岩の砦騎士団長・下
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バナンは会議室から出ると自分に弟子入りしてから日に日にたくましくなっていくアベルを呼んだ。
「アベル君、村で待ってる皆に知らせてくれるかな? 砦に入るようにと。あとタルンさんから預かった彼女の荷物も忘れずに」
「はい! お師匠」
「そのお師匠はよしてよ〜」
「でも格好いいじゃないですか」
「そうかな? ……じゃあ許可する!」
「はい! お師匠! では行ってまいります!」
アベルは元気に返事をして走って行った。
弟子を見送った後。
「……さてと彼女は〜」
――バチーン!
修練場から聞こえる激しい音に目を向けると訓練だろうか太刀と大盾を持った機械甲冑がぶつかり合う光景が目に飛び込みバナンは「お〜」と声がもれた。
太刀を持っていた機械甲冑が激しく大盾持ちを一方的に打ち続け怯んだスキをつき盾を蹴り飛ばして太刀を突きつけると大盾を飛ばされた機械甲冑は降参の合図を出して訓練は終わったようだ。
「あの機械甲冑はどう見てもハチさんのだな」
バナンは笑顔で呟くと修練場に向かってゆっくり歩きだした。
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機械甲冑の両膝を付いて待機姿勢に座らせた甲冑から降りたエリスは肩に汗を拭く為の手ぬぐいをかけたままうなだれていた。
「ううう……おっさんにも勝てない……」
「俺様はまだ二十六だ!」
気にしているのかハチは怒鳴る。
修理した三番機のテストも兼ねて先日のような模擬戦では無いがハチに実戦のつもりで当たって来いと言われてエリスは挑んだ。
ハチはクルトのように跳んだりはしないが知り合いの武器商人から届けられたという東方製のような兜に二本の角を生やした重量感のある武者の鎧を纏わせた八番機を操り正面から大盾のぶちかましをスピードが乗る前に自分から当たって三番機の足を止めさせて太刀を次々に繰り出されエリスは防戦一方になった。
最後は大盾を蹴り飛ばされて太刀を突き付けられたエリスは降参した。
「大盾を失っても戦える別の武器と戦術を覚えるべきだ」
機械甲冑の装甲を全廃し全身を黒い服を着せたような黒装束姿の七番機の前でクルトがエリスにアドバイスをする。
七番機の黒装束は担当整備師達が悩みに悩み、機械甲冑が出血した際に応急処置の血止に使う丈夫で大きな生地を最近仕入れていたのを思い出しその大束を倉庫から持ち出して徹夜で縫い上げて作り上げた物でハチが初めて見た時に「ヤマさんみたいだな」とエリスの知らない人物の名前を聞いた。
クルトはその表情ではわからないが気に入った様子でハチとエリスが訓練を始めるまで七番機で修練場を走り回っていた。
ハチも驚く程の速さで走り問題になっていた人工筋肉筒の落下も無くしっかりと固定されていて七番機の整備師達は胸を撫で下ろし今は全員爆睡中であった。
エリスは振り返り八番機、三番機、七番機と並ぶ機械甲冑を見る。三機の見た目は同じ機種だとは全く分からない姿になっていた。
同じチームの二人はこの後順番に訓練する為に整備棟に入っていてここには居ない。
「短剣などを何本か機体に取り付けどんな姿勢でも抜けるようにしてはどうだ。いざとなった時は大盾を捨てて両手に持っても良い」
「なるほど……」
エリスはクルトのアドバイスを聞き確かに先程のように大盾を失って裏に付けられた剣も失い降参したがまだ武器があるならやりようはあったかもしれない。今までは機体が重くなるのを嫌がり他の武器を付けなかったが考えても良いかもと思った。
だったらとハチが声を上げた。
「タルンの旦那から送られて来た武器にミスリル製の良い短刀が何本かある。そいつを使え」
「ミスリル……良いんですか?」
「兜刈り用だ俺様は首取りはせん」
「首取り?」
「……」
無言で水筒の水を飲みだして答えたがらないハチに変わりクルトが教える。
「東方の機械乗りは自分が倒した甲冑の兜を手柄の証明として切り取るんだ。東方製の機械甲冑は兜に乗り手の頭を入れるからその首ごとな」
「うえ……」
ドン引き。
そういえば学園の授業で聞いた事があった。その為東方では機械乗りの消耗が激しいと。
「タルンの旦那はこの装甲もそうだがどこで手に入れたんだ?……ところで三番機の呼吸機関に不具合はあったか?」
「いえ全く無かったわ。逆にいつもより魔素の回復が良くなった気がする」
「修理ついでに呼吸機関に改良を加えたんだ。西方製にも使えるなら全機に使えるな……」
ハチはメモ用紙の束と鉛筆という筆記用具を取り出し何か書き加えている。機械甲冑から降りたばかりなので額から汗が流れているが集中し気にしていないようだった。
メモ用紙にはビッシリとエリスには分からない図面や文字が書き埋められていた。
