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クローディア

 今から二十数年ほど前だったと思う。全世界に衝撃的な事件が起きた。

 それまでの人類にはとても信じがたいことだったが、突然異星人が地球にやってきたのだ。彼等は長さ四百五十メートル、周囲が三百メートルほどの細長いソラマメのような物体でやってきた。それも世界十二か所同時にだ。

 その十二か所がなぜ選択されたのか、結局はっきりした報道はされなかったが、一説には世界を政治的に分断している地域ごとだと言う。つまりその時の世界は彼等から見て十二の意思で分断しているように見えたということなのだと思う。百数十か国ではなく、だ。それは幸運なことだったかもしれない。


 勿論我々人類は彼等に接触を試みた。彼らが現れた国ごとにだ。一つの例外としてロシアには二か所現れていたのだが……理由についてはあなたのご想像にお任せする。彼等に接触を試みたのは主に各国の軍隊、及び軍が組織した学者チームだった。そして我がUSA(合衆国)に現れた彼らに接触を試みた一団の一人にルイーズという女性の言語学者がいた。


 ルイーズは各国の学者たちと知識を共有し、異星人たちの言語を解読すること、彼らと意思疎通を行うことに成功した。またそれだけではなく彼女は各国、当時政治的に深刻な分断状況にあった一部の国々を含めた各国を結びつけることにも成功したと言う。異星人たちのもたらした能力を使ってだ。

 異星人たちは彼らの言語を通してルイーズに時間を超越した光景を見る能力をもたらし、その能力を使って共産圏のリーダ的な立場の軍人と個人的な接触に成功して協力関係を築くことに成功したと言われている。


 そして彼らが時間を超越する能力をもたらす代わりに人類に求めたのは、数千年後に彼らを危機に陥れる恐ろしい病原菌に打ち勝つ方法を彼らに提供してもらうことだったというのだ。彼らは重力すら操作(コントロール)する技術があったと言われている。そんな彼らにも見つけられなかった病原菌に打ち勝つ方法を、人類になら見つけられるというのだ。全く信じがたい話だと思う。


 ルイーズは彼らが去った後に本を出版した。彼らの言語を解説した本だ。本は飛ぶように売れたが、九割以上の人はその言語を理解できず、残りの一割未満の人は理解したと言ったが大抵の場合『時間を超越した』ことを証明することができなかった。恐らく異星人の言語を本当に理解することができなかったか、あるいは時間を超越することなど初めからできなかったのだろうと思う。


 私はその本を手に取ったことはない。他に読むべき本はいくらもあったし、やるべきことは果てしなくあったからだ。

Dr.(ドクター)クローディア! もう会議が始まりますよ!」

 助手のヴァネッサが声を掛けてくれる。研究に没頭しがちな私はチーム運営に関わることを後回しにすることが多く、よくチームリーダのダンバース教授プロフェッサー・ダンバースからお小言を食らっていたのだ。

「今行きますよ」

 私はそれまで没頭していた電子顕微鏡のモニタから視線を外しつつ返事をした。


 異星人たちが去ってから十数年程経った頃だろうか、原因不明の症状を見せる病の症例が世界中で見られるようになった。症例こそまだ多くはないが、いや症例が多くないからこそサンプルも少なく、病状の研究が思うように進まない。何しろマウスを罹患させることにすら成功していなかったのだ。そして病状が進んだ先の致死率は百パーセント。現在までのところその病と診断されてから助かった症例はまだなかった。


 私は元々がん細胞の転移を抑制する研究をしていたのだが、この未知の病の症例が少しずつ出てきて、これがどうも十数年程前に話題になった異星人を危機に陥れる病であるらしいことがわかって各国がその対応に本腰を入れ始めた頃、この研究チームに呼ばれたのだ。

