27-5
ヴァネッサを交えて、三人による会話が弾む。
先生の変わらない笑顔、ヴァネッサの軽妙な言葉。その穏やかな時間に、私は少しずつ緊張がほぐれていくのを感じていた。
だが、そんな安らぎの時間はあっという間に過ぎ去っていく。
「だいぶ暗くなってきましたね…」
太陽は完全に沈み、星が目立ち始めた。
私は杖を取り出し、光らせる。
「もっと話をしていたいけど、そろそろ本題に入りましょうか」
「はい」
ディナトス様とナミも加わる。
「まず、条件は満たされましたので、カレン・カシマ氏の研究書をお渡しします」
シンシア先生は手提げ鞄をナミに渡す。
「ありがとうございます」
「一応、中身を確認して」
「はい」
ナミは鞄を開け、中身をあらためる。
「これは?…なんで…」
「ナミ、どうしたの?」
彼女は、鞄と私、そしてシンシア先生と視線を巡らせている。
「レーヴ様!」
「ナミ…」
シンシア先生は、口の前に人差し指を立てた。
「よろしいのですか?」
ナミの問いに、シンシア先生はただ静かに頷くだけだった。
「エレナ様。これ原本ですよ」
「え?」
渡される研究書は写本ということではなかったか?。
私は驚きと戸惑いを隠せないまま、ただシンシア先生の顔を見つめる。
「やはり、あなたが受け取るべきではないかと思い至ったのです」
「ですが…」
「カレンのひ孫が受け取る。何もおかしなことではなかろう?」
「ディナトス様まで…」
ナミは立ち上がり、深々と頭を下げる。
「ありがとうございます!」
「ナミ。頑張ってください」
「はい!頑張ります」
そう返事する彼女は目に涙を浮かべた。
「治癒魔法は王国の研究所との共同研究となりますが…」
「共同研究?」
「ええ。エレナから聞いていないの?」
「はい」
「すみません。まだ話していないのです…」
「あら、どうして?」
私の問いに、ナミは言い淀む。
「あまりことを大きくしたくなかったので…」
「意味がわからない」
「共同研究も、エレナ様とレーヴ様の再会が条件でして…」
そうだったのか…。
「エレナ様は、レーヴ様と会うことに、かなり慎重になってましたし、あまり心労をかけたくないなと…勝手に…すみません」
「そう…」
これは怒るべきなのか、褒めるべきなのか…。
「過ぎたことは、もういいんじゃないの?」
ヴァネッサが私の肩に手をおく。
「まあ、別にいいけど…」
「良い弟子を持ったな、エレナよ」
ディナトス様の言葉に、私は戸惑いを隠せない。
「弟子というわけでは…。私が持っている知識を教えているだけですので…」
「それが師であり、弟子なのだ」
「はい…」
私はいい師だろうか。自分の不完全な知識を教えているだけの私が。
「私はただ、シュナイダー様に言われたことを実行しているだけで…」
「シュナイダー?王国の英雄、レオン・シュナイダーですか?」
「はい」
「あなた、すごい人物とお知り合いなのね」
「まあ色々ありまして…」
「それで何を言われたの?」
「先人達がしてきたように知識や技術は後世に残さねばならない、と。それは義務であるとも」
「確かに、そうです」
シンシア先生は頷く。
「そして、教えられた知識、技術、それに本人自らが経験したことを後輩に伝えた時、魔法士として、人として完成するのだ、とも」
「…なるほど。さすがは英雄ですね」
ヴァネッサは苦笑いを浮かべている。
「あなたは、それを実行している。素晴らしいことです」
「はい…ありがとうございます…」
シンシア先生に褒められている?…。
この照れくさい気持ちは、孤児院で魔法を教えてもらっていた頃以来かもしれない。
「それで…話がそれてしまったけれど、共同研究はまだ先となるでしょう。共同研究と言っても、概要すら決まっていません。王国側の意見も聞かなければいけませんし」
「はい」
「ナミ。あなたには、カシマ氏の研究書を、まずは読み解く。これがあなたの仕事になります」
「はい。承知いたしました」
「大変かもしれませんが、よろしくお願いします。共同研究の準備が整い次第、連絡します」
「はい」
「読み解くため必要な物があれば手紙を頂戴。すぐに用意します」
「はい。ありがとうございます」
おそらく、私にナミを助けることは、ほぼないと思われる。
ナミには、茨の道となろうが、頑張って欲しい。
「これで、話は終わりね。わたしからは、以上です。ディナトス様は?」
「わしは特段ないな。目的は果たせた」
「そうですか。それでは、お別れということになります」
あっという間の再会だった。
もっと話をしていたい。
先生に会えなかった時間を埋めるように、先生に私の話を聞いてほしかった。だが、それは本来、叶わない願いだ。
この会合は、特別な計らいである。
「ちょっと、お待ちいただけませんか?」
ヴァネッサがそう言って、シンシア先生に近づく。
「何でしょう?」
「えっと…これは、あたしから言うべきことではないんですが…」
彼女はそう言って、私を見る。
何を言うとしているのか?
