黒殻回さい
広場に、妙な静けさが落ちる。
さっきまで地面を揺らしていた巨体は、完全に沈黙している。
黒殻の山。
そのてっぺんで、レナがぐったり座っている。
剣はまだ刺さったままだ。
「……終わった?」
レナが弱々しく聞く。
俺は黒殻の獣を見上げる。
動かない。
甲殻の隙間から漏れていた光も消えている。
黒い液体がゆっくり石畳に流れているだけだ。
「終わった……はずだ」
言いながら、あまり自信はない。
さっきの範囲攻撃を思い出す。
あれをもう一発撃たれたら終わっていた。
レナが剣を引き抜こうとする。
抜けない。
「……あれ?」
ぐいぐい引く。
抜けない。
「刺さりすぎた!」
知らん。
「手伝え!」
俺は黒殻の上に登る。
近くで見ると本当にでかい。
家一軒分ある。
これがさっきまで動いていたのかと思うと、改めてぞっとする。
剣を一緒に引く。
ミシ、と嫌な音。
「せーの!」
ズボッ。
勢い余って二人で後ろに転がる。
甲殻を滑り落ちる。
地面に落ちる。
痛い。
レナが寝転がったまま言う。
「勝った?」
「たぶん」
「たぶん多いなあ」
そのとき。
周囲から拍手が起きる。
恐る恐る近づいていた冒険者たちが、歓声を上げる。
「やったぞ!」
「倒した!」
「町が助かった!」
誰かがレナの手を引っ張って立たせる。
別の誰かが俺の肩を叩く。
「参謀! 作戦通りだな!」
作戦というほど整っていなかったが、否定もしない。
レナがどや顔をする。
「ほぼ私だけどね」
「ほぼな」
広場を見渡す。
クレーター。
割れた石畳。
半壊した噴水。
吹き飛んだ屋台。
……ひどい。
後ろから、重い咳払いが聞こえる。
振り向く。
町長だ。
顔が青い。
広場を見ている。
また広場を見る。
俺を見る。
レナを見る。
そして再び広場を見る。
「……勝ったのだな?」
「はい」
「町は守られたのだな?」
「はい」
「……広場は?」
レナが明るく答える。
「守れませんでした!」
正直すぎる。
町長がふらつく。
後ろの職員が支える。
俺は慌てて言う。
「被害は中央に集中させました!」
「集中しすぎだ!」
その通りだ。
だが周囲の家屋は大きな損傷がない。
広場が犠牲になっただけだ。
……だけと言っていいのか分からないが。
レナが黒殻の死体を見上げる。
「これどうする?」
誰も答えない。
確かにどうする。
このサイズだ。
解体? 運搬?
無理だろ。
そのとき。
黒殻の甲殻が、ピシ、と小さく音を立てる。
全員が凍る。
「……今、動いた?」
レナが小声で言う。
俺は固まる。
黒殻の表面に、細い亀裂が走る。
ピシ。
ピシピシ。
嫌な音。
全員が一歩下がる。
「ちょっと待て」
レナが剣を構える。
「まだ第二形態とかないよね?」
やめろ。
そういうこと言うな。
甲殻の亀裂が広がる。
そして。
ボロ、と一部が崩れ落ちる。
中から――
煙。
黒い煙がふわりと立ち上る。
緊張が頂点に達する。
次の瞬間。
甲殻全体が、崩れ始める。
ガラガラと音を立てて崩壊する。
中身はない。
空洞。
完全に抜け殻だ。
広場に、巨大な黒い殻の山だけが残る。
沈黙。
レナがぽつりと呟く。
「……え?」
俺も言葉を失う。
さっきまで戦っていた“中身”は、どこに行った?
黒殻はただの器だったのか。
町長が震え声で言う。
「終わって……いないのか?」
レナがゆっくりこちらを見る。
さっきまでの勝利の空気が、きれいに消えている。
俺は、広場に残った巨大な抜け殻を見上げる。
嫌な予感しかしない。
「……たぶん」
またそれだ。
たぶん。
本当にまずいのは、ここからかもしれない。




