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7 The time is out of joint

 書斎の外の階段を下り、大広間を歩くブレイン。その背を、背後から呼び止める声がした。


「待てよ、ブレイン」


 振り向けば、階段の脇に背を預けて立っている、ブレインよりもさらに若い男。短く刈った金髪の下で、好戦的な青い瞳を敵意に染めたその男こそ、A Man次期総帥にしてフェイスの息子、ネックであった。


「……いらっしゃったのですか、若」


「ネックだ。いつまでもガキ扱いしてんじゃねぇぞ」


 ネックは、語気の強さとは裏腹に、ゆっくりとした足取りでブレインに近づく。


「聞いたぜ……また俺の部下を殺しやがったな。一体どういうつもりか、説明してもらおうじゃねぇか」


「彼は一般市民に手をかけました」


「へぇ? カタギを殺ったら、死ぬべきだってことかい」


 ネックの片眉が跳ね上がった。これは意外だと言わんばかりに肩をすくめ、そして、ブレインを強く指差した。


「だったらよ……真っ先に死ぬべきはあんただろうが。若い頃のあんたの武勇伝には、カタギの血で書かれたもんも多いはずだ」


「……否定をすることはできません」


 目を伏せ、静かに首を振るブレイン。だが、ネックの追及は終わりはしなかった。


「なら、なんであんたはまだ生きてる? 答えろよ。まさか、今はカタギを大切にしているから死ぬ必要はない、なんて抜かさねぇだろうな」 


「咎は受けるつもりです。ですが、今は、まだ――」


 ブレインの言葉が途切れる。それは、眉間に拳銃が突きつけられたからだった。銃身に、きらびやかな金の装飾が施された拳銃。ネックがそれを、ブレインに向けていた。


「俺が今にしてやってもいいんだぞ?」


 銃を向けられたブレインは、腕を僅かに広げ、強い視線をネックに注ぐ。


「あなたも共に死んでくださるのなら、今でも構わないのですが」


「ハッ、情熱的な告白だな。アームに言ってやれよ、喜んで愛の死を迎えてくれるだろうさ」


 嘲るように鼻を鳴らし、ネックは依然、ブレインへと銃口を向け続けた。言葉もなく、強い視線をぶつけ合う。無限にも思える時間の後、ネックが再び口を開いた。


「……昔のあんたは俺の憧れだった。どんなことでもやって、金を稼いでやろう、のしあがってやろうって気概に満ち溢れてた。そんなあんただから兄貴と慕えたんだ。いつからそんなにぬるくなっちまったんだ?」


 ブレインは何も答えない。ネックは眉間の皺を深める。


「あんたがそんなだから、俺がやらなきゃいけねぇんだ。皮肉にも、誰も傷つかねぇ裏のビジネスは、戦争がもたらしてくれてた。それがなくなった以上、俺たちが生き残るには、誰かを苦しめなきゃいけねぇ。昔のあんたならそれを決断できただろうよ。今のあんたにはできない。だから、俺が代わりにそれを決断したまでだ」


「昔の俺にそれを決断できたとして、それは気概があったからではありません。愚かだったからです。俺は道を外れ続けた先にあるものを見ました。あなたにだって見えているはずだ。それでも突き進むというのですか――」


「――知ったことか! どうせ人の道を外れてんだ。行き着く先が悪人だろうが悪魔だろうが大した違いはねぇ……!」


 二人の間には、断絶があった。言葉では繋ぎ直せず、言葉によってさらに開いていく断絶。交わす言葉が溝を深め、そして、とどめの言葉が、ついに決定的な決裂を生む。

 

「あんたが邪魔するなら、俺はあんたを殺す。屍を越えていく」


「越えさせはしません。あなたは俺が阻む。あなたの死をもってしても」


 カチリと、何かが動いたような音がした。それは、ネックが力を込めた引き金の鳴らした音であったか――それとも、もはや戻ることのない抗争の歯車が、動いた音であったか。


「だったらまずは……! この銃口から逃れてみせろ!」


 長く不動を保っていた引き金が、ついに引かれる。――刹那、大広間の入り口からナイフが飛来し、ネックの銃を直撃した。


 ネックの手を離れる拳銃。その一瞬を逃さずブレインは懐から拳銃を抜き、ネックへ向ける。ネックもすでに二挺目を抜いていた。交わる視線。互いに絞る引き金。硝煙を撒き散らし鉛を吐く銃口――直線に結ばれた弾道を行く弾は、二人の間でぶつかり合い、火花と金属音を撒き散らして弾かれ、壁の弾痕へと消えていった。


 ブレインは硝煙を吐く銃をゆっくりと下ろしながら、ナイフが飛んできた先、大広間の入り口へ向かって声を上げる。


「いいタイミングだ――アーム」


「当たり前でしょう? 私はあなたの腕なのだから」


 ナイフを投げたのは、アームであった。アームはブレインのもとへ歩み寄り、その身体に寄り添う。ブレインはそんなアームを片腕で抱き寄せ、ネックに目を向けた。


「さぁ、あなたの銃から逃れて見せましたよ。きっとお目に叶う方法ではなかったでしょうが……なにぶん、この腕が一つあれば、大抵の脅威は退けられてしまうものでしてね」


「……そうらしいな」


 ネックは忌々しげに舌を打ち、腹を括った目で二人の次の動きを見据えた。しかし、ネックは肩透かしを食うことになる――二人は揃ってネックへ背を向け、歩き出したのだ。


「……あ? どこへ行きやがる。俺の首を獲るんじゃねぇのか。絶好の機会だろうが」

「あなたを簡単に獲れるとは思っていません。第一、あなたをここで獲るべきではない」


 ネックの呼び止めにブレインは歩みを止めず、答える。


「ここであなたを討てば、統制を失った犯罪者たちが、四方八方に散らばることになる。俺としても、それは望むところではない――俺の狙いは、あなた方の絶滅です。ゆえに、あなたの死の順番は相応に後ろの方になるでしょう」


 ――では、失礼します。そう言って去っていく背中を、ネックは黙って見送った。


「――よろしかったのですか。奴らを見逃して」


 いつの間にか、ネックの背後にハンドが立っていた。影のように。


「私と私の部下全員の命を犠牲にすれば、今ここであの二人を獲ることも可能だったはず。実行すべきだったのでは?」


 大広間を見渡せば、幾多の柱、その陰のすべてに、黒いベストを着た者達たちが彫像のように立っている。ネックはブレインが去った扉を見つめながら答えた。


「俺達は穏健派とは立場が違う。穏健派を殺れれば、それで終わりじゃねぇ。その先に人がいなきゃいけねぇんだよ。大勢の犠牲を必要とする戦いを、俺は選ばん」


「……差し出がましいことを申しましたな。しかし、その必要があれば、我々は命を惜しまないということを覚えておいていただきたい」


「ああ、頼りにしてるぜ。ご苦労だった、もう下がっていい」


 ネックが腕を振ってそう言うと、ハンドをはじめ、影の男たちは一斉に姿を消す。一人になったネックは、肺に溜まった空気を吐き出し、額に浮かんだ汗を拭った。そして独りごちる。


「俺は死にたがりのあんたとは違う……俺には、これしかなかったんだ……! 諦めきれるかよ!」


 手に握った拳銃へ視線が移る。鏡のように磨き上げられた金の装飾に、野心に輝く目が反射していた。


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