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小物冒険者の日常災害  作者: おこげ


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魔王幹部の回

その日のギルドは、静かすぎた。

 依頼掲示板の前に人がいない。

 朝から酒を飲んでいる冒険者もいない。

 受付は書類を整えては崩し、整えては崩し、明らかに手持ち無沙汰だ。

 こういう日は、大抵ロクな噂が裏で育っている。

「……おい」

 隣で剣を磨いていた冒険者が、やけに小さな声で話しかけてきた。

「聞いたか」

「聞いてない」

「魔王軍の幹部が来てるらしい」

 よし、今日は帰ろう。

 そう思って入口へ向かった、その瞬間だった。

 ギルドの扉がドンと音を立てて開く。

 空気が一気に凍る。

 入ってきたのは、どう見ても魔族だった。

 立派な角。

 無駄に長い尻尾。

 黒くて重そうなマント。

 完全にアウトな見た目だ。

 ただ一つだけ、想定と違ったのは。

「……昼飯、まだやってるか?」

 手に持っていたのが剣でも魔導書でもなく、

空の紙袋だったことだ。

 受付が固まる。

 冒険者が一斉に息を止める。

 俺だけが思った。

(あ、これ戦争じゃないな)

「お前たち」

 魔族がギルド内を見回す。

「この町、飯がうまいって聞いたんだが」

 誰も答えない。

 なぜか全員、俺を見る。

 やめろ。

「……侵略の予定は?」

 仕方なく聞く。

 魔族は眉をひそめた。

「ない」

「偵察?」

「ない」

「宣戦布告?」

「ない」

 一拍置いて、はっきり言った。

「休暇だ」

 知らん。

 その一言で、町の空気はさらに悪化した。

「休暇って何だ」

「罠か?」

「油断させる作戦だろ」

 本人はまったく気にしていない。

「昼飯」

 それしか言わない。

 結局、酒場に移動することになった。

 なぜか俺が同行している。

 理由は簡単だ。

「一番どうでもよさそうだから」

 納得はしないが、理解はできる。

 酒場に入った瞬間、魔族は目を輝かせた。

「……いい匂いだ」

 侵略者の第一印象がそれでいいのか。

 店主が震えながらメニューを差し出す。

 魔族は真剣な顔で悩む。

「量、多いな……」

 魔王軍、胃が弱い疑惑。

「酒は?」

「弱い」

「……魔族だよな?」

「個体差がある」

 そういう問題か。

 周囲の冒険者たちは完全に戦闘態勢だ。

 剣に手。

 杖を握る。

 盾を構える。

 魔族はそれを見て、心底嫌そうな顔をした。

「それ、全部必要か?」

「……警戒してるだけだ」

「視線が痛い」

 魔王軍幹部、居心地が悪そう。

「なあ冒険者」

 また俺だ。

「この町、どうやって落とす?」

 やめろ。

「知らん」

「防衛設備は?」

「ない」

「罠は?」

「ない」

「……やる気は?」

「ない」

 魔族はしばらく考え込み、こう言った。

「怖いな、この町」

 なぜだ。

 その日の午後、町は完全な非常態勢に入った。

 衛兵が増える。

 見張りが立つ。

 会議が始まる。

 魔族本人は酒場で昼寝していた。

 世界の危機と昼寝の落差がひどい。

「起こすか?」

 誰かが言う。

「やめろ」

 全会一致だった。

 夕方。

 魔族が起きた。

 それだけで鐘が鳴った。

 誰が鳴らした。

「……なんだ、うるさいな」

「警戒です」

「俺一人で?」

「はい」

 魔族は深くため息をついた。

「期待されすぎだろ」

 その通りだ。

 夜。

 酒場で再び飲む。

 魔族は愚痴る。

「魔王は理想ばかり語る」

「そうか」

「部下は極端だ」

「そうか」

「休暇が一番平和だ」

 知らんが納得はする。

「この町、侵略する価値は?」

 聞かれてしまった。

 俺は正直に答えた。

「壊す理由がない」

 魔族はしばらく黙り、酒を飲み干す。

「それが一番厄介だな」

 侵略者の評価として最悪だ。

 翌朝。

 魔族はあっさり帰る準備をしていた。

「もういい」

「いいのか?」

「満足した」

 何に。

 出発前、魔族は俺に銀貨を渡した。

「世話になった」

「何もしてない」

「それが良かった」

 意味がわからない。

 魔族は去った。

 侵略はなかった。

 戦争もなかった。

 ただ町が一日、無駄に緊張しただけだ。

 掲示板には新しい貼り紙。

「※魔王軍関係者へ

 休暇中の来訪は歓迎しますが、

 町を騒がせた場合は宿泊税を徴収します」

 誰が決めた。

 俺は今日も弱い。

 町は今日も平和だ。

 魔王軍幹部は、たぶん別の町で昼飯を探している。

 そして俺は思う。

 この世界では、

何もしないことが一番の才能なのかもしれない。

 だから今日も、

何もできない俺が、

なぜか生き残っている。

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