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第二話 鳴くようぐいす辺境伯

 さて、そんなこんなで私、ヒューデリカは馬車でハミルトン領へと向かっていた。

 表向き、オレルアン公爵家からも勘当された、という風を装って。

 もちろん馬鹿正直にハミルトン領に真っ直ぐ向かったりしない。途中で馬車を乗り換え、ハミルトン領民でも知る人ぞ知る裏道を使って領内に入る予定である。

 もしヒューデリカを尾行する人物がいるとしたら、現状考えられるのはちゃんとヒューデリカが追放されるか確認したいビビアナの手の者か、オレルアン公爵家に対し良からぬことを企む輩かのどっちかで、さすがにヒューデリカの追放がハミルトン辺境伯の跡継ぎ問題解決に繋がるとはマゼイラ公爵一派も考えないだろう。だってあれ、完全に馬鹿王太子の突っ走りだし。騙したビビアナはただの王太子と恋して玉の輿くらいしか考えていなさそう。

 その追放を止めず一人娘を勘当したオレルアン公爵に多少は訝しみはするだろうが、アストリア王国を裏から牛耳るという噂すらある力を持つオレルアン公爵家の力が削がれるのは願ったり叶ったりなので疑いは、


(ああ、オレルアン公爵の弱みとして、私を誘拐、とかは企みそうだな)


 そんなことを考えたのは、馬車が急に停まって御者の悲鳴が上がったからだ。

 ビビアナの手の者っていうのはまずない。あの小娘にどうにか出来るのはそこらのごろつきくらい。馬車には護衛もついていた。そこらのごろつきにやられるほど、オレルアン公爵家の護衛は柔ではない。

 護身用に持たされていた短剣を後ろ手に持ち、馬車の扉が開くのを待つ。

「申し訳ありません。崖から落石がありまして、先に進めないようなので迂回致します。お怪我はありませんか?」

 そう、不意に外から男の声が聞こえた。そう、聞き覚えのない男の。

 見え透いた手だ、と思った。

「いいえ、大丈夫よ」

「左様ですか。しかし万一のことがありますので、確認させていただきたく」

 さて、開けるか開けないか。すぐに殺される、はない。なら不意打ちはないと考えるべきか。

 そう考えて、「わかったわ」と答える。そして扉の鍵を開けた。

 瞬間、扉が外から開けられる。同時にヒューデリカは強く床を蹴って、馬車を飛び出した。一瞬ぎょっとしたように目を瞠った男の顔は、頭上から見た。そう、床を蹴って跳んだ空中から。

 整った和風の顔立ちの、糸目の二十代頃の男。

 そのまま風魔法で自身の身体を加速させ、男の懐に飛び込む。そのまま風の加速を使って体当たりした、が、男の身体は予想外にびくともしなかった。


(なんて、予想外なわけあるか!)


「おぉーっと思ったよりお転婆な姫さんで!

 ちょっと大人しく…!」

「ヘイお兄さん。後ろ危ないよ?」

「…っ」

 瞬間、背後で膨れ上がっていた火球に男が一瞬遅れて反応する。その隙に、思い切り風の加速込みで振り上げた短剣の柄で、男の頭をぶん殴った。

 細身、とまでは行かないが優男風な体格の男の身体が地面に倒れる。

 ふわ、と風の力で浮かんで地面に足を降ろす。ドレスの裾が広がった。

「…ふう。……あら?」

 一息吐いてから、目を瞠る。御者も護衛も馬車の周囲に倒れていたが、気絶しているだけだ。息はあるし負傷もしていない。


(マゼイラ公爵一派の手の者なら、殺しているはず。ということは…)


「いやぁ、参った! 驚き驚き!」

「っ!」

 自分以外誰も立っていないはずの崖下の小道、深い森に囲まれたそこで聞こえた声に反射的に振り上げた短剣の切っ先は相手の首に押し当てられた。

「いやぁ、驚いた本当に。箱入りの公爵令嬢かと思ったら、意外に武闘派じゃなぁ~い?」

「あなたは、もしかしてハミルトン辺境伯の使いかしら?」

 首に短剣を押し当てられたままにこにこと笑うあの糸目の男は、服こそ汚れているものの怪我はしていなさそうだ。おかしいな。骨くらい折るつもりで体当たりしたのに。

「そうっすよ。さすがのご慧眼。ところで、今物騒なこと考えたでっしょ?」

「具体的には?」

「骨くらい折るつもりだったのに、とか」

「あら、ご明察ね」

「怖~」

 やけに軽い男だな、とは思ったがこうして立っているだけでも一分の隙も見えない武人の佇まいだ。先ほどの隙はわざとか? 自分の腕を見定めたか?