「今、エレナには転移魔法を研究させているんです」
ヴァネッサが何を言うとしてるのか、すぐに分かった。顔から血の気が引いていく。
「そうなのですか?エレナ」
「はい…。ヴァネッサ、やめて。それは、私が解決しなければいけないもので、先生に話す必要は…」
「聞くだけ聞いて、だめならそれでいいでしょ?」
「聞くこと自体が…」
私とヴァネッサの口論に、シンシア先生が割って入る。
「魔法に関することなら、聞かねばいけません」
「先生にお話しするようなことではなく…あっ…」
私は、ヴァネッサに引っ張られて、彼女の後ろに立たされてしまった。
「それで、エレナが研究している転移魔法がですね、中々完成に至らず、足踏み状態でして…もう一年になります」
「あら…そうですか」
「…」
恥ずかしさで、顔が熱くなる。火が出るのではないか。
「レーヴ様に是非、教えていただけないかと…」
「なるほど…。エレナ」
「はい…」
ヴァネッサの背後から出る。
「ヴァネッサの話は事実ですか?」
「はい…」
先生の声は穏やかで、怒っている様子はない。だが、それがかえって私をいたたまれない気持ちにさせた。
「お前は、習っておらんのか?」
「はい…申し訳ありません」
ディナトス様が驚いている。
「教練に関しては、受けても受けなくてもいいと…許可をいただいていまして…」
「許可を出したのは、私ですが…」
許可を出したのは、確かにシンシア先生だが、受けなかった自分が悪い。
「基礎教練を受けなかった私の責任ですので、転移魔法は自分の力で、完成させなければいけないと思っています」
「転移魔法は基礎ではなく、中等教練だがな。予備知識なしでは難しいぞ」
ディナトス様が、そう話す。
シンシア先生は、口元を抑えて何かを考えている。
「あなたが作った転移魔法の魔法陣を見せなさい」
私は未完成の魔法陣を見せるのが、恥ずかしかった。
完成していれば、胸を張って見せられるが、そうでない。
今のこの不完全な魔法陣は、私の力不足を物語っているようで、見せたくなかった。
「エレナ」
「はい…」
先生の真っ直ぐな視線に、私は観念した。
ためらいつつも、転移魔法の魔法陣を手のひらに展開させた。
シンシア先生とディナトス様が覗き見る。
お二人は、私の魔法陣を見て、視線を交わす。
「予備知識なしで、ここまで作れるとは…さすがと言うべきか」
「はい。エレナ、よくここまで作り込みましたね」
「はい…」
先生の称賛の言葉に、嬉しさと恥ずかしさが同時にこみ上げてくる。
「でも、転移先で、問題が起こるんですよ」
「余計なことを言わないで…」
シンシア先生とディナトス様が笑う。
「見ればわかります」
それはそうだ。魔法陣を見れば、何が問題なのかは一目瞭然なのだろう。
「教えて欲しいというのは、この問題の解決方法ですね」
「ありますか?」
「あります」
「あるってさ」
「わかっている」
当たり前だ。
ないわけがない。
「教えること簡単です。ですが、それでは身にならないでしょう」
と話すことは、答えは教えもらえない。
それでいい。
私自身が解決すべき案件なのだから。
「転移先の座標はあっていますか?」
「はい」
シンシア先生の問いに、私は迷いなく答える。
「本当に?」
「はい…」
再び問われ、先生の真剣な目に、私の自信が揺らいでいく。
座標設定は、何度も確認した。あっているはずだ。
「あなたは大きな見落としをしています」
「見落とし…」
なんだろうか?。
「あなたは、地図の中に住んでいるわけではないのですよ」
「はい」
それはそうだけど…。その言葉の真意が掴めず、私はただ戸惑う。
「よく考えなさい」
「はい」
「それとも…研究所に戻りますか?そうすれば、教練を受けることは出来ますし、答えも得られます」
「私は国外追放された身ですので、戻ることは…」
シンシア先生はご存知のはずだけど…。
「国王陛下が代替わりしたことは、知っていますね?」
「はい。ナミから聞きました」
「新しい陛下が即位されたことで、あなたには恩赦が与えれました」
「…え?」
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