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最終話です。いつもより長いです。

 ……感傷に浸るのはここまで。庶民は毎日忙しいんだから。

 今日中に織物一点くらいは上げて、蔓編み籠を3つ作って、それとレムさんちに野菜持っていきたいけど、どうしよっかなあ、最近結婚話ばっかり持ち出されるしなあ。

 伯母の攻撃もかなり高まっていて秋に夜逃げ同然で帰ってきたくらいだ。

 色々偶然が重なって話がうまく進んだことがないから助かってるけど。

 いえ別に結婚したくないワケじゃないんですよ世間様。私だってあの冬からは一人が寂しいと認めるようにしてます。

 ただ苗がね、品評会だとか街の研究室とかちょうど今いいとこなんですよ、あとちょっと、も~ちょっと期限のばしてくれませんかね世間様。

 数々の攻撃をどうかわそうか練っているとボフンと壁に当たった。ん? 柔らかい壁……? 

 

「ひっ!」

 

 見上げてつい悲鳴を上げてしまった。カイ・フリューゲルが見下ろしていた。なぜこんな冬に来ているのだろう。

 

「し、失礼しま……」

 

「お前は何故いつも逃げる?」

 

 逃げ腰になっていた私は足を止めた。 この口調……まさか……!?

 

「司令官なんですか!?」

 

「そうだ。すぐ気づけ」

 

「どうしてまたここに!? あ、もしかしてカイ坊ちゃんの体を自由に乗っ取れる技能を修得したとか」

 

「違う。それよりお前を待っていて体が冷えた。暖まりたい」

 

「あたた……? きゃっ!」

 

 彼の言葉に驚く前にこの状況でもっと仰天した。私の体は司令官に引き寄せられ、すっぽりと大きな腕の中に収められている。しがみつくかのように強く抱きしめられ、胸が締め付けられるくらいだ。

 

「ああああの! 苦しいです! こういう暖まり方は間違ってます!」

 

「これで生きながらえておいて何を言う。早くこうしたかったのだから仕方あるまい」

 

 何が仕方あるまいというのか。外でこんなの恥ずかしいやらなんやらで、暴れてみても拘束する腕は少しも緩まない。

 

「説明お願いしますっ! どういうことなんですか!? カイ坊ちゃんは!?」

 

「簡単なことだ。この体は元々俺のものだった」

 

 え!?

 

「元のカイ・フリューゲルこそが精霊だった」

 

 ええ? ええええ!?

 

 

 

 ようやく見つかったカイ・フリューゲルの魂を捕まえて判明したことだった。

 彼を見て雪の精霊たちは仰天した。風と雪の合いの子である精霊だったからだ。

 肉体から長時間離れて人間の魂に見せかけていた擬態が剥がれおちたのである。

 人の体に入り込んだ雪の精霊は人の体温で溶かされていき、溶けきれば体から追い出されるはずなのに、なぜこんな事が可能だったのだろうと不思議がる精霊たち。明らかに何か強い力が働いたのは確実だ。

 合いの子の精霊に白状させると、司令官と自分はある方の力で取り替えられたのだと言う。

そのある方とは女王だった。

 

 異端者扱いに耐えられない合いの子の精霊は、まだ若い女王の同情をひき、助けてくれと頼み込んだ。

 女王は彼の願いを叶える為、方法を模索している時に偶然、体の弱った赤子を目にする。

 体から魂を引き離すにはもってこいの条件が揃っていた。赤子の環境を見るに、自由に育ててくれそうな両親だと確信し、合いの子の精霊と赤子の魂をすり替えたのである。

 女王は氷や雪の属性の者には奇形だろうと情が厚い。だがそれ以外の者には無慈悲であった。それが雪の女王である。だからすり替えた赤子の魂が凍え死のうがどうなろうが構わないが、この事が神々に知れると女王といえどただではすまない。

 そこで赤子の魂に自らの力を僅かばかり与え、精霊に見立てた。一方で合いの子の精霊を人間の魂に擬態させた。

   