「で、具体的に内臓をぐちゃぐちゃにするつもりで体当たりしたのですけど、なぜご無事なのかしら?」

「だから怖いって~。まあそれは企業秘密で☆

 それよりお嬢! 今のうちにこちらへどうぞ!」

「答える気はないってこと? この短剣が見えないかしら?」

「迷いなく頸動脈に突きつけて脅す度胸、嫌いじゃないっす~。

 でも、あの体当たりが効果なかった俺に、通用すると思うほど愚か者のお嬢じゃないっすよねえ?」

 軽薄なしゃべり方だが、言っていることはごもっとも。

 どんな方法かはわからないが、あの体当たりで効果がなかったなら短剣ごとき、傷をつけるのは無理だろう。

「わかったわ」

 ため息を吐いて短剣を放る。からん、と石の地面に転がった短剣を見もせず、「で、どこにご案内してくださるのかしら?」と尋ねた自分の手を取って、

「騎士の礼がないことは多めに見てくださいね~。見張ってた奴らはさっき御者さんたちを気絶させるついでに殺しといたんですけど、急がないといけないのは事実なんで~」

 とさらっと言った。もちろん胡散臭い糸目の笑みのまま。




 あの後、男についていくと坑道にたどり着いた。坑道の中に入ると馬車一台が通れるくらいの広さの道がある。そのまま向こうが用意した馬車に乗って無事ハミルトン領のハミルトン辺境伯の邸宅に到着した。

「お館様。お嬢をご案内しました~」

 吹き抜けの階段が伸びるエントランスホール。階下であの男と一緒に待っていた自分の視線の先に、ゆったりとした動きで一人の男性が姿を見せた。

 これはまた、と一瞬見惚れる。父とは違ったタイプの精悍な顔立ちに長い白髪交じりの黒髪を後ろで一つに束ねた屈強な体格の偉丈夫だ。これは、年の差があっても「後妻に」と思う女性がいるのも無理はない。

「全く、客人の前でくらい騎士らしい振る舞いが出来ないのか貴様は」

「あはは~、すみませんこれ生まれついてのもので~」

「真面目という言葉とは対極にいる男だな」

「あっすみませんそういうの母親の腹の中に置いてきました~!」

 なんかあの糸目男が相変わらず軽薄な態度でへらへらしてる。

 でも観察しているとわかる。軽薄そうに振る舞っているけど、嫌な感じはない。こう、打算とか下卑た目線や含みが一切感じられないのだ。なによりこのハミルトン辺境伯が信頼してそばに置いている騎士ならば、信頼出来る人物なのだろう。