 その病は罹患すると特異的な細胞変性が生じることが主な特徴で、罹患後に体中の細胞がその機能を維持したまま変性してゆく。そのせいか体の免疫機構にも邪魔されることもない。発生後にひたすら人体細胞を破壊してゆくがん細胞とはその点で異なり、がん細胞に比べればやや人道的にすら見える面もあるが、転移状況を掌握して体内から全て取り除けば完治の見込みがあるがん細胞とは異なり、体内で根を張り巡らせる様に変性細胞を広げてゆくこの病には現在までのところ打つ手がなかった。

 細胞変性の速度には個人差があるが、概ね二、三年でほぼ人体の八割から九割の細胞が変性し、不特定のタイミングで一斉に壊死してしまう。


 この病の研究チームとして全米からがんを含む人体細胞変性に関連した研究をしていた精鋭の研究者たちが集められ、病の罹患者たちから採取した細胞サンプルを培養して手分けして様々な研究を行っている。

 私は一応チームの主席研究員という肩書を与えられたが、ほぼ形式上のものだ。チームには私より優秀な研究員がいくらもいたのだが、対外的に対応が必要な場合のポストとして私が割り当てられたのだ。つまり対外的には最も優秀に見えるこのポストの実情は、研究チームの責任者である教授から最も成果を期待されていないポストというわけだ。


「まだ具体的な成果を上げられた者はいないのか?」

 各研究者たちの進捗報告を聞いていた教授が耐え難い、とでも言いたそうに口を挟んだ。

「成果という意味では」

 私の助手をやってくれていて、自身も個人的な研究テーマを持っているヴァネッサが教授の問いかけに答える。

「研究チームの働きによって全く新しい症例であるこの病の進行プロセスについて多くのことがわかってきており、罹患後の患者の体内で何が起こっているかについてかなりの部分判明してきています。これは評価されるべきことだと思いますが」


 教授はいらいらしたように言う。

「私だって素人じゃない。この病がこの地球に存在していたどの病より深刻で謎めいた症状を患者たちにもたらすかについてはわかっているつもりだ。しかしね、日々患者数は類型的に増え続けているにも関わらず、我々は有効なアプローチを何一つ打てていない。この研究施設を一か月維持するのに一体いくらかかるかを君らも理解する必要が……」

「有効なアプローチを導き出すには」

 私は堪らず口を出した。

「このチームの優秀な研究員メンバが探りだした患者体内の進行プロセスのデータがどうしても必要なのです。病へのアプローチを検討するのは次のステップです」

「……」


 普段教授に口答えしない私が口を挟んだことに教授も驚いたようだ。

 教授の言いたいことはわかっているつもりだ。先週ニューヨーク市長の息子の一人がこの病に罹患したことが通達された。政治的圧力などというものに研究職の人間は滅法弱い。そういう駆け引きには向いていないのだ。たまに医療施設の責任者選任に裏工作の手管が噂されることもあるが、そんなものは上院下院の議員たちからすれば鼻で笑ってしまうレベルのものだろう。


「次のステップだというなら」

 気を取り直した教授が私を睨みつけながら言う。

「早急に病を完治させるか、そうでなくても進行を遅らせるためのアイデアを絞り出すんだ。いいか? 早急にだぞ!」

 私はこっそり、しかし素早く他の会議出席者たちに視線を巡らせたが、どのメンバも私から目を逸らした。裏切者どもめ……。

 私は口を挟んでしまったことをやや後悔しながら答える。

「……はい。教授」


「何だか元気がないね? トマス坊や(ボーイ)?」

 病に罹患した患者の診察も私の仕事だ。トマス少年はまだ十一歳になったばかりだというのに去年この病の発病が確認され、すぐに研究施設のあるメディカル・センターに移送されてきた。この病の発病が確認されると即刻国の援助が受けられることになっていて、その代わりにこのメディカル・センターへの入院が求められる。この病の特徴の一つに若年層に罹患者が多いことが挙げられる。まるで狙いすましたようにだ。私は患者の診察中は努めて明るい態度を心掛けたが、精神的な負担は大きかった。ちなみにトマス少年はニューヨークのハーレム出身だったが、市長の息子の場合とは異なり、教授は彼に特別な関心を示さなかった。


