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黒殻の獣の足が町の石畳に落ちる。
ドン、と鈍い音。
石が割れる。
振動が腹にくる。
近くの家の窓が一斉に鳴る。
「うわ、入ってきた!」
誰かが叫ぶ。
レナはすでに横へ回り込んでいる。
わざと大きく足音を立て、甲殻を剣で叩く。
カン、カン、と無駄に軽快な音。
「ほらほら、こっちだよー!」
挑発が軽い。
だが黒殻の獣は、ゆっくりと体をひねる。
反応はする。
完全に無視はしない。
「通じてる!」
「怒らせすぎるな!」
黒殻の獣が前足を振り下ろす。
レナが転がって回避。
石畳が爆ぜる。
屋台が一つ吹き飛ぶ。
串焼きが夜空を舞う。
「もったいない!」
戦闘中に言うことか。
俺は走りながら叫ぶ。
「中央広場まで下がれ!」
「広いから?」
「そうだ!」
「壊しても怒られにくい?」
「多少はな!」
レナが笑う。
黒殻の獣がその後を追う。
一歩ごとに町が揺れる。
家の壁にひびが入る。
看板が落ちる。
冒険者たちが左右から牽制を入れる。
槍が突き、斧が叩きつけられる。
だが甲殻はびくともしない。
「硬すぎだろ!」
「削れてる気がしない!」
正しい感想だ。
だが完全無敵ではない。
さっき、ほんのわずかだが隙間があった。
甲殻の継ぎ目。
あそこだ。
レナが広場に飛び込む。
噴水の縁を蹴る。
くるりと振り返る。
「ここでいい?」
「いい!」
黒殻の獣が広場に足を踏み入れる。
石畳が広く割れる。
噴水の水が揺れる。
月光の下、黒い巨体が町の中心に立つ。
圧がすごい。
広いはずの広場が狭く感じる。
レナが息を整えながら言う。
「で?」
「で、作戦」
「まだなかったの!?」
なかった。
今作る。
俺は目を凝らす。
動きは遅い。
だが一撃が重い。
魔法は吸われる。
物理は弾かれる。
だが継ぎ目はある。
脚の付け根。
首元の接合。
完全な一枚板じゃない。
「レナ!」
「なに!」
「脚の内側、さっき当たったとこ!」
「どっちの脚!?」
「近いほう!」
雑だが通じる。
レナが駆ける。
黒殻の獣がそれを追う。
前足が振り下ろされる。
レナが滑り込む。
地面すれすれ。
甲殻の内側へ剣を突き込む。
鈍い音。
今度は、明確に違う。
ガキン、ではなく、ズ、と。
レナが叫ぶ。
「入った!」
黒殻の獣の体が大きく揺れる。
初めての、はっきりした反応。
広場に低い咆哮のような振動が走る。
音はない。
だが空気が震える。
耳鳴りがする。
「効いてる!」
誰かが叫ぶ。
だが次の瞬間。
黒殻の獣が体を大きく振る。
レナが弾き飛ばされる。
噴水に突っ込む。
水柱が上がる。
「冷たっ!」
生きてる。
本当に丈夫だな。
黒殻の獣が、今度は明確に怒っている。
動きが変わる。
速い。
重い。
前足が連続で振られる。
石畳が次々に砕ける。
広場が削れていく。
「ちょ、さっきより本気!」
レナが転がりながら叫ぶ。
「怒らせたからな!」
俺は歯を食いしばる。
だが今ので確信した。
甲殻の隙間は通る。
完全無敵じゃない。
やれる。
たぶん。
問題は。
レナがどこまで無事でいられるかだ。
黒殻の獣が、再び脚を持ち上げる。
狙いは、噴水の縁。
そこにレナがいる。
間に合わない。
俺は反射的に走る。
考える前に体が動く。
「避けろ!」
レナがこちらを見る。
足が振り下ろされる。
広場に、巨大な影が落ちる。
本当にまずいのは、たぶん今だ。




