第一章-ありえない出会い-(5)
「ハァ、ハァ……」
あまりの猛スピードで駆け抜けたからか、息が乱れる。
葦貴にみっともない態度をとってしまったな、と光大は思いながら、元々『宮島水族館』という、娯楽施設があった場所から自転車を降りて、瀬戸内海を見つめながらそれを押して、歩いていく。
光大は小さい頃から風景を見ることが好きであった。何もかもが輝かしく見えるこの宮島の景色が。
そんな風景を『夢のため』とほざいて、研究塔を建てて、自然を破壊していく政府に対して嫌悪してしまうのは道理だ。
俺が見てきた風景を取り戻したい。そう思う光大であったが、子供一人の反論に、政治家を始めとする、日本中の大多数の大人たちは、耳も傾けてくれないだろう。今の日本は、『夢』というものに目が眩んでいる幻想論者ばかりだ。
そう思うと、ため息ばかりが溢れ、せっかくの風景も悲愴感でいっぱいになり、見るのがイヤになってしまう。
どうすればいいものか、と考えたその瞬間。
ゴォー、と風が急に強く吹き始める。そんなの自然の摂理だと、何も思わなかった彼の目の前に突然、
「! な、なんだぁ!?」
辺り一面白く輝く光が!
そして光大は、これから幻想世界にしか存在しない出来事に遭遇することになる!
強い光の中から、人間一人分が入れる謎の歪んだ空間が紙を裂くように開く! そこから自分より二歳ほど年上に見える、リュックサックを背負い、高級そうなベージュのコートを羽織った、腰まで届く長いストレートの黒髪、華奢な体にピッタリのタイトスカートを穿いた、輝かしい美貌を放つ、完璧なお嬢様と言える女性の姿が……。
女性はその空間からストンと降りる。彼女が下りた瞬間、それはすぐに閉じた。
――夢でも見ているのか。
その一部始終を見た光大は、思わず花楓から受けた張り手の痕を触る。
まだ痛い――夢じゃない。
信じていない幻想が現実に降りてきたことにショックを受け、直立不動のまま、呆然と彼女を見続けた。
「……おっと。人がいたのか」
今いる場所に少年がいることを、彼女はようやく気づく。
「あ、あんた……」
光大は、身体をぶるぶる震えながら、
「ゲーム世界の住人なのか……?」
こんなのありえるわけがない! と思いつつも、頭の引き出しからパッと出た言葉で、彼女に訊ねる。
彼女は彼の素っ頓狂な質問に肩を竦める。
「はぁ? 何を言っているのだ? 私を非現実世界の玩具の中に入れるとは、少々、度が過ぎやしないか?」
――いやいや、十分、非現実だって!
心の中で彼女にツッコミながら光大は、
「……じ、じゃあ、どこから来たっていうんだ!?」
動揺する中で、自分が一番訊きたい質問をぶつける。
「それはだな……と、話はあとだ」
女性は話を急に打ち切る。
「な、なんだよ急に!」
わけが分からん。いまひとつこの状況を飲み込めない。
女性は唇に人差し指を当てて、
「シーッ! ……何か妙な気配を感じないか?」
「妙な、気配?」
そういえば、と光大は思う。花楓とのトラブルから、『何か』が後ろから追いかられているような、そんな違和感を後ろから……?。
そんな彼の心を察知しているかのように、
「ふむ。試す価値はあるな」
彼女は左腕を伸ばす。そして、
「異霊空間<コンファインド・スペース)>、展開<アン・フォールド>!!」
奇妙な呪文の類を発すると、彼女の左腕にある、青い球体が革製の赤いリングで固定されているものが青い光を放ち、彼女を中心に青いサークルが広がる。
「えぇぇぇえ!?」
この展開に光大は、ただ驚くことしかできない。
「いたぞ。お前の後ろだ」
「え」
彼女に言われるがまま、後ろを振り向く光大。すると、
「!」
もはや、光大の想像を超える――葦貴と昨日やりまくったゲーム、『妖怪無双』に出てくるようなものがいることに、口を大きく開く。
俺は、幻想と現実を彷徨っているのかと、今の自分がいる位置――狭間に立っていることに絶句する。
小さな雲の上に、一本角の生えた、ツルピカ頭の小さな子供が乗っているのだ、女性に向かってニヤけた表情はまさにイタズラ坊主。
「キ――――――ッ!!」
「うわぁっ!!」
子供は、風を巻き起こしながら、女性に向かって走り出す。まるで、学校での事件と同じように!
こいつが原因か! と、光大は悟る。
しかし、さっきは何も見えなかったのにどうして? と疑問が募るばかりだ。バトル漫画のような、この展開すらも。
風が巻き起こる中、女性は冷静に、
「ふむ。超常異霊<ポルターガイスト>、カマイタチか」
と奇怪な子供が何者であるのかを分析する。
「女ばかりを狙う、幼稚なド変態坊主か。この手で制裁を与えなくてはな」
「せ、制裁!?」
「ああ。具現化せよ、対霊武器<バスター・ウェポン>!」
再び奇妙な呪文を唱えると、彼女の左腕の青い球体部分から、キラキラと武器が具現化する。ボウガンだ。
女性はすぐに手に取り、狙いを定め、
「はあぁぁぁっ!!」
バシッ!
ドスッ!
「ウキュゥゥゥ~」
頭に突き刺さり、カマイタチと呼ばれたイタズラ小僧はその場に倒れる。そして、魂が抜かれたかのように、紫色模様でお化けのような形をとり、空へと還ってゆく。
「ふう。なんとかなったな」
女性はホッ、と胸をなで下ろし、前髪をパサッ、と払う。
「……」
光大は結末までポカーンと彼女を、ただ見つめることしかできなかった。
これは、幻想!? それとも現実!? ポルなんたらってなんだよ!? とさまざまな思考が頭の中でぐるぐるぐるぐると回転する。
一体何なんだよ、これは……。
今、戦いに決着がついた瞬間――これは好機だ。全部問い詰めて、ここが現実かはっきりさせてやる! ここで恐れたら男じゃねぇ!
気合いを入れて、彼女のもとへと向かう光大。
しかし、彼が後ろから彼女の肩をポンと叩いた瞬間――
ドサッ。
――あ、倒れた。
「えぇぇぇぇいっ!?」
彼女の突然の卒倒に、光大はその場で慌てふためく。
――まったく、今日は女運の悪い一日だ。
しかし、これはまだまだ序の口。
この『ありえない出会い』が、光大のこれからを大きく揺るがすことになる。




