黒殻回!!
広場に残ったのは、巨大な黒い“殻”だけだった。
中身はない。
完全に空洞。
さっきまであれだけ暴れていた何かが、きれいに消えている。
「……え?」
レナが殻をつつく。
コン、と乾いた音。
ただの甲殻。
生命反応ゼロ。
「これ、脱皮?」
やめろ。
嫌な言い方するな。
俺は殻の内側を覗き込む。
焦げ跡のようなものがある。
中心部が黒く焼けている。
魔力の残滓。
さっきの爆発と同じ質だ。
「中身、どこ行ったと思う?」
レナが普通に聞く。
普通に聞くな。
「……小さくなった可能性」
言った瞬間、自分で嫌になる。
レナが真顔になる。
「うわ、それ嫌」
周囲の冒険者たちがざわつく。
「逃げたってことか?」
「どこに?」
そのとき。
広場の端から、か細い声が上がる。
「……あの」
全員が振り向く。
瓦礫の陰から、子どもが顔を出している。
十歳くらい。
手に、黒い何かを持っている。
嫌な予感が爆発する。
レナがゆっくり近づく。
「なに持ってるの?」
子どもが見せる。
手のひらサイズの、黒い塊。
小さな甲殻。
そして――
ピクリ、と動く。
全員が凍る。
「置け!」
俺が叫ぶ。
子どもがびくっとする。
黒い塊が、カサ、と音を立てる。
脚。
小さな脚が生えている。
ミニ黒殻。
レナが静かに言う。
「増えてない?」
言うな。
子どもが思わず落とす。
黒い塊が地面に落ちる。
カサカサカサッ!
信じられない速度で走る。
速い。
本体より速い。
「うわ速っ!」
レナが踏みつけようとする。
外れる。
石の隙間に潜り込む。
「待て!」
俺は追う。
そのとき。
広場のあちこちから、小さな音が聞こえる。
カサ。
カサカサ。
殻の山が、崩れる。
中から、小さな黒い塊が次々とこぼれ落ちる。
「おいおいおいおい」
レナが笑う。
引きつっている。
「第二形態どころじゃないじゃん!」
黒い小型個体が、十、二十、三十。
広場を埋める。
サイズは猫くらい。
だが動きが速い。
そして、甲殻はちゃんとある。
誰かが悲鳴を上げる。
「分裂した!」
「やめろぉ!」
一匹が屋台の残骸に噛みつく。
木が削れる。
ギチギチと嫌な音。
レナが剣を振るう。
一匹を斬る。
今度は、あっさり割れる。
中から黒い煙がふわっと出る。
そして、消える。
「柔らかい!」
「数が多い!」
最悪のパターンだ。
俺は叫ぶ。
「散開! 踏め! 潰せ!」
戦いが再開する。
今度は巨大戦じゃない。
カサカサ戦だ。
レナが跳ね回る。
「なんでちっちゃくなったら速くなるの!」
「世の中そういうもんだ!」
俺も剣を拾う。
殻の破片を踏み台にしながら小型個体を蹴飛ばす。
一匹が足に絡みつく。
冷たい。
振り払う。
斬る。
煙が出て消える。
「これ全部潰さないと終わらない系!?」
「たぶんな!」
まただ。
たぶん。
広場はカサカサ音で満ちる。
黒い影が走り回る。
町長が遠くで叫ぶ。
「また広場が!」
もうどうでもいい。
一匹がレナの背中に飛びつく。
「ちょ、くすぐったい!」
戦闘中に言うな。
振り落とす。
踏む。
煙。
数は減っている。
だがまだ多い。
俺は息を整える。
「核があるはずだ!」
「どれが!?」
「一番光ってるやつ!」
言った瞬間。
広場の中央。
クレーターの底。
一匹だけ、わずかに光っている個体がいる。
他より一回り大きい。
「いた!」
レナが走る。
他の個体がそれを守るように集まる。
壁になる。
「面倒!」
レナがまとめて薙ぎ払う。
数匹が煙になる。
だが残りが跳びかかる。
俺も駆け込む。
蹴る。
踏む。
斬る。
光っている個体が逃げる。
速い。
だが傷ついた脚で少し鈍い。
「逃がすな!」
レナが地面を蹴る。
一直線に飛ぶ。
空中で剣を振り上げる。
「今度こそ終われ!」
剣が光る個体を貫く。
一瞬、強い光。
そして。
パンッ、と弾ける。
黒い煙が広場に広がる。
小型個体たちが、一斉に止まる。
動きが止まる。
次の瞬間。
ボロボロと崩れ、煙になって消えていく。
静寂。
カサカサ音が、完全に消える。
広場に残ったのは、割れた石と、巨大な殻と、疲れ果てた冒険者たち。
レナがその場に座り込む。
「……今度こそ?」
俺はゆっくり息を吐く。
広場を見渡す。
動く影はない。
魔力の残滓も消えている。
「……今度こそだ」
レナが空を見上げる。
「巨大のあとに群れって、性格悪すぎない?」
「封印されるだけある」
遠くで町長が膝をついている。
広場は、もう広場と呼べる状態ではない。
レナがにやりと笑う。
「ねえ」
「なんだ」
「これ、報酬上乗せだよね?」
俺は壊滅した広場を見て、静かに答えた。
「……交渉、頑張れ」