 雪と氷の世界で生きていくことになった赤子の魂は、異端視されようと自分の体の中にある女王の力に励まされて育った。その力を女王の愛情と思って。

 次第に雪の精霊らしくなっていくが、女王を慕う人間らしさは無くならなかった。

 授かった小さな力を大事にし、女王から受けた愛情を大きくして返そうと、ひたむきに育てた力は大きくなる。

 そんなバカな、と驚いたのは女王だった。たかだか人間の魂がここまでになるとは思いもしていなかった。

 それならばと過酷な仕事をさせたが彼はやり遂げる。

 ついに本物の雪の精たちを凌駕し、司令官にまで登り詰めた。

 だが司令官は人間と過ごし、愛情がどんなものかを覚え、自分の中にある女王の力が愛情からのものでは無いことを知る。

 そして女王と決別した。


今までカイ・フリューゲルだった合いの子の精霊は偶然司令官を見たとき、自分を捕まえに来たと慌てふためき、落馬したらしい。

彼がいつもフラフラしていたり、女性とのつきあいが一人に留まらずとりとめなかったのは、風の属性の性質らしい。

あの日捕まった彼は司令官が途中で突然抜けた事で、他の精霊の目を欺き、また逃走したそうだ。



 

 くべた薪が爆ぜる音を立てる暖炉の前で私は話を聞いていた。 

 話してくれた司令官は私と同じ長椅子に座ってくつろいでいる。新鮮な光景だが、偉そうな座り方は健在だ。

 

「それじゃあ。司令官はあの日からずっとカイ坊ちゃんではなく、司令官のまま……?」

 

「そうだ。だが数日意識がなく……どうした?」

 

 三白眼の私の顔を見た司令官が不思議そうに尋ねる。

 ……じゃあ私のこの2年はなんだったのか。 たまに胸に記した感傷ポエムはなんだったのか。ふと空を見上げて微笑んでみたり、涙を流してみたり、話しかけたり…………誰もいないところに! 恥ずかしい!!

 

「そうならそうと知らせてください! あなたにはどうでもいいことでしょうけど、わ、わたしは……っ!」

 

 そこまで言ってそっぽを向いた。 ずっと会いたかった。なんて絶対言うもんか。

 無視だ無視。顔も見たくない。すると司令官が低い声で語りかけてきた。

 

「手紙を出したが戻ってきた。使いを出したが留守の上、近隣住人は知らぬ、もしくは出て行ったと言う」


「え。……ここは天候と配達人の気まぐれで届かない方が多いんです。使いの人、夏に来たんでしょうか。夏は私、街にいる伯母の所でして……」


 あ。2年前のあの時、村人の間で私はカイ坊ちゃんに遊ばれたことになっていた。いくら違うと言っても、前科が多い坊ちゃんを信じる人はいない。その坊ちゃんの使いに私の居場所を教えるわけがない。

 私に誰もその事を言わなかったのは、私の態度が坊ちゃんを忘れられないみたいな態度だったから、心の傷を思い出させるようなことは避けようという判断だろう……。

 司令官と私の間に何ともいえない沈黙が落ちた。

 ……なんだ。どうでもいいわけでもなかったので、ほっとした。

 

「それに俺は準備期間が必要だったのだ。以前のように何ももたず何も知らずではこの世界でやっていけまい。俺なりにがむしゃらになり気づくと2年経ってしまった。最近ようやく周囲のことにメドが立ったのでな、こうして会いに来た」

 

あ、そうだよね。色々大変だよね。人間始めたばかりだものね。

 

「生みの親からの独立は手こずったが、事業の方はなかなか面白いものがある。先日まで諸外国へ足を伸ばしていたのだ。その為ここにも来れる状態ではなかった」

 

「すごいですね、外国ですか……事業はなんのです?」

 

「機織り機だ。小型化に加え、一度で10色の糸が使用可能、従来の半分近くで仕上がるよう俺が設計した。領主の息子というのは便利なもので四方にコネが利く。それを大いに利用し、軌道に乗せたのだ。最近は糸の強化を目指し紡績にも手を伸ばしている。それに俺の考案した図案が売れるので、使用権も取得した」

 

 ええ!? この人機織りの事そこまで愛していたの!?

 それも人間なりたて2年で事業を成功させるって、凄いじゃなくて怖い。さすが本物の精霊を押しのけて最高位をもぎ取った男……!

 

「あなたの愛には感服しました。そこまでできるなんて」

 

「そうだな。俺もこんなに忘れられないとは思わなかった」

 

 機織りの縫い上げだけじゃなくはたそのものの構造にまで踏み込むなんて、安い愛じゃ……ん? 何故か背中に腕が巻き付いている。そのまま私はまたもや彼の胸に閉じこめられた。 暖炉の火で既に暖かいんですが……。

 

「し、司令官!?」

 

「やはりお前の熱はいい。熱くなるくらいだ」

 

 そりゃあそうでしょう。私が今どれだけゆで上がっていると思ってますか。このままだと体温が上昇の一途を辿って私は溶けてしまうかもしれない。……でもそれもいいかもしれない。

 

「ここも気に入っている。別宅に残すとして、家財道具の持ち出しは必要ないな。それと」

 

