家畜脱走回
依頼書は端っこに貼ってあった。
【家畜脱走。捕獲求む】
報酬:安い。
危険度:なし。
レナは眉をひそめる。
「魔物じゃないの?」
「牛だ」
「帰る」
待て。
俺は依頼書を押さえる。
「こういうのが一番平和だ」
「あなた向きね」
否定できない。
現場。
町外れの牧場。
農夫が泣きそうな顔で言う。
「うちの暴れ牛が柵を壊して……!」
遠くで土煙。
いるな。
レナが目を細める。
「斬れば止まる?」
やめろ。
「商品だぞ」
「じゃあ殴る?」
やめろ。
牛が突進してくる。
速い。
でかい。
普通に怖い。
レナが前に出る。
「止める」
「待て!」
俺は周囲を見る。
開けた草原。
柵は壊れている。
背後に納屋。
横に干し草の山。
牛は直線型。
レナは剣を抜く。
やめろ。
俺は叫ぶ。
「左に誘導!」
「なんで!」
「干し草!」
レナは一瞬迷う。
だが足を横に踏み出す。
牛が追う。
干し草に突っ込む。
視界が遮られる。
俺は農夫に叫ぶ。
「ロープ!」
投げられる。
俺はレナに投げる。
「足!」
「どっち!」
「前!」
レナが干し草の中へ飛び込む。
数秒後。
牛の足にロープが絡む。
転倒。
地響き。
静寂。
干し草の中からレナが出てくる。
髪に草が刺さっている。
「斬らなくて済んだ」
不満そうだな。
だが終わらない。
もう一頭いた。
なぜだ。
農夫が震える。
「夫婦でして……」
聞いてない。
今度は逆方向へ走る。
レナが追う。
速い。
牛と同速。
すごいな。
だが止められない。
俺は叫ぶ。
「追うな!」
「なんで!」
「疲れる!」
「私は平気!」
お前はな。
だが牛は柵の外へ。
このまま町へ行く。
まずい。
俺は走る。
先回り。
納屋の扉を開け放つ。
中に餌箱。
牛は匂いに弱い。
たぶん。
レナが横から圧をかける。
「右!」
今度は素直に従う。
牛が進路を変える。
納屋へ。
俺が扉を引く。
レナが押す。
閉じる。
中で暴れる音。
だが出てこない。
成功。
農夫が泣いて感謝する。
「助かりました……!」
報酬は野菜とチーズ。
レナが言う。
「割に合わない」
だろうな。
帰り道。
レナがぽつり。
「魔物より難しい」
意外だ。
「殺せないから?」
「それもある」
少し考えて。
「動きが読めない」
俺は言う。
「読まなくていい」
レナが見る。
「追い込むだけでいい」
「狩りじゃないのね」
「生活だ」
レナは少し黙る。
「あなた、こういうの上手い」
評価が軽い。
重くない。
ちょうどいい。
俺は肩をすくめる。
「戦闘より安全だからな」
レナが笑う。
「でもさっき、ちゃんと前に出た」
言われて気づく。
確かに。
納屋の前に立った。
逃げなかった。
牛だったからかもしれない。
レナは続ける。
「私は止める。あなたは流す」
妙な分析をするな。
「悪くない」
その一言。
妙に素直だ。
ギルドに戻る。
受付嬢が驚く。
「もう終わったんですか?」
レナが言う。
「牛」
俺が言う。
「二頭」
受付嬢が首をかしげる。
「戦闘は?」
「なし」
レナが少しだけ誇らしげに言う。
「誰も怪我してない」
それだけ。
小さい依頼。
魔物もいない。
だが。
帰り際、レナが言う。
「次は魔物で試す?」
やめろ。
俺は壁際に戻りながら答える。
「牛くらいがちょうどいい」
レナは笑う。
「退屈しないね」
確かに。
戦闘じゃない。
だが噛み合った。
突っ込むやつと、流すやつ。
止めるやつと、囲うやつ。
意外と。
悪くない組み合わせかもしれない。