「遠路はるばるようこそ。事情は全て聞いている。

 災難だったな。オレルアン公爵令嬢」

「いいえ、結果的に国の危機を救う一助となれるのでしたら願ったり叶ったりです。なんなりとお申し付けください」

「さすが肝が据わってるお嬢!」

「あなたには言ってない」

「厳し~」

「ハミルトン伯爵。なんなりととは申しましたが、先にこの男を黙らせていただいても?」

 あ、しまったつい本音が出てしまった。だってうるさいんだもの。

「ヴァンデッシュ。控えろ」

「はぁ~い」

「騎士の返事についていっぺん骨の髄まで叩き込んだほうが良いようだな貴様には」

「あっはっはぁ~それやられたら死んじゃうんでやめていただけるとぉ~」

「なら黙れ」

 糸目男──もといヴァンデッシュというらしい──はやっと口を閉じて騎士の佇まいでヒューデリカの斜め背後に立った。

「それで、事情は全て承知の上でここに来たと考えてよろしいか?」

「はい。先ほど申した言葉に嘘はございません」

「まだ儂がなにを言うかもわからぬうちから、噂通り肝の据わった令嬢だ。

 さすがはそれでこそオレルアン公爵令嬢。

 ──ならばお命ちょうだいしても構わぬか?」

「無論、」

 もちろん気づかなかったわけもない。エントランスホールに入ってから感じていた、ハミルトン伯爵から感じる殺気に。

 瞬間、風の魔法の力を利用し、身体が目にも留まらぬ速さで加速する。その力で一気にハミルトン伯爵の頭上まで飛ぶ。そのまま手に持った剣を振り下ろしたが一瞬早く反応したハミルトン伯爵が素早く引き抜いた剣で防ぐ。

「お見事! ですが!」

 ぱっと剣を手放す。頭上からかかっていた重みを失ってわずかに前に身体が傾いだハミルトン伯爵の肩を切り裂く。そう、風の刃で。

「風に実体は、ございません」

 地面に着地して不敵に微笑んだ自分の視線の上で、同じようにハミルトン伯爵が笑った。

 その肩からは出血していない。例の力で防いだか!

 壁から出現した岩が、自分めがけてこちらに飛来する。それを風のバリアで弾き飛ばし、風の刃を爪に生やして伯爵に斬りかかった自分と、剣を振り上げた伯爵の間に即座に割って入り、両手持ちの剣で二人の剣(と風の刃)を防いだのはヴァンデッシュだった。

「ちょっとぉ~、俺に大人しくって言いながら伯爵が楽しくなっちゃってんじゃないですかぁ~。このまま続けたら殺し合いになるっすよ~? わかってますぅ?」

 殺されかねない場面に割り込んで明らかに伯爵と同格の武人の技を持って戦いを収めておきながら、口から出るのはあの軽薄な響きの言葉。

 それに、不思議と少し安心してしまった。しまった。自分も我を忘れていた。

「失礼致しました」

「いや、こちらこそ一瞬我を忘れた。すまなかったな。ヒューデリカ嬢」

「いえ、伯爵の守護神と名高いお力の一端、垣間見させていただけたこと光栄至極にございますわ」

「ははは! 殺されかかってそう笑顔で言ってくるご令嬢は初めて見た!

 そうこなくては!」

 佇まいを正して一礼したヒューデリカに、伯爵も豪快に、今度こそ本当に楽しそうに笑って上機嫌に答える。

「貴殿ならば我が息子役として不足はない! 頼んだぞ!

 ヒューデリカ嬢!」

「は、お任せを。伯爵」

 もうわかっている。今のは伯爵なりの、自分の力の見極めだ。

 ヴァンデッシュが最初にやったのもこの一貫なのだろう。

 自分が任されたのは、ハミルトン辺境伯の跡継ぎ息子を演じること。

 国の守護神と名高いハミルトン辺境伯の跡継ぎならば相応に戦える武人でなくてはならない。だが私は前世、剣道を学んでいた。家が剣道の道場だったのだ。そのため四段まで極めることが義務とされた。それに加えて、ヒューデリカもまた武術を習っており、かつ秀でた特殊な魔法の力があった。

 だからこそ国王は自分に白羽の矢を立てたのだろう。

「さて、では来ていただいてすぐで申し訳ないが、明日、この領で夜会が行われる。その夜会に儂の息子として参加して欲しい」

 それが、最初に課された仕事だった。




 ヒューデリカ用に用意された部屋は広くしつらえも立派で、さすがは辺境伯の館だと思う。使用人の質も高く、誰もヒューデリカを色眼鏡で見なかった。使用人の多くが貴族家出身。もう王太子の追放宣言は耳に入っているだろうに。

 ヒューデリカは夕食後、自室の鏡の前で長い髪を梳かしていた。

 長いピンクブロンドの真っ直ぐな髪、榛色の瞳、雪のように真っ白な肌、羞花閉月と謳われる美貌。難点と言えば気が強そうな顔立ちというところか。

 大方、かわいげがないと思われたのだろうな。と考える。

 政略結婚だった。それでも相応の好意はあった。以前は優しく微笑みかけてくれていたアーノルドがいつからかあの小娘のことばかりになっていく姿に、傷つかなかったわけじゃない。


