ハナ
初めまして皆様。私はハナと申します。
どういう字かって? ……カタカナなんです。名付けは母ですが、お役所に『ハナ』で届けたんだそうです。以前母に聞いたところによれば、『色々考えた結果、『花』でも『華』でも『葉菜』でもいい、カタカナの『ハナ』にしたのだそうです。
私はあまり自分の名前が好きではありません。私の外見はどちらかと言えば地味な方で、花のように可憐でもなく、華やかでもないからです。母に名前の理由を聞いた時に『なんで葉菜?』と聞いたところ、『私が好きだから』だそうです。あと『ヒトの体にはとても大切なものなのよ?』なのだとか……。
おうちがお金持ちなら、地味な外見でもきれいな服やお化粧で花のようにも華麗にもなれるかもしれません。でもうちは母子家庭なので、少なくともそれ程お金に余裕がある方ではありません。母はいつも忙しそうにしています。私たちの生活を支えるのにとても頑張ってくれている母なのです。
忙しい母に代わって小さい頃から私の世話を焼いてくれていたのは祖母だったので、私はすっかりお婆ちゃん子です。好きなテレビ番組なども結構お婆ちゃんよりです。
私は先月十五歳になったばかり、今月高校生になったばかりです。高校の制服を着た私を見て、母も祖母もとても喜んでくれました。
「早いもんだねぇ、もうハナが高校生なんて。長生きはするもんだねぇ」
そう言って涙ぐむお婆ちゃんの横で母がカラカラと笑いながら言います。
「あはははは! 何言ってんの! まだまだ長生きしてよ。少なくともハナがお嫁にいくくらいまではね」
私いけるかなぁ、お嫁……。プレッシャ―かけないで欲しいんだけど。
「ホラ! お弁当忘れないで!」
まだ慣れてない制服にやっと着替え終わって、バタバタと玄関へ向かう私に母が声を掛けます。私は声を掛けられなければそれを忘れていたかもしれないとも思いつつ、一方でうるさいなぁ、とも思って返事をします。
「はぁーいー!」
「いってらっしゃい! 車に気を付けてね!」
「はいはい! 行ってきまぁす!」
入ったばかりの高等学校は県内ではそこそこのレベルではあるのですが、私には悩みが一つありました。新しいクラスには同じ中学からの人達がおらず、私はお友達を作ることがとても苦手なのです。もっとも同じ中学からの人達がいても、あまり変わらないかもしれません。私がお友達を作ることが苦手なのは、中学に入る以前からでしたので……。
「繭ちゃん? 昨日のミュージックスタースペシャル見た? カズ君最高だったー!」
「おはよ希ちゃん。見たよ、カッコよかったね」
「おっはよー! 希ちゃん! 私も見たよー」
「おはよ結ちゃん! カッコよかったよねー!」
隣の席から昨夜テレビでやっていたらしい歌番組の話題が聞こえてきます。私は見ていないので私にその話題を振られませんようにとこっそり願いながら、一時間目の授業である国語の教科書を眺めているフリをしています。
……わかってます。そんなことをしているからお友達ができないんだろって言うんですよね? そんなことしてないで他のクラスメイトが見ているようなTV番組をちゃんと見て、話題についていくようにしないといけないって。
でも私には興味のないテレビ番組を眺めていることが少々苦痛なので、多分頑張ってその歌番組を見ていたとしても話題にはついていけないと思うのです。私はあまりテレビを見ませんが、見るとしたら時代劇かアニメです。私の年齢で時代劇を見るのって変だと思いますか? お婆ちゃんと一緒に見ているうちに何となく好きになったのです。特別好きという訳でもないのですが、歌番組よりは余程見ていてホッとするのです。
後はアニメが好きですね。子どもっぽいかもしれませんが、魔法少女ものとかわくわくします。でもこんな話題、とても学校ではできません。
こんな私に母は言うのです。
「お友達の作り方? そんなことが知りたいの?」
母はお喋りな方で、私はいつも聞き役です。母には何人か仲の良い友達がいるので少し羨ましいと思ってお友達の作り方について聞いてみたのです。
「ママはお友達作るの得意かも知れないけど、私は苦手なの!」
私は少しいらいらして言いました。私にとっては難しいことなのに、まるで何でもないことのように言われたからです。
「ごめんね、怒った? そうだよね。私も昔はそうだったからわかるんだけどね。まあママのお話を聞いてみてよ」
そう言って母は私の質問に答えてくれました。
「お友達の作り方はね。お友達を作ろうとしないことだよ」
「はぁあ?!」
「待って待って待って……。例えば……そうね。誰か知らない人が困っていたとするでしょ? ハナだったらどうする?」
母は少しお酒を飲んでいました。夕食の後、母は時々リビングでスコッチウィスキーの水割りを飲むのです。私は正直、半信半疑で聞きつつ、お酒の入った母に真面目な質問をしたことを後悔しかけていました。でも後になってから考えると、このタイミングで良かったのだと思います。少しでもお酒が入っていなかったら、むしろ母は私に『自分で考えてごらん?』とか言って答えてくれなかったかもしれません。
そうして私は母の質問に答えます。
「そりゃ……、私にできることなら助けるよ」
「んふふ。ハナはいい子ね。ママ嬉しい」
とても嬉しそうに母は笑いました。しかし私はそれどころではありません。
「だから何なの?」
「ハナはその人がお友達でなくても助けるってことだよね。じゃ今度は逆にハナが知っている人、お友達だと思っている人から、ハナが困るようなことをしないとお友達やめるって言われたらどうする?」
「え……。どのくらい困るかにもよるけど、すごく困ることだったらお友達をやめるしかないかも……」
母はまたうれしそうに、にっこり笑って言うのです。
「でしょ? つまりそういうことよ」
母はお酒が入り過ぎてしまったのでしょうか。
「ええ? つまりどういうこと?」
母は水割りに口をつけてから答えます。
「つまり人付き合いと相手がお友達かどうかっていうことは関係がないの。お友達はね、人付き合いをしているうちに自然とできるものなんだよ。……だけど、そうね」
母はふと思いついたように付け加えて言います。
「この人とお友達になりたいなって思ったら、その人に『お友達になろう?』って言ってみるのもいいかもね?」
私は酔っ払った母から初めて役に立つアドバイスがもらえたと思いました。つまりお友達が欲しかったら、そうなりたい人に『お友達になろう?』って言ってみればよいのです!
