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50 Life’s but a walking shadow

『お兄ちゃん、パンを焦がしたでしょう』


『焦がしていない。少し火に愛されすぎただけだ』


『そういうのを焦げたって言うの』


 ノヴェレル劇場では、『ありふれた兄妹』が上演されていた。リセラが演じる妹が、兄を演じる役者と小さな言い合いをしている。とても自然で、本当の兄妹のように見える。観客たちの視線は、リセラに釘付けにされていた。


 そんな観客たちの中に、ジョンの姿があった。感心する観客たちの中にあって、その悲痛な顔はひときわ目立つ。彼だけが、今リセラが演技の中に何を隠しているのかを知っていた。


 今まさに兄が死のうというこの時に、兄ではない人間を兄と呼び、仲睦まじく見せる。笑顔を見せる。一体どれほどの決意が、あの小さな少女の中に宿っているというのか。


 ――なら、自分は? ジョンは自問する。自分はどうだ。彼の願いを拒絶し、ここでただ眺めているだけの自分は? このままここにいて、一体、この先どんな顔をして生きていくというのか……!


 ジョンは立ち上がった。自分が行ったところで何も解決はしないだろう。だがせめて、彼の願いだけは叶えてあげなければならない。ジョンはまわりの客にたしなめられる前に身をかがめ、走り出す。劇場の外へ。


 一瞬、舞台へと目を向ける。――リセラと目が合った。咎めるような視線ではなかった。


 リセラはすぐに目を舞台に戻した。ジョンも舞台へ背を向ける。黒い骨を目指し、ジョンは駆けた。




◇◆◇




 炎に包まれた屋敷の大広間。崩れ去った天井の残骸の山に動きがあった。何かが這いずるように蠢いたかと思えば、瓦礫の下から突き出たのは人間の手。右手、左手、そして瓦礫を押し退けて起き上がる身体。


 残骸から現れたのは、ブレインだった。ブレインは状況を把握するように周囲を見渡す。


「俺はまだ、生きているのか――うっ!」


 突如腹部を襲った激痛に呻き、ブレインは腹部を押さえた。見れば、自分が愛用していた杖が己の腹部を貫いている。


 ブレインは笑った。そして杖に手をかける。激痛に喘ぎ、歯を食いしばり、杖を引き抜いた。血が吹き出る。止まることはおそらくない。致命傷となるだろう。だがブレインは気にしなかった。どうせ死ぬことは決まっているのだから。


 腹を押さえながらよろよろと立ち上がり、ブレインは杖をついて、何とはなしに歩き出す。しばらく歩くと、あるものがブレインの目に入った。それは、落とされた人の首。酸化した血液のような黒髪。満面の笑みを湛えた、アームの生首だった。


 ブレインはしゃがみ、彼女の頬をそっと撫でた。愛おしむように。


「君の夢は叶ったようだな。……ッ!」


 その時、強い目眩がブレインを襲う。その場でよろめくブレイン――しばし目眩に苦しめられる男に、かけられる声があった。


「あなたがそんなに弱っている姿。初めて見たわ」


 聞き覚えがある声にはっとし、ブレインは目眩も忘れて頭を上げる。声の主は――アームの生首だった。首から下のことなど何もなかったように、変わらぬ笑顔でブレインを見上げている。


「アーム、生きているのか……?」


「そんなことはどうでもいいの。ねぇブレイン? あなたはこのままおとなしく死ぬの? 死ねるの? 劇の幕切れにしてはあっけなさすぎるんじゃない?」


「戦えというのか? だが、兵士たちもただの市民だ。傷つけられない」


「――彼が来るわ。あなたのすべてを受けとめてくれる、あの子が」


 ブレインは目を見張る。アームはいたずらっぽく微笑んだ。


「これはあなたの戯曲の終章よ。もっと華々しいものにする権利はあるはず。座して死を待つなんてあなたらしくないわ。先がないと知りながらも足掻き、もがいてきたのがあなたでしょう……? 行きなさい、ブレイン。何の意味もないとしても、飾る花には美しさがあるわ――」


 アームの言葉を聞き終えた瞬間、再びブレインを目眩が襲う。収まり、再度アームの顔に視線を向けるも、生首はただの遺骸になっていた。


「出血による幻覚の類いか……当たり前だ。首を落とされて生きているわけがない……だが、もしかすると君ならと思ってしまうよ」


 ブレインはアームの頬を最後にもう一度撫で、そばに落ちていたマチェーテを拾い、立ち上がる。


「そうか……そうだよな、アーム。飾ろうか。劇の終幕を彩る、徒花を」


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