「? なんの話ですか?」

 

「なんの話とはなんだ。メドが立ったと言っただろうが」

 

 それでも意味が分からなくて司令官を見上げると、その秀麗な眉間に思い切り縦皺を刻んでいた。

 

「お前、俺の愛に感服したのだろう?」

 

「ええ。機織りに対する愛は世界一ですよ、司令官」

 

 司令官の瞳が揺らぎ、「わざとではないだろうがな……」と呟いた後に小さな溜息が洩れた。

 あ、初めて見る表情。憂いの顔というか……。ちょっと見とれた。

 

「言葉が足りなかった。すまない。2人で生きるためのメドが立ったので、お前を迎えに来た」

 

 え!? 今、謝った!? あ、それよりその後の、え、何!?

 今日は何回驚かされているんだろう、頭が疲れてきているんだきっと。理解が出来ない、処理できない。

 えーっと、えーっと2人でって、私と司令官と? あ、もう司令官でも精霊さまでも道楽息子でもないけどまだ司令官で通したい。ただの“カイ”を私はまだちゃんと見てないんだもの。 

 

「そ、の、私が結婚していることは考えなかったんですか?」

 

「それなら元カイ坊ちゃんに邪魔をさせていた。あいつは風の属性が強いからな。年中通して使える。お前に近づこうとする男は風で飛ばした。ケルビンもその一人だ。安心しろ、ケガはさせないようにしている」

 

 元坊ちゃん、あなた何やっとるんですか……!?

 確かにこの2年間ケルビンのこと遠くでしか見かけなくなった。伯母が紹介しようとした男性がどうしてもうちへたどり着けなかった。街でたまに「うわあっ」という謎の叫びを耳にするようになった……あれも?

 

「人間になったんじゃないんですか!? それに邪魔って……! なんで精霊をアゴで使ってるんですか!?」

 

「俺は普通の人間だ。あの元坊ちゃんが俺のまわりにまとわりつくから使ってやったまでの事。あっちへこっちへフラフラしていたのも風の性質からだったらしいな」

 

 使ってやった・・・……。この偉そうな態度。

 その時窓が風でガタガタ鳴ったが、司令官の「うるさい」でピタリと止んだ。

 ……普通の人間…………。

 押し黙った私に司令官の声が落ちてきた。

 

「すまなかった。ずっと一人にして」

 

 不意にまた謝られた。偉そうに見えて……その瞳が少しの不安に揺れているのが私には見えた。頬に司令官の指が触れる。その手つきがそっと触れるようで自分が壊れ物の気がするほどだ。

 

「私は凍りませんよ、司令官。凍らない花です」

 

 私の言葉に司令官は小さく微笑んだ。やっぱりキラキラ光るみたいな笑顔だ。

 陽の光みたいな金の髪も、冷えた朝の青白い氷のような瞳も、間違いなくこの人のもの。ちゃんと触れてみたかった金髪に指を伸ばす。

 

「安心しろ。もう溶けない。俺は消えない」

 

 そう言われ私も笑う。さっきからとっくに散々触れ合ってるのに。

 ああもう色々聞かされたけど、今この人がちゃんと目の前にいるんだからそれで全部良しとしよう。

 笑いあいながら私は言った。

 

 

 

「お花、見に行きませんか?」

 

 

 

 〈終〉

 

お読み頂きありがとうございました!





※ベルカの祖父は一応貴族です。後見人になっている伯母も貴族に嫁いでいます。貴族の娘が山番と結婚できたあたりもまあ、色々ありましたが割愛。

夏の間働きに出ているのは、形は女中ですが、伯母としてはさりげに行儀見習いを仕込むのが目的でした。

この2年に、伯母の事を知った司令官は伯母に話をつけに行きますが、伯母はカイ・フリューゲルの女遊びの噂しか知らないので

「誰が可愛い姪をわたすかあ!誠意を見せなさい!私のお眼鏡に叶う夫になれたら許可する!それまで会ったりするんじゃないわよ!」 

       ↓

司令官色々がんばる。数日前、会える許可貰えた。


元坊ちゃんの精霊は、司令官といると色々面白いので暇つぶしで一緒に行動。こき使われてるつもりはないです。飽きたらどっかいくといいながらなかなか立ち去らなかった。

(元坊ちゃんのこの精霊を、まだ幼かった頃の雪の女王は慕っていました。だから罪を犯しても彼に尽くしました。この後、女王の嘆きの声を聴いた精霊は身をボロボロにしながらも女王を幽閉から助け出します。そして全て捨てて二人で生きていく……と、書く予定でした。書けなくてすいません)     






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