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▼第六十九話「神鋼錬体訣」




 巨大な炉の前で、二人は黙々と作業した。アヌビスは火力を維持するために霊薬の気でつくった炭を上から投げ入れ、ラーは風を起こす武功で、その炎の熱をさらに高めた。

 あれほどのショックを受けたあとだったが、アヌビスは仕事に集中することでむしろ、心の平静を取り戻した。


 半日経ってようやく、「頃合いだ」とラーが言った。炉の熱が凄まじく、均整の取れた筋肉の上に、汗の玉が浮いていた。「まずはノロを出す。よく見ておけ」ノロというのは精錬過程で生じる、不純物のことである。

 ラーは手刀を軽く降り、衝撃波を発生させると、炉の一部に穴を開けた。


 炉のどてっ腹に開いた大きな穴から、オレンジと黄色に灼熱する、溶岩のようなどろどろとした粘体があふれ出してきた。この不気味だが美しい高温の塊こそ、黒い鎖など呪詛だったものであった。

 ラーは赤い髪を炎に光らせながら、高温の排泄物に見入っていた。賢しい学者のような目である。史上最強の強者にはとても見えぬ、美しい横顔だった。


 ノロがすべて流れ出たら、次は炉を破壊して、熱されたチャクラを取り出す段階に移る。


「アヌビス、お前のチャクラだ。お前がこの炉を壊せ」

「あ、ああ……!」


 炉の中身を窺い知ることは、誰にも出来ない。ここは祈るのみである。

 うまくいっていますように、と願いながら、アヌビスは禁剣カドゥケウスを抜き放った。


 光を集めた剣が、その真の姿を解放する。


「五山燎火剣功・第一招式<火神舞曲剣(かしんぶきょくけん)>ッッ!!!!」


 巨大な炎の刃が、気煉瓦の炉を襲う。それはすさまじい轟音と衝撃波をあげながら、炉のブロックを破壊し、粉々にする。そして、数十メートルもの高さでそびえていた炉が、瞬く間に瓦解し、崩れ落ちた。


 それは、思いがけぬ威力であり、これまでのアヌビスの技の境地とは雲泥の差であった。


(あれが、俺から……?)


 第三位階に達し、神器まで得たアヌビスの武功は、それまでの水準と比べ、はるかに進歩していた。

 それに加え、霊薬からブロックを製作したり、運んだりしていたことが、予想外の副作用を産んでいた。

 気を意識すること、扱うこと、練ること、放出すること。それらを繰り返すうちに、成長していたのだ。


「この一連の作業も修練だったのか……!」

「最初から修練だと言っておるのに、人の話を聞かん奴だな」さすがのラーも呆れている。

「いまいち信用できねえんだよなあ」

「お前、ナイルの至尊に向かってなんてこと言いやがる!!」


 しかし、ラーも小言ばかり連ねるつもりはない。いまの技の水準は、称賛に値する。


「ま、しかしだ。いまのは筋がよかったぞ。第一招式は完全に手の内に入れたようだな」ラーは意識して控えめに褒めた。褒めようと思えばいくらでも褒めてしまいそうだった。「舞いをやったのも招式の理解につながったようだな」

「ああ、不思議だな。武功と関係ないと思っていたことが、結局繋がっているなんて」

「そういうものだ。すべての経験は繋がっているのだからな」


 有望な後進が何かを掴み取っているのを見て、ラーは微笑した。


「俺、どんどん強くなってる」とアヌビスは自らの手をまじまじと見た。


 永遠に強くなれない宿命から逃れられたことが、改めて心を動かした。


「ああ、その通りだ。お前は強くなっている。それも猛烈なスピードでな」一瞬だけ、ラーはアヌビスを愛でる目をした。しかし、すぐにその優し気な瞳の色を消した。「だが、真の強者と敵対するには、まだまだ力が足りない。それはお前もよくわかっているだろう」


 アヌビスは唾を飲み込んだ。思い当たる節しかない。


「だが、この二つ目のチャクラが、お前に新しい力を授けるはずだ」


 ラーは虚空摂物(こくうせつぶつ)の力を火鋏の代わりに用いて、ぐつぐつと煮え立つ封印されしチャクラを、崩壊した炉から取り出した。


 宙に浮いたそれは、真っ黒い奇岩のような、物々しい見た目であった。全体的にごつごつしていて、金属のような光沢が見られる箇所もある。元々見上げるほど大きかった巨大なチャクラは、炉の中で精錬されたことで、すでに一軒家程度の大きさにまで縮まっていた。

