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第一話 密命の始まり


「ヒューデリカ・フォン・オレルアン!

 今この場を持ってお前との婚約を破棄する!」


 高らかに響く青年の声で、私は目を覚ました。

 いや、目を覚ました、というには語弊がある。

 意識はずっとあった。目は開いていた。現状も理解している。

 広く煌びやかなパーティ会場。その中心に私は立っていて、私の目の前には険しい表情をした整った造作の金髪に碧眼、白を基調とした装束を纏った18歳くらいの年頃の男性と、その腕の中に抱かれて「わたし悲劇のヒロインです」と言わんばかりの顔をした亜麻色の肩より少し長いくらいの髪の可愛らしいドレス姿のご令嬢。

 もちろん誰かだってわかっている。

 この国の王太子、アーノルド・クラン・クラリアット殿下と、最近その王太子殿下と親しい男爵令嬢ビビアナ・リオン。

 その周囲でこちらを軽蔑したまなざしで見てくる着飾った貴族のご令息やご令嬢たち。

 今は王宮で開かれた王立魔法学院の卒業パーティ真っ只中で、その凡人令嬢の肩を抱いている王太子は私こと、ヒューデリカ・フォン・オレルアンの婚約者だった男、である。

 じゃあなんの目が覚めたって? 百年の恋が冷めたって?

 いや百年の恋も冷めたけど、そういう意味じゃない。

 私の脳内は混乱中。それもそのはず。


(ここ、漫画の『運命のステラ』の中じゃないか!!!)


 そう、「前世の記憶が戻った」という意味である。

『運命のステラ』。前世で私が好きだった少女漫画である。

 その内容は平凡な男爵令嬢ビビアナが街で偶然出会ったお忍び中の王太子アーノルドに助けられて恋をし、その後入学した学園で再会。波乱と身分差を乗り越えて結ばれる恋愛物語。

 私はその世界に転生したとしか思えない展開だ。

 もっともついさっきまでその前世の記憶はなかった。だからアーノルドの婚約破棄宣言は寝耳に水──ではなく、完全に筒抜けモロバレだった。

 アーノルドがビビアナに恋をし、婚約者の私を蔑ろにし逢瀬を重ねていることも、ビビアナが事実無根の「わたしが気に入らないヒューデリカ様に嫌がらせされている」冤罪の証拠ねつ造ももちろんばっちり知っている。

 私、というかヒューデリカは誓ってビビアナに嫌がらせや意地悪なんかしていない。まあ、婚約者のいる男とあまり親しくしてはいけません、と注意くらいならしたが。アーノルドに「ビビアナ嬢と親しくしすぎではないか」と苦言を呈しもしたが、そのくらい当然じゃない?

 自分の婚約者がほかの女にうつつを抜かして一緒に外出したりあまつさえ学園でベタベタくっついたりしているのだ。そりゃ一言二言どころじゃなくなんか言いたくならない?

 注意に留めたヒューデリカはだいぶ我慢したと思うよ?

 なのにこの様子では効果がなかったらしい。アーノルドはビビアナが吹き込んだ嘘を信じ込み、ヒューデリカがビビアナにひどいことをしたと並べ立てている。

 それを聞いてお前に幻滅した。従って婚約を破棄しビビアナと婚約する、とも。

 周りの貴族令嬢令息たちもそれを信じ切ってヒューデリカに軽蔑したまなざしを向けている。

 だが残念だったなビビアナよアーノルドよ。生憎と根回し済みなのはお前たちではない私だ。

 当然私にはヒューデリカの記憶もある。ヒューデリカは早々にビビアナの行動に気づき、嘘の証言でビビアナがヒューデリカに冤罪をかけた証拠をしっかり作った。

 その上で婚約者がいながらの王太子の不義の証拠もばっちり証拠を掴んでいる。

 ヒューデリカの家は公爵家。それも父親はこの国の宰相を務め、この国を裏から牛耳ると言う噂すらある傑物。王家と言えど粗雑に扱える存在ではない。

 従ってヒューデリカが集め、用意した証拠を提示すればアーノルドは最悪廃嫡。ビビアナはお家お取り潰しの上修道院送りにでもなるだろう。

 そう、私がその事実さえ口にすれば────!


