勇者の回
その日、ギルドの空気は変だった。
朝なのに妙に静か。
いつもは酔いどれが机に突っ伏してる時間なのに、今日は全員起きている。
理由はひとつ。
「王都の勇者が来るらしい」
その噂だけで、空気が三段階くらい引き締まっていた。
俺はいつも通り壁際。
目立たない。
呼ばれない。
巻き込まれない。
三原則。
なのに。
「おい参謀、今日はどう見る?」
隣の冒険者が聞いてくる。
やめろ。
その呼び方。
「参謀じゃない」
「またまた」
町内限定で変なあだ名が定着しつつある。
理由は簡単だ。
畑の鳥避けの立ち位置を決めたり
倉庫の崩れかけ床を事前に見抜いたり
屋台の並び順を提案したり
戦わないくせに口だけ出すから。
それだけだ。
扉が開いた。
重い音。
入ってきたのは――
ちゃんと勇者だった。
光沢のある鎧。
背中に大剣。
背筋がまっすぐすぎる。
空気が一瞬で“物語”になる。
うわ、主人公だ。
ギルドマスターが前に出る。
「遠路ご苦労」
勇者が頷く。
「この町に、王都案件に繋がる魔力反応があった」
嫌な単語。
“王都案件”。
俺は壁に吸い込まれる。
「現地確認に、土地勘のある者を」
ギルドがざわつく。
その時だ。
「この町には参謀がいる」
誰だ今言ったの。
一斉に視線。
俺。
違う違う違う。
勇者がまっすぐ歩いてくる。
壁際まで。
逃げ場、ゼロ。
「君が参謀か」
違います。
即答。
「違います」
勇者が一瞬止まる。
「しかし、状況判断に優れると聞いた」
誰が広めた。
「畑と倉庫限定です」
スケールが小さい。
勇者は真顔のまま言う。
「十分だ」
十分じゃない。
夜。
町外れの倉庫跡地。
月明かり。
崩れた梁。
焦げ跡。
奥が淡く光っている。
勇者が前に出る。
俺は三歩後ろ。
いつもの距離。
ミシッ。
床が鳴る。
嫌な音。
「止まってください」
勇者が止まる。
一歩先の床が崩れ落ちる。
下は空洞。
勇者が振り返る。
「なぜ分かった」
「色が違うので」
湿気。
腐食。
倉庫あるある。
奥から小型魔物が飛び出す。
勇者が迎え撃つ。
速い。
強い。
俺は動かない。
「右、梁が緩んでます」
勇者が体をずらす。
梁が落ちる。
魔物直撃。
終了。
帰還。
勇者が言う。
「戦闘能力は見ていない」
はい。
「だが、判断は的確だ」
やめろ。
ギルドがざわつく。
「やっぱ参謀だろ」
「町の参謀が王都に見つかったぞ」
違う。
勇者が俺を見る。
「肩書きは何だ」
「ありません」
勇者は少しだけ口角を上げた。
「では、参謀と呼ぼう」
決めるな。
その日から。
町内限定だった“参謀”が
半公式になった。
俺は壁に寄りかかる。
武器なし。
魔法なし。
勇者でもない。
なのに。
「参謀、次どうする?」
呼ばれる回数が増えた。
俺はため息をつく。
小規模専門のはずだったのに。
王都規模の目が
こっちを見始めている。
最悪だ。