 とはいえ、まだまだ大きいことには変わりがない。


 二人は、あらかじめ霊薬の気で作っておいた巨大なハンマーを持った。

 このハンマーで奇岩にへばりついた呪詛の残り滓を剥がしていくのである。


「さあ、思いっきりぶっ叩くんだ!!」

「どうなっても知らねえぞ!! いいんだな!?」

「恐れるな、ゆけ!!」

「ああッッ、ちくしょうッッ!! どうにでもなれッッ!!!!」


 アヌビスは思いっきりハンマーでその岩を殴った。腕にびいんと反動が走る。すると、牛一頭ぶんくらいの黒い塊が、ボロっと取れていった。

 これは、相当な重労働である。ハンマーを振り回す力に、反動を内功でうまく調和させるテクニックが必要そうだった。この巨大な塊を前に、アヌビスは呆然と立ち尽くした。


「なにを考えている。その調子で叩きまくれ」

「手伝ってくれないのか!?」

「何事も修練だとさっき言っただろう」ラーは涼しい顔をしている。

「児童虐待だ!!」

「十七歳だろお前は」

「クソッッ!! 都合のいいときだけ十七歳扱いしやがって!!」


 その後もアヌビスはハンマーを振るい、次々と表面の黒い塊を叩き落としていく。次第にコツは飲み込めてきた。慣れてくれば、その作業は楽しいものだった。

 黒い塊はみるみるうちに小さくなっていき、周囲に破片が散らばっていった。


 やがて、両手で抱えられるほどのサイズにまで目減りした。


「あんなに大きかったのに、こんなに小さくなっていいのかよ?」アヌビスは手を止めて、心配そうに振り向く。

「そのぶん凝縮されていると思え」

「ちぇっ、ほんとかよ」相変わらず信用されていないラーだった。


 そして、呪いの残穢(ざんえ)の、最後の一片が剥がれ落ちた。


 そこに現れたのは、こぶし大の銀色の塊であった。

 かがり火を反射し、赤く光るそれは、本当に美しかった。


「ようやくすべてが剥がれ落ちたか。強固な封印だったな、まったく」とラーは頭を掻いた。娘イシュタルの凄まじいばかりの意志が感じられるような封印であった。


 アヌビスはその言外の意図に気付いた。

 そして、なにかを言いかけて、口を閉ざした。


 少しのあいだ逡巡したものの、結局は覚悟を固めた。


「なあ、俺の母親ってイシュタルなんだろ……?」


 銀色の塊を見つめながら、アヌビスは思い詰めた顔をする。


「なにか見たのか」

「まあ、ちょっとね」


 アヌビスは再び言葉を濁した。


 ラーはアヌビスの目を見ながら、落ち着いた口調で話してやった。


「お前がどんなことを体験したのか、お前が話してくれるまで待とう。だが、お前の母親も悪い女ではないのだ」


 そんなわけがあるか——怒りのあまり、銀のチャクラを蹴飛ばしながら、アヌビスはいまにも噛みつかんばかりの形相で吠えた。


「子供を捨てたうえに、封印までした女が悪いやつじゃないって? ふざけんのも大概にしやがれ!!」

「お前が怒るのも無理はない。お前の気持ちはこれでもわかっているつもりだ」

「そうかよ!! 勝手に理解してやがれ!!」

「だが、この世界は複雑なのだ。いまのお前には理解し難い人間が、数多く存在するはずだ。しかし、いずれお前にもわかるときがくる」

「そんなもん、永遠に来なくていい!! 俺は俺を捨てたイシュタルを許さないだけだ!!」

「無論、いまのお前ならそう言うだろう。それはそれでいい。だが、お前のなかの怒りをコントロールする方法だけは学べ。冷静さを欠けば、死ぬのはお前だ」

「ふん」とアヌビスは勢いでそっぽを向いたが、一理あった。「まあ、なんだ。怒って悪かった。やってみるよ」

「まったく、この馬鹿弟子めが」



 少し頭を冷やしてから、最後の工程に入った。

 アヌビスは、銀色の塊にハンマーを何度も打ち据え、形を四角に整えた。


 これで、ようやく完成だ。


 金属のような光沢のある、美しくも強靭なチャクラである。

 杉の巨木ほどにも大きかったものが、ついにはこぶし大にまで縮まった。


「これが、俺のチャクラ……!!」


 見るからに眩い、誇らしいほどの出来栄えである。


「炎の使い手なら、鍛冶を極めてこそだ。どうだ、この腕前は」

「すげえきれいだ、なんていうか、業物って感じ……」

「ほう、お前にもわかるか」ラーは鼻高々である。


 機嫌をよくしたラーは、深紅の瞳を光らせた。


「この性質のチャクラには、ぴったりの武功がある。それをお前に伝授しよう。その名も<神鋼錬体訣(しんこうれんたいけつ)>だ」

「おお!! 新しい武功!!」とアヌビスは目を輝かせた。

「内功や武功も重要だが、同じくらい肉体の力も重要だ。この武功は、外功(肉体)を鍛える、天下一品の神功絶学なのだ」

「す、すげええッッ!!」

「修練すれば、肉体の力のみで岩山をも吹き飛ばせるようになる。内功や武功が加われば、その力はさらに倍増するのは言うまでもない」


 喜ぶアヌビスを見て、ラーは複雑な気分であった。アヌビスの父にそれを伝授したときも、彼は同じような反応をしていたからだ。


「アヌビスよ、俺は時々、時間が止まってほしいと思うことがある」と思わずラーが口にした。

「どういう意味?」

「ふふ、お前も大人になればわかるさ」


(つづく)

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