「申し上げることは、なにもありません」


 そう、私がその事実を口にさえすれば、ね。


「ビビアナへの加害を認めないつもりか!」


 やっていないことを認める気はない。だが、集めた証拠を提示する気もない。

 そう、この場では。

「なにか言うことがないというなら、ビビアナの言ったことが真実だと認めるんだな!?」

「この場で、申し上げることはございません」

 私は同じ言葉を繰り返す。それにアーノルドがこちらを指さし叫んだ。

「お前の罪は明らかだ! 従ってお前を辺境へと追放する!」

 勝ち誇った顔でアーノルドが言います。その腕の中でビビアナも勝ち誇り顔でしたうわムカつくぅ。




 その後、パーティ会場を(アーノルドによって)追い出された私というかヒューデリカは、王宮の貴賓室のソファでほっと一息吐いた。

 詰めが甘いのよねえあの王太子。マジで自分の言う通りヒューデリカが追放されるならこんなところに案内されてないっていうのに、そこ確認しないんだから。

 しかし、ビビアナの行動は妙だな、とは思った。

『運命のステラ』のビビアナは誓って冤罪で恋敵を追放する性悪ではない。漫画のヒューデリカ自体、悪役令嬢と読者には言われていたが全くビビアナに意地悪などしない、正々堂々と戦う恋敵だった。

 これ、もしかしてビビアナも異世界転生してない?と考えた時だ。

「待たせたな。ヒューデリカ」

「お父様、と」

「久しいなヒューデリカ嬢」

「お久しぶり」

 室内に入ってきたのは華やかな装束を着こなした四十代ほどの偉丈夫と、それと同世代くらいの貫禄のある美しい男女。

 前者はヒューデリカの父、オレルアン公爵。そして後者はこの国の国王と、その王妃。つまりあのアーノルドの両親である。

 三人はソファに腰掛けると、まずヒューデリカの隣に腰を下ろしたオレルアン公爵がヒューデリカに声をかけた。

「よく我慢したなヒューデリカ。証拠なら全て抑えているのだから、お前ならアーノルド殿下に『追放する』宣言などさせなかったはずだろうに」

「ええ、まあ…」

 ヒューデリカ、というか私は苦笑するしかない。

 ソウデスヨネー。ヒューデリカは気が強いけど気が強いだけじゃなく用意周到な「敗北? そもそも攻撃が最大の防御ですが? 逃げ道なんて用意してあげませんけど?」という苛烈で最強なメンタルの持ち主ですもんね。大人しく白旗揚げる性格じゃない。

 そう内心引きつった笑みを浮かべていたら、向かいに腰掛けた国王が深々と頭を下げた。

「本当に申し訳ない。ヒューデリカ嬢」

「へ、陛下! 頭をお上げください!」

「いや、これは父親である私の落ち度だ。私の育て方が悪かった。あんな見え透いた嘘に騙され、長年支えてきた婚約者を追放するような息子に育てた覚えはなかったというのにあのアーノルドのていたらく…」