「僕の病気って治らないんでしょ?」

 暗い表情でトマス少年が下を向く。私はちらりと彼の横に座っている母親の表情を伺うと、彼女も同じ様に暗い表情で俯いていた。

「それは正確じゃないわね」

 私はできるだけ明るい印象を与えられるように意識しながら言った。

 トマス少年の母親が顔を上げて言う。

「どういうことでしょう?」

「この症例では確かにまだ抜本的な治療法は確立されていませんが、国家的なプロジェクトとして我が国で最も優秀な人材が日夜治療法の研究に力を注いでいるのです。希望はあります」

 私はそう言いながら、自身を欺くような罪悪感を押し隠す努力を強いられた。トマス少年の母親はその僅かな希望にすがろうとする表情を見せたが、トマス少年を欺くことはできなかったようだ。

「嘘だね」

 呟くようにトマス少年は言った。私は胸を抉られるような気持ちを味わう。

「トマス坊や(ボーイ)……」

「僕にはもう友達だっていやしない。ハーレムを出て来るときにみんなにお別れを言ったんだ。僕にはジャニスっていうすごくかわいいガールフレンドだっていたんだよ。ジャニスと仲良くなるのはすごく大変だったんだ。ライバルが多かったからね。でももう全部無駄になっちゃった」

 トマス少年は溜まっていた鬱憤を晴らすかのように一気にまくしたてた。トマス少年の母親は堪らずにまた下を向いてしまう。

 そんなトマス少年に私は食い下がって言う。

「それじゃジャニスほどかわいくないかもしれないけど、このおばちゃんと友達になってくれないかしら? そうしてくれると私はとっても嬉しいのだけれど」

 母親は下を向いたままだったが、トマス少年は僅かに表情を和らげて言う。

「……でも僕はきっとすぐ死んじゃうから、友達になっても無駄だと思うよ」

「そんなことないと思うよ。友達になるのに無駄な事なんてないとおばちゃんは思うんだけどな」

 私は何とかトマス少年に希望を持って欲しくて頑張って言った。その時の私の脳裏には、私の患者の一人だった女の子のことが思い出されていた。


 その女の子の名前はハンナ。異星人との接触(コンタクト)に成功した言語学者、ルイーズの一人娘だった。

 憤慨した様子でハンナが言う。

Dr.(ドクター)クローディア。信じられます?」

「どうしたっていうの? ハンナ?」

 私は苦笑して答えた。彼女は症例が異星人たちに関連づけられてからそれ程経っていない頃の患者だった。口さがない人たちは、異星人からもたらされた恵みを最も享受したはずのルイーズの一人娘がその病に罹患したことは何とも皮肉なことだと言ったものだ。私はそんな世間の噂話が彼女の耳に届いていないことを祈りながら彼女と話していた。彼女はまだ十五歳だった。


「私の母は私がこの病気になることを私が生まれる前から知っていたって言うんです。知っていて私を産んだんだって……。それで父はそのことを怒って母と離婚したのだそうです」

 ルイーズの能力のことは私も聞いていたが、ハンナの病気のことまで知っていたとは……。

「そうなの……。それは少しショックね」

 私は何とかそれだけ言った。何とかハンナの気持ちに寄り添ってやりたかった。

「ショック何てものじゃ……。私やりたいこととかいっぱいあるのに……。友達だってたくさん作りたかったし……」

 まだ十五歳の少女は私の前で泣きじゃくりながらそんなことを言った。

「ハンナ? それじゃ私と友達になろうか? それともこんなおばちゃんじゃ嫌?」

 ハンナは泣きじゃくるのをやめて顔を上げる。

「え……。でもきっと私すぐ死んじゃうんですよ。無駄じゃないですか?」

「私は無駄なんかじゃないと思うけど……。ハンナが嫌なら無理にとは言わないよ」

 私にしてみればハンナは眩しいくらいの女の子だったし、十五歳の女の子とお喋りできる自信もなかったが、とにかく彼女を元気づけたかった。

「えへへ……。このメディカル・センターの研究員の人達が全米でも選りすぐりの優秀な人たちだってことくらい私だって知ってます。友達になってくれたら他の人達に自慢できちゃう……」