「ねえ繭ちゃん? カズ君のミュージッククリップ見た?」
「ああー……、まだ見てないかも。ごめん希ちゃん」
「私は見たよー! いいよねー! カズ君!」
「さすが結ちゃん! いいよねー! カズ君!」
隣の席から流行っているアーティストのネット動画の話題が聞こえてきます。
……大事なことを忘れていました。そもそも私は誰とお友達になればよいのでしょうか。それと大事なことがもう一つ、そういう人がいたとして、私はその人に『お友達になろう?』などと言うことができるのでしょうか……。
「なぁんだそうなの? 繭ちゃんにも見て欲しかったのに……。カズ君のミュージッククリップ見ないで何してたの?」
「魔法少女マジカルエミの動画見てた……」
ええ? 私は心中穏やかではありませんでした。繭ちゃんと呼ばれている女の子はとても大人びた印象のきれいな女の子で、とても子どもっぽい魔法少女もののアニメが好きそうには見えなかったからです。
しかし希ちゃんと言う女の子は言います。
「ええ?! 魔法少女のアニメなんてダサくない? 高校生にもなって恥ずいよ!」
繭ちゃんという女の子は、そう言われても何も言い返せずに黙って下を向いてしまいました。
そんな繭ちゃんに希ちゃんと言う子は追い打ちをかけるように言うのです。
「繭ちゃんもそんなアニメなんて卒業して、私達と一緒にカズ君応援しよ?」
繭ちゃんはそう言われても下を向いたままでした。
いらいらしたように希ちゃんが言います。
「ねぇ? カズ君応援しようってば!」
繭ちゃんの表情が暗くなります。私は見ていられなくなりました。
「あの……!」
私がいきなり身を乗り出して口を挟んだので、三人の目が私に集中して場の空気が硬直します。
「……」
「……」
「……」
希ちゃんが怪訝な目で私を見ながら言います。
「何?」
「あ……のね、人が好きなものをそんな風に悪く言うのはよくないと思うし、自分が好きなものを人に押し付けるのもよくないと思う……んだけど」
私は頑張って言います。いつも母から言われていて、私も気を付けていることです。
希ちゃんは私を睨みつけて言います。
「あんたに関係ないでしょ? 口出ださないで……」
希ちゃんが言いかけたところで、もう一人の結ちゃんと言う女の子が口を挟みます。
「あー、うん。あたしもそう思う。押しつけはよくないよ」
結ちゃんが口を挟んだことで希ちゃんの顔色が曇ります。
「え……。結ちゃんも魔法少女のアニメなんて見るの?」
きょとんとした顔で結ちゃんが答えます。
「いやー、あたしはアニメとか見ないけど、他の人が好きなものをどうこういうのはちょっと違うかなって」
希ちゃんが食い下がって言います。
「でも高校生にもなってそんなアニメ……」
「あ……私は好きです。マジカルエミ」
私は咄嗟に口を挟んでしまいました。
今度は繭ちゃんの方が驚いた顔になります。
「え……」
希ちゃんは旗色が悪くなったように思ったのか、溜息をついて言います。
「……トイレ行ってくる」
希ちゃんがトイレに行ったのを見て潮時と思ったのか、結ちゃんも私と繭ちゃんににっこり笑いかけてから自分の席に戻りました。
私と言えば……冷汗をかいていることに気が付いて今頃少し足に震えが来ていました。こういうゴタゴタしたことはとても苦手なのです。
私もふぅ、と一息ついて自分の席に戻ろうとしました。
そんな私に繭ちゃんが声を掛けます。
「あの……」
私は少し驚いて聞き返しました。
「何でしょう……」
咄嗟に口を挟んで場の空気を壊してしまったことについて、繭ちゃんに謝った方がよいのだろうかと思った時でした。
繭ちゃんが身を乗り出して、私の耳元で言ったのです。
「よかったら、私とお友達になろう?」
私は思いがけない申し出に驚きながら、同時に嬉しくてにっこり笑って言います。
「うん! よろしくね!」
繭ちゃんは、にっこり笑い返してくれました。私はとても嬉しくて舞い上がってしまっていましたが、席に坐りなおしてから改めて考えていました。
こういうことが母の言っていたことなのしれないとも思いつつ、次の機会、次にお友達になりたいと思った人がいたら、今度こそ私の方から言いたいと思うのです。
『お友達になろう?』って!
Fin.
読んでくださってありがとうございます!
皆様に幸多からんことを!




