。七時に来て朝五時までひたすら蒸留酒あおってた。親父さんは途中で脱落したってのにな」
「そう……なのか」
知らなかった杏南ちゃんの一面を知って勇人は愕然とした。
「妻の事ならなんでも知ってるなんてのは幻想だぜ?」
俺はそれで、と言葉を繋いだ。
「酔っぱらった杏南さんは笑い上戸でな。このスマホの中には酔って頬が赤くなった満面の笑みの杏南さんの写真がある。妊娠祝いだ、やるよ」
「本当か⁉」
本当、コイツは杏南ちゃんの事になると人が変わるよな。いつもはローテンション気味なのに。
「ああ。今送った。待ち受けにでもしとけ」
「そうする。ありがとうな、佐助」
◇◆◇◆◇◆◇◆
報告会も終わり、部屋にはゆー君と私だけになった。
「明日は休みだっけ?」
「ああ。ベビー用品でも見に行くか?」
「気が早いよ! まだ妊娠一ヶ月だよ?」
神様、私は今、幸せです。