「それはわたくしの落ち度でもありますわ。嘆かわしいこと。あんな気品も教養もない小娘に籠絡されるなど…」

「王妃陛下まで…」

 私も公爵も完全に狼狽してしまう。まさか国王夫妻に頭を下げさせるなんて。

「その上で、ヒューデリカ嬢と公爵に改めて頼みがある。

 ヒューデリカ嬢を、アーノルドの言う通り辺境に行かせたい。

 無論。卒業パーティの前にヒューデリカ嬢が念のため私たちに委ねた証拠には全て目を通してある」

「例の、密命ですね」

 そう、実はパーティが始まる前に冤罪の証拠は国王に渡してあった。

 そこで国王と王妃に言われたのだ。


『アーノルドはおそらくそなたを辺境に追放するだろう。

 今は大人しく、それに従って欲しい』


 そう、頼まれた。オレルアン公爵令嬢にそう頼むなら、よほどのことだ。

「陛下はアーノルド殿下の追放宣言を体よく利用するおつもりなのですな?」

「その通りだ。あのパーティには多くの貴族家の子息子女が参加していた。そのパーティで実際に起こったこととなれば、貴族社会にすぐ伝わろう」

「………なるほど」

 国王とオレルアン公爵は静かに、しかし悪巧みでもしているかのような顔で話している。王妃も既に承知済みなのかわかりきった涼しい顔だ。

 私はヒューデリカの記憶をたぐり、そしてある結論に至った。

「つまり、今貴族社会で話題となっているハミルトン辺境伯の跡継ぎ問題をこの機会に解決したい、と?」

「左様だ」

 私の問いかけに国王は「さすがはヒューデリカ嬢。すぐ理解したか」とばかりのご明察顔で頷いた。


 ハミルトン辺境伯。


 このアストリア王国の辺境伯であり、日々この国に侵攻を試みる隣国を圧倒的な武力で退けてきたこの王国の守護神、人呼んで「アストリアの双璧」。

 アストリア王国の東を守る辺境伯と合わせ、いつしか人は王国の西を守護するハミルトン辺境伯をそう呼んだ。

 本人も圧倒的な強さを誇り、かつ50代になっても衰えぬ整った見目で彼を慕う貴族女性は多いがそれを気にも留めない一途な愛妻家。そんな彼の唯一の欠点は、跡継ぎに恵まれなかったこと。

 愛する妻は病で早くに子を産めぬ身体となり、親族やほかの貴族から跡継ぎのため後妻を迎えろと迫られながらも妻への愛を貫き、彼が妻と離縁したという話や愛妾を作ったという話は全く聞かない。

 ハミルトン辺境伯は表向き、「息子はいるが身体が弱く外にはまだ出せない」と言い張っているそうだが、それが嘘だと言うのはもうほとんどの貴族がわかっている。

 それにつけ込んで名乗りを上げたのがマゼイラ公爵一派だ。マゼイラ公爵一派は噂では隣国と繋がっているという話もあり、王家や我が父オレルアン公爵も警戒している。

 その一派がハミルトン伯爵を辺境伯の座から退かせ、自分たちの一派から次期辺境伯を出すと言っているのだ。

 明らかに危ない。もしそうなれば国内に敵を招き入れるようなもの。そもそもまだ健勝であり長年アストリアを守ってきたハミルトン伯爵を追いやる理由にならない、と思っていたが現在アストリアの貴族社会ではある噂が広まっている。

 ハミルトン辺境伯はご病気で、もう長くない──という噂だ。

 これが事実ならばすぐにでも代わりとなる者に辺境伯の任を任せるしかない。自身は病。かつ跡継ぎはいない、となれば常勝を誇り国の守護神と呼ばれたハミルトン辺境伯でも分が悪い。つまり、国を守るにはなんらかの打開策が必要だが、なにか動きがあればまずマゼイラ公爵一派が黙っていない。隣国と繋がっているという噂はほぼ真実だ。そんな一派がハミルトン辺境伯を守る策を見逃すはずがない。つまり、誰の目にも明らかな“偽りの建前”が要る。


(つまり、その建前としてアーノルド殿下の私の追放宣言はちょうど良い、ということか)


「わかりました。陛下」

 先ほどとは打って変わったよく響く朗々とした声で、ヒューデリカは答える。

 立ち上がり、ドレスの裾を摘まんで一分の隙も無い淑女の礼をし、


「このヒューデリカ・フォン・オレルアン。

 そのお役目、見事果たしてごらんにいれましょう」


 そう口にした気高き令嬢を誇らしげに眺め、国王は頷く。

「それでこそヒューデリカ嬢。

 この大任、任せたぞ」


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