(まあ、あっさりあの小娘の嘘に騙された時点で百年の恋も冷めたけど)


 国王はマゼイラ公爵一派がアーノルドを担ぎ上げているとも言っていた。馬鹿な王太子は操りやすいだろう。

 そう考えていた矢先、扉がノックされて視線を向ける。まだ寝間着ではないから、出ても問題はない。

「どうぞ」

 そう返事をすれば、「失礼しま~す」とあの軽薄な声がして扉が開いた。

「どうもこんばんはぁ。お嬢」

「その、お嬢って言うのやめていただける?

 私はこれから男の振りをするのよ?」

「もちろん人前ではちゃんと呼びますよ。でも盗み聞きの心配もない場所でくらいいいじゃないっすかぁ」

 へらっと笑ってヴァンデッシュは言う。あの伯爵も呆れていたくらいだし、この振る舞いが標準装備の男らしい。

 だが、やはり見た目は良い。病的なほどに白い肩よりやや短い髪に真紅の瞳。身長は180㎝ほどだろうか。細身というほどではないが優男的印象を与えるが、身体付きは鍛えられているのが服の上からでもわかる。

「あなた、あのとき私を試したわね?」

「あはは~、わかっちゃいました?」

「だって、止めるだけの割には動きが本気だったもの」

「よくおわかりで! さすが、『護法の風』の力!

 俺、あれを体験してみたかったんすよぉ」

 ヒューデリカの使う風魔法は普通の風魔法とは違う。

 呪文も必要としない、風の精霊からの加護。その力はオレルアン公爵家と王家の、国王と王妃しか知らないことだ。それ故に、ヒューデリカは王太子の婚約者に選ばれたのだから。

 この国には四精霊の加護を受けた人間がいる。一つ一つの精霊の加護を受けた人間が合計四人。そのうちの一人がヒューデリカであり、土の精霊の加護を受けた人間がハミルトン伯爵である。そのあたりも、マゼイラ公爵一派が簡単に伯爵を排除できなかった一因だ。

「満足したなら結構。それで、なんの御用かしら?」

「本題に入るのが早い~。もうちょっと会話を楽しみたかったのに~なんて。

 では、改めてご挨拶を」

 おちゃらけて言ってから、ヴァンデッシュは騎士の一礼をしてヒューデリカの前に傅いた。

「これよりヒューデリカ様付きの護衛になります。

 ヘイゼル・ヴァンデッシュ。

 以後、よろしくお願い致します」

 その言葉に固まった。待って、護衛って、つまり。

「これで四六時中一緒っすね! お嬢!」

「ああああああつまりそういうこと~!!!」

 立ち上がってにっこり笑顔のヴァンデッシュに、思わず頭を抱えたヒューデリカだった。




 そしてその翌日の夜、ハミルトン伯爵の別邸で開かれるパーティには、伯爵の子息が初お目見えとあって多くの近隣に住む貴族が集まっていた。

「さて、行きましょうか。

 ヒューザリオン様」

「ああ、わかっている」

 別邸の前に停まった馬車から降りたヒューデリカの装いはいつもとは大きく異なる。

 ピンクブロンドの髪は漆黒の長い髪に、榛色の瞳は灰色の瞳に、女性らしい丸みを帯びた肢体は男性らしい鍛えられた身体付きに。

 これは王家の家宝であるブレスレットの力だ。このときのため、ヒューデリカは国王から家宝を預かっていた。


 ──性別を変える魔法具。


 この力で男性へと変わったヒューデリカは魔法で髪と目の色を変え、ヒューザリオンと名を変え、この夜会にハミルトン辺境伯の跡継ぎとしてお目見えする。

「さて、行くぞ。ヴァンデッシュ」

「は、我が君」

 いつもの軽薄さはどこへやら。騎士らしい振る舞いで一礼をしたヴァンデッシュは、前を歩くヒューデリカの後を追い、ゆったりと歩き出した。



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