 ハンナは涙を拭きながらきらきらした笑顔でそんなことを言ってくれた。


 トマス少年はハンナと同じように私を自慢してくれようとはしなかったかもしれないが、少なくとも元気を出して欲しいという私の気持ちは通じたらしい。

「……ふうん。そこまで言うなら、友達になってあげてもいいよ。その代わり……」

「うん、その代わり?」

坊や(ボーイ)っていうのはやめて欲しいな。僕はもう立派な男なんだからね」

 男の子って難しいな……と内心苦笑しながら私は答える。

「あらごめんなさい。トマス。これなら友達になってくれそう?」

 トマス少年はにやりと笑って右手を差し出す。

「OK! 合格だよ。よろしくね! クローディア!」

 私はトマス少年の差し出された右手を握りしめながらほっとした笑顔で言う。

「ありがとう! これからもよろしくね!」

 トマス少年の母親はとなりでこっそりとこちらに頭を下げていた。


 研究チームのメンバたちは何とか細胞変性を抑制しようとしたがうまくいっていなかった。あらゆる薬品は効果を示さず、電気的なアプローチなども同様だった。研究チームの精鋭たちがそうしたアプローチの方法論に頭を悩ませていた頃、私は別のアプローチを思いついていた。抑制するのではなく、細胞の変性そのものを変えてしまってはどうかと考えた。つまり細胞の変性を止めることができないなら、変性する内容に干渉して細胞を変性はするが壊死はしないように誘導できないかと思ったのだ。

 症例ではその病は細胞を変性させた後、変性させた細胞間でネットワークを築くかのように情報を共有して一定以上の細胞の量を変性させたあとに一斉に壊死させるように信号を送っているらしい。司令塔になるような細胞があるわけではない。示し合わせたように一斉に活動を停止しようとするのだ。それなら変性する情報を書き換えて体中の細胞が変性されてしまっても壊死信号を送らないような細胞にしてしまってはどうかと考えたのだ。


 しかし言うは易しだ。変性細胞に干渉するには作り出した偽変性細胞を変性細胞たちが変性前の細胞とは認識せず、変性していると認識させながら変性細胞間のネットワークを利用して変性細胞たちを偽変性細胞化する必要があるのだが、そもそもそんなことが可能なのかすらわからないのだ。

 私はこれまでの患者から採取した変性サンプル細胞を片っ端から培養していき、各細胞パターンごとにDNA情報を書き換えたサンプルを作り続けた。その偽変性サンプル細胞が、変性前のサンプル細胞を変性させるところまで行けば第一段階成功、そして偽変性サンプル細胞が実際の変性細胞に干渉して偽変性細胞化することに成功すれば第二段階成功。そして偽変性細胞が一定期間経過しても壊死信号を発生しなければ第三段階成功だ。問題はマウスで実験できない以上、いずれ罹患者で臨床しなければいけなくなる点だが、そんな先のことまで心配しても仕方がない。まずは偽変性を成功させるサンプル細胞を見つけることが肝心だった。


 私は研究チームの同僚たちが変性細胞の進行抑制に心血を注いでいるのを横目に偽変性サンプル細胞を作りつづけ、変性前細胞が変性されるパターンが発生することを待ち続けたが、成果は一向に出なかった。そういう意味では我が研究チームの研究状況は相変わらず横一線の状態だったと言っていい。教授のご機嫌も一向によくならなかった。


 教授のご機嫌はともかく、私は研究成果を出せないことに焦りを感じ始めていた。せめて第一段階ででも成果が出せていればこの研究テーマに実現性を見出すこともできるのだが、このままでは今やっていることの全てが無駄かもしれないという疑念が頭から離れなかったのだ。