彼は良く整備師達と一緒に機械甲冑の整備に混ざり改良にも良く意見を出して参加したりしている。エリスの知る機械乗りとはどこか違っていた。
「……ハチ教官て機械甲冑に凄く詳しいですね」
「うん? まあ家で子供の頃から触ってたからな」
ハチは思い出したようにメモ用紙と筆記用具をしまって手ぬぐいで額の汗を拭き出した。
「家で?」
「ああ俺様の家は――」
「おお〜い。お疲れお疲れ〜」
その時、大きく間延びした声が上がり三人の視線が声の主に集まった。
自分と同じ黒髪だが黒い瞳、ハチ教官と同じ東方人と思われる青年が手を振って歩いて来る。
誰? とエリスは不審がっているとハチ教官が青年に話しかけた。
「おうやっぱりお前だったかどうした?」
「いや〜それが北の牛郡領が鹿郡領に攻めて来るんだってさ〜」
「攻めて、え?……攻めて……来る……?」
東方人の青年はまるで近くお祭りがあるような軽さで話し聞いていたエリスはその言葉の意味に絶句している。
「ほお戦か、いつ頃だ?」
ハチが顔を手ぬぐいで拭いていた手を止めてまるでその祭りの日付を聞くようにたずねた。
「春、と領主達は見ているが俺達はここ数日の内に来ると思ってるよ」
「ッ……!?」
祭りが今から待ち遠しそうに青年は答える。
「全機の改良と訓練は間に合いそうにないな」
クルトは無表情で息を吐いた。
どうやら溜息をついてがっかりしているようで戦の備えをするようにと皆に告げる為に七番機を置いて整備棟に向かって歩きだした。
本来その役目はエリスだが身体が動かない。しかも何故か呼吸が出来なかった。
「ハ……ッ!……アッ!……ッ!」
「ところでそこの可愛いいお嬢さん大丈夫? 息出来てないぞ?」
「何? ああ初陣の奴が良くやる奴だな」
ハチはエリスの背に回り背をポンと軽く叩く。
「カハッ!?……コホ! コホ!」
「隊長がしっかりしろ! ゆっくり深呼吸するんだ」
「え? この子が隊長なの?」
この子と言われてエリスはキッ! と東方人の青年を涙が流れる目で睨みつけビシッ! と人差し指で差し大きく息を吸い一気に吐き出した。
「そうよ! 私が甲冑隊の隊長よ! 文句あるの!? あるなら言いなさいよ!」
「おおう!? はい! いいえ! 文句などありません隊長!」
エリスに怒鳴られた青年は背筋を伸ばして答えた。
「よそ者の東方人がいったいこの森林砦に何の用なの!」
「お、おいエリス隊長、こいつは……」
「はっ! 自分は岩の砦騎士団長のバナンと申します! 皆の推薦によりここ森林砦から領都に向かう増援部隊の隊将の任命を受けて参りました!」
「騎士団長……様?……隊将……」
エリスはカッチーンと固まった。自分よりはるかに上の人だった。
そんな彼女にバナンは優しそうに微笑み震える手をそっと握る。
「よそ者なので名前だけの隊将ですが以後お見知りおきをお願いします」
そう言ってエリスの流れる涙を拭き西方紳士を真似て彼女の手の甲にキスをするような仕草をした。
「エ、エリスと申します。こちらこそ……よろしくお願いいたしますわ……」
挨拶を済ませるとバナンはエリスの手をパッと離して手を振って歩いて行く。
「エリスさんね。よろしくね〜! さあて! 忙しくなるぞ〜!」
ぽわわ〜んとしてるエリスを置いてバナンは整備棟の隣で膝を抱えて座る蟲騎士に向かって歩いて行く。
「じゃあエリス隊長、甲冑を整備棟に運ぶぞ。……?」
「バナン様……」
「お〜い」
「はっ!? わ、私になにか御用?」
「婚約者が居る身でお前……」
「あ、ち、違うわよ!」
「……あいつは止めといた方が良いぞ」
「だから違うったら!」
「いやそうじゃない。まあ普段はとても良い奴なんだがその……あいつは少しイカれてるんだ」
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バナンは機械甲冑が出入りする大きな門が開いた整備棟の前を通ると中では機械乗りと整備師達が集まり緊張した様子でクルトの話しを聞いていた。
その様子を見て笑みを浮かべながら整備棟の前を通り隣で膝を抱えて座る蟲騎士の前に立った。
蛾の表情はわからないがその額に生える上半身だけの女性はバナンに期待の眼差しを向けている。戦の話はスキルを使って聞いていたのだろう。
その青く輝く瞳を見てバナンは確信する。
この女はきっと自分と同じタイプだと。
――戦場で遊ぶ子供のようだな!
燃え上がる橋の上で戦った魔王軍の騎士からそう言われた事がある。
あの戦は本当に楽しかった。
一緒に遊ぶお友達は多ければ多い程良いに決まっているしこんな大きなお友達を遊びに誘わないなんて失礼だ。
「領都でシズカ夫人がお呼びだよ! ナナジさんに働いて欲しいってさ!」
バナンの言葉に蟲騎士はコロロンと大鈴を転がしたような鳴声を出した。
「ヤットデバンカ!」
ナナジはバナンのように笑みを浮かべて言った。




