終わりの回
朝。
畑は、いつも通りそこにあった。
派手な戦闘もなければ、魔法の光もない。
剣が振るわれることも、詠唱が響くこともなく、ただ土と作物と、少し湿った風だけが残っている。
俺は今日も、畑の端に立っていた。
剣なし。
魔法なし。
実績は、ほぼ畑。
それでも、町では俺の名前が少しだけ広がりすぎていた。
参謀。
沈黙の指揮官。
何もしないことで戦況を支配する男。
全部、違う。
王都から来た使者は、結局俺に会うことなく帰っていった。
理由は単純だ。
「参謀殿は今、畑に立っておられます」
それだけで、誰も踏み込めなかった。
畑に立つという行為が、すでに“何かをしている”ことになってしまったからだ。
勇者は言った。
「参謀殿が畑を選ぶなら、それが最善なんだろう」
違う。
俺はただ、他に行くところがなかっただけだ。
ギルドの掲示板から、畑の見張り依頼は少しずつ減っていった。
魔物が減ったからでも、畑が安全になったからでもない。
「参謀殿が立っていた畑」というだけで、魔物が寄り付かなくなった。
理由はわからない。
理由を考える人間が、勝手に納得していっただけだ。
俺は相変わらず、何もしていない。
ある日、女将が言った。
「そろそろ、別の町に行くのかい?」
俺は少し考えてから、首を振った。
「いや……ここ、静かでいいですから」
それ以上の理由はなかった。
英雄になる気も、参謀を続ける気も、誤解を正す気力もなかった。
ただ、畑のそばに立っているのが、いちばん楽だった。
カラスもどきが、今日も遠くで鳴いている。
作物は無事で、町は平和で、王都ではいまだに俺の評価が独り歩きしているらしい。
それでも、この町では、もう誰も騒がない。
畑の端に立つ男は、いつもの風景になった。
英雄でもなく、参謀でもなく、
ただ、そこにいる人間として。
俺は思う。
この世界では、
剣を振らなくても、
魔法を使わなくても、
何かを成し遂げたことにされることがある。
それは、とても迷惑で、
とてもどうでもよくて、
でも、ちょっとだけ面白い。
畑の土を踏みしめながら、俺は空を見上げる。
今日も何も起きない。
だから、きっと大丈夫だ。
――これは、
何もしていないのに評価が上がった男が、
結局、何もしないまま終わる物語。
そして畑は、
今日も、ただそこにあった。