 私は寝る間も惜しんで偽変性サンプル細胞を作りながら、ハンナと友達になった後にハンナが話してくれたことを思い出していた。


「相変わらずママとは口聞いてないの?」

 私がそんなことを言うとハンナが苦笑しながら答える。

「相変わらずっていうか、ママは最近忙しくってここ一週間くらい会いに来てくれてないんです」

 ルイーズはその時本を出版したばかりであちこちの大学や研究機関からひっぱりだこだった。

「あらそうなの? それは寂しいわね」

 私がそんなことを言うとハンナからこんなことを聞かれた。

「寂しいっていうか……。ドクターはお母様とは仲がいいですか?」

「そうね。普通にいいと思うよ」

「羨ましい。きっとドクターのお母様はドクターを誇りに思っていらっしゃるのね」

 私は苦笑して言う。

「どうかな。うちのママはあんまり研究のこととかって興味がなさそうで、いつも私がちゃんと食事を摂ってるかとか、いい人いないのかとか、そんなことばっかりよ。聞いてくるのは」

 ハンナはくすりと笑って言う。

「素敵。私は最近後悔しているんです。前にママにひどいこと言っちゃったから。あの……ドクターはもうすぐ死んじゃう私と友達になったことを無駄だったとかって思ったりします? 本当のところ」

 私はハンナに向き直って言う。

「私思うんだけど、この世界の医者で、この世界に生を受けた時間がどれ程短くても友人を作ることを無駄だと言う人はいないと思う。少なくとも臨床医であればね」

 私は本音でそう言った。ハンナは涙ぐんで喜んでくれた。

「ありがとう、ドクター。実は私もそう思うんです。小さい頃のこととか思い出して、私が今この瞬間に死んじゃっても、あの頃ママと過ごした時間は決して無駄な時間じゃなかったって。ママがこの病気になるとわかってて私を産んでくれた理由が少しわかってきたって思うんです」

 私はハンナをゆっくりと抱きしめて言う。

「こちらこそありがとう。とても素敵なことね。それを是非ママにも言ってあげてね」

「はい!」

 ハンナはその日の夜、遅い時間になってからメディカル・センターに面会に来たルイーズにそのことを話したと後で教えてくれた。ルイーズは涙ぐんで喜んでくれたそうだ。

 ハンナが二度と目を覚まさなくなったのは、それから数日後のことだった。


「ドクター! 起きてください! Dr.(ドクター)クローディア!」

 私はヴァネッサが私の体を揺らしながら上げている声で目を覚ました。どうやら私は偽変性サンプル細胞の変性パターンを作りながら寝てしまったらしい。

「うわ……私寝ちゃってたのか……」

「そんなことより見てください。Dr.(ドクター)クローディア! このサンプル細胞……」

 私は自分の目を疑った。

「サンプル細胞が偽変性サンプル細胞で変性されてる……?」

「そうですよ! ついに第一段階成功です!」

 ヴァネッサが半泣きになりながら私に抱き着いて言った。やった! ついにこのテーマに道筋がついたのだ! 私は夢見心地でその偽変性サンプル細胞のプロファイルを見た。そのサンプルの元になった細胞の提供者の名前は……。

「ハンナ……。あなたはいつも私の希望ね……」

 私がそう独り言ちたのを見ながら、ヴァネッサが気まずそうに口を挟む。

「あの……ドクター。私がここに来たのは別のことをお知らせするためでした。実は……」


 ヴァネッサがこんな表情をするときは決まっている。まさか……。

「トマスが今朝……。トマスのお母様にも連絡しないといけません」

 患者家族への状況報告は私の仕事だ。

「わかった。ありがとうヴァネッサ。……しばらく独りにしてくれる?」

「……はい。ドクター」

 ヴァネッサはそう言って静かに研究室から出て行った。


 ダン!!

 私は自分の無力さに腹を立てて研究室の壁に八つ当たりして言った。

「諦めない……。あたしは絶対に諦めないからね……!」


Fin.

読んでくださってありがとうございます!

皆様に幸多からんことを!

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