表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/50

9 Stand, and unfold yourself

 酒場を出た二人は、通りを並んで歩く。ブレインがジョンに話しかけた。


「君は帰還兵ということだが、軍には徴兵で?」


「ええ、十六になった時かかった号令にそのまま。五年ほど戦地にいました」


「なら、今は二十一か……人生の基礎を築く時期を、戦争に捧げたことになる。徴兵に抵抗はなかったのか?」


「ありませんでした。徴兵されなければ自分から志願していたと思います。……孤児でして、家族もなければ、継ぐ家業もない。将来の展望もない。こんな僕でも何かの役に立てるんじゃないかって」


 ――まぁ、そんな甘い考えで行く場所ではなかったんですが。そう言って自嘲気味に笑うジョン。


「発端が甘い考えだろうと、君は逃げずに戦い抜いた。それだけで称賛されてしかるべきだ」


「……そう言ってくださると気が楽になります」


 無言になる二人。それも束の間、今度はジョンがブレインに尋ねた。


「ブレインさんはその……今の仕事は長いんですか?」

「ああ、もう十年以上になる」


「十年以上……なら、その……徴兵は……」


「お察しのとおりだ。足が故障している……ということになっていてね」


 そう言ってブレインは、杖で石畳をついて音を鳴らす。


「君には卑怯者に見えるのだろうな」


「いえ、行かずに済むならその方がいいと思います……戦争は」


「フッ……そう言ってくれると気が楽になる、と言っておこう」


 再び無言になる二人。今度はその沈黙が破られることはなかった。


 会話のないまま二人はヴァーンウィック地区を出て、住宅街に入る。住宅街は閑静そのものであり、ブレインがつく杖の音だけが通りに響いた。


「この辺りは住宅街……酒を飲める場所なんてあるんですか?」


「あるさ。そんなくだらない嘘はつかない」


 ジョンの疑問を軽く流し、ブレインは歩き続ける。仕方なしにジョンもブレインの後をついていくが、ある場所でブレインが足を止め、ジョンの足も止まった。


「ここだ」


 ブレインが示した場所は――風化した、とでも表すべき廃墟。とても酒場には見えないその廃墟に、ジョンは戸惑うが、ブレインはさっさと廃墟の中に入ってしまった。


 戸惑いを強引に忘れ、ジョンもブレインを追って廃墟に入る。中には、申し訳程度に置かれた、ひび割れた家具だけがあった――そこにブレインの姿はない。


「――ッ!」


 咄嗟に動き出そうとするジョンだったが、動き出す前に、後頭部へ冷たい金属の感触が押し当てられる。銃口だ。


「――人を殺したことを誇れない。君はそう言ったな」


 その声の鋭利さは、吹雪の冷たさよりも、耳を刺すものだった。


「とても疑問だ。そんな男が、果たして金欲しさに犯罪組織へ身を落とすような真似をするだろうか……?」


「……」


「ヴェン、君は何者だ? 過激派からの刺客か、それとも……」


「僕はあなたの敵ではありませんよ。少なくとも今は」


「正体の掴めぬ者をそばに置いておける余裕は、今の俺たちにはない。事が収まるまで縛らせてもらう。できれば大人しくしてくれ。カタギの死体は始末が面倒なんだ」


 突きつけられた銃口がより強くジョンの後頭部を圧迫した。しかし、ジョンは冷静に言葉を返す。


「あなたに僕は殺せませんよ。なぜなら――あなたには僕を撃つ気がないからです!」


 言葉とともに、ジョンは身体を反転させ、拳銃を向けるブレインの腕を掴み、銃口を逸らした。銃が火を吹くことはなかった。


 ブレインは掴まれた腕を振りほどこうとはせず、静かにジョンの目を見ていた。


「……何故、撃つ気が無いと思った?」


「音です。撃鉄を起こすあの音……戦地で嫌というほど聞き、耳に飛びこんできたあの音があなたと会ってから一度もしていなかった」


 ジョンの視界に入ったブレインが握る拳銃。その撃鉄は、確かに下ろされたままであった。ブレインは小さく口角を上げる。


「お見事。君を少しなめていたようだ。確かに撃つ気はないよ。君がカタギである可能性を捨てきれない以上はな……だが、拘束はさせてもらう!」


 語気を強めたブレインは、ジョンの腕を振り払い、フック状の杖の持ち手をジョンへ振るう。


 ジョンは杖の打撃を腕で受け止めた――ブレインの口角が僅かに上がり、杖の持ち手がジョンの腕を絡め取る。そして、廃墟の扉へとジョンを投げ飛ばした。


 扉を派手に打ち砕き、ジョンの身体が外へと投げ出される。石畳の上に転がったジョンは素早く立ち上がり――その眼前に繰り出された杖の石突きによる刺突を、交差させた腕で受け止めた。力が拮抗し、二人は睨み合う。


「あなたは参謀だと聞いていたんだが……! ずいぶんと血の気が多いじゃありませんか!」


「多少の血の気もなければ生き残れないものでね!」


 静かな闘志を目に湛えたブレインは杖を引き、流れるような連撃をジョンに浴びせた。空気を鋭く切り裂く音が連続し、暴風のような風切り音と化している。


 ジョンはそんな杖の打撃を己の肉体のみで捌いてみせた。分厚い革の作業服と、ジョン自身の技量があってこその離れ業だった。


 自身の攻撃を軽く捌いてみせるジョンにブレインは軽く舌を打ち、後ろに大きく跳んで距離を取る。ジョンはそれを追って駆けた――足が止まる。ブレインがジョンに銃を向けていた。否、銃ではない。銃のフリントロック機構を応用した、点火器だった。


 次いでブレインは懐から球状の物体を取り出す。球からは導火線が伸びていた。点火器に導火線を近づけ、引き金を引き――炸裂音と共に発生した炎が導火線に火をつける。

 ――爆弾だ。そう判断したジョンは投擲されるそれから、大きく距離を取った。しかし、空中で破裂した球が撒き散らしたのは爆炎ではなく、白煙。

 

 煙に覆われるジョンの視界。白い闇を貫き、ブレインの突きがジョンの鼻先三寸まで迫った――それでも、ジョンはブレインの突きを両腕で掴んで止めてみせる。そして、そのままブレインを投げ飛ばさんと杖を思い切り振り上げた。


 身体を宙に浮かされたブレインは咄嗟に杖を手放すと、空中で身を翻してジョンの頭部へと蹴りを放つ。その動きを察知したジョンは杖から手を離し、両腕を交差してブレインの蹴りを受け止めた。


 防がれたと見たブレインは、ジョンの腕を足場に跳躍し、地に降り立つ。杖を失い、得物をなくしたブレインに、ジョンは挑発の笑みを向ける。


「これで……五分五分ですね」


「俺としては、杖があってようやく四分といったところだったのだがな……」


 ぼやきながらもブレインは拳を構えた。闘志は薄れてはいない。


 互いを見据え、動きを探り、再び殴り合うかというその刹那――


「ッ! 伏せろ!」


 ジョンが叫んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