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手紙のご用事なあに?・下

「いらっしゃい」


 食堂に入るとカウンターの裏で鍋をかき回す背の高い痩せた男が振り返って出迎えた。村人から話しに聞いた先程の女性の旦那だろう。

 冒険者は他に客の居ない広い食堂を見回し見覚えのある食堂の構造に確信した。


「(間違いないここは元々冒険者の宿だったんだ)」


 食堂に入って左には奥まで幾つもの机や椅子が並び一番奥には二階へ上がる階段があった。右の壁には元々ここにはクエスト掲示板があったのだろう今は掲示板は外された白い壁を見ながらクエスト受付カウンターを改良して食堂のカウンターになった席まで歩き椅子に座る。

 カウンターから鉄板やかまどが見えどうやら客の目の前で料理をしてくれるようだ。


「何にする?」

「あ〜虫の定食以外なら何でも良いです」


 メニューを見ずにそう言って帝国銅貨十枚分の価値がある四角い銅貨を置いた。

 冒険者ギルドの食堂ではメニューは無く食堂のお任せで先に払った金の分の食事や酒が飲める。追加が欲しければ追加で金を払う。店の雰囲気でついついその癖がでた。


「冒険者か? 虫は嫌いかい?」

「あ、いえ食い飽きてるだけです」

「ハハハ分かった。丁度良い出来るまでこれでもどうぞ」


 客を冒険者と見抜いた痩せた男はかき混ぜていた鍋に入っていたスープを皿に入れて出した。


「(メニューを見ずに頼んでしまった……何を出されるかわからないぞ……)」


 手紙を運ぶ冒険者としてあちこちへと歩き渡る経験からお任せで頼んだ料理がうまかった事は七と三で外れた事が多かった。

 それは店側が時間と手間のかからない簡単な料理を出すからだ。

 一度虎郡領の港で生の魚の身を切っただけの皿を出されて喧嘩になりショーユというソースを付けて食べろと言われたが食べずに店を飛び出した事がある冒険者は出された琥珀色のスープを覗き込む。


「玉ねぎスープですか?」

「ああバターで玉ねぎを炒めて作ったスープだ。スプーンで飲むよりこのパンを浸けて食べてくれ」   

「あ、どうも」


 男は硬いパンを薄く切って出してくれた。冒険者は言われた通りにスープをパンに浸してから口運ぶ。そして驚いた。


「うまい! え? コンソメスープですか?」 


 コンソメとは肉と野菜を何時間も煮詰めてアクをとり手間をかけて作る出汁だ。そんな手間のかかる出汁で飴色になるまで炒めた玉ねぎを使ったスープは甘く美味いに決まっていし銅貨数枚で食べれるような物じゃない。冒険者の心を読んだのか男は笑う。    


「良いんだこれから作るのは手間がかからなくて簡単なやつだから」

「あ、ああなるほど……」


 男は作ってくれる料理の材料をほらと見せてくれた。その材料は冒険者が良く知る料理の材料だった。


「〈指なめ〉ですか?」

「そうだよ冒険者なら定番で美味いよな」


 笑う男に少し安心して冒険者は座り直した。何かとんでもない料理でも出されるのかと思ったのだ。美味い飯は食べたいが銅貨十枚程度なら確かに充分だ。      


「お客さん何か飲みます?」


 宿の表で会った女性が食堂に入って来て冒険者にたずねた。旦那の方は馬鈴薯を切っていて忙しそうなので先にこちらの仕事を済ませる事にした。

 ……けして胸の大きい女性と話がしたいからでは無い。


「じゃあエールを一つ、あと奥さんここに――」

「え! 奥さん!? 奥さんに見える? この人の奥さんに見える!? でしょ〜! お似合いの夫婦にみえるでしょ〜!」


 女性が突然様子が変わり猫のように細めていた目を開いて言った。開いた瞳も猫ぽい。


「え? ええ……」

「ほらほらあ〜お客さんもお似合いって言ってんだから結婚しようよアレックスう〜」


 女性は料理中の男の背にもたれかかり甘える声をだす。


「女将さん、危ないから火の近くでふざけないでっていつも言ってるでしょ」

「あたしはいつでも何処でもい・い・わ・よ」


 女性は背の高い男の背中にその胸を押し付け尻を撫で回すがされる男の方は素っ気ない。 


「エールの後は奥であいつらの餌を並べといて下さい、もうすぐ戻りますよ」

「ちぇ〜」


 女性は男から離れ冒険者にエールを入れたジョッキを出し。


「ゆっくりしていってくださいね♡」


 また猫のように目を細めて微笑んでから。


「っしゃ! おらー!」


 と、コンソメスープの入った鍋を重そうに持ってずんずんと食堂の奥へと消えた。と、思ったら顔だけを出し。


「アレックスぅ〜今夜も私の部屋の鍵は開けとくね!」

「マヤ!」

「ニャハハハ!」


 男は初めて大きな反応して振り向き女性は笑いながら姿を消した。


「……騒がしくてすみませんね」

「え、ええ……」


 男は完成した料理を皿に乗せて冒険者の前に出した。


 その料理はひき肉を皿状に固めて鉄板で焼き、甘辛いソースを垂れる程べったりと付けたその肉をチーズとトマト、レタスなどの生野菜と一緒に真横に二つに切った丸いパンを上下から挟んだだけの料理と、馬鈴薯を食べやすく縦に棒状に切って油で揚げて塩をふっただけの料理で、異世界から来た歴代の勇者達がこの料理に涙を流す程喜んで食べ指についたソースや塩もなめて食べた事から〈勇者の指舐め〉という料理名で世界に広まり勇者達は「ハンブンガ」と呼んだその料理は冒険者なら勇者の武勇にあやかって良く食べる料理だった。


 冒険者は食べる前に気を取り直して先に仕事を済ませる事にした。


「え〜っと貴方でも良いや。ここにタルンて人居るでしょ?」

「タルンさん? ええ居ますよ。でも今は出かけてます」

「領都に行ってるのはそこで聞いたんです。手紙を届けるクエストで本人がここに帰って来るまでその手紙を全部預かって欲しいんですが」

「手紙? ええ良い――」 


 言いかけた時男の目が鋭くなり食堂の入口へと向けられ冒険者もつられて入口を振り返った。


 食堂の入口から武装した三十人程の鎖帷子姿の男達がズカズカと入ってきて冒険者は息をのむ。


 だが緊張は一瞬だった。


「ただいま〜」

「疲れた〜」

「飯〜」

「皆さんお疲れ様です」 

「お前ら飯の前に風呂行って汗流せよ」

「「「「うい〜す」」」」


 まるでスポーツをしてきた後のようなノリで返事をした男達は食堂の奥へと入って行く。奥の方からは「マヤちゃん今日も綺麗だね〜」「やだ〜本当の事言って〜」ニャハハハと笑い声が聞こえた。


 あの胸の大きい女将さんがアレックスと呼んだ男がこの集団のリーダーだろう人物を呼んで怒っている。


「バナン! 食堂から入るなといつも言ってるだろ! 裏から入れよ!」

「あ、お客さん居たのか。騒がしくしてすいません」

「いえ……(こいつらが……何だけ? 岩の砦騎士団? それよりミスリルの鎖かたびらだと)」


 兜を外して礼儀正しく冒険者に頭を下げて謝罪してから食堂の奥へと歩くバナンと呼ばれた東方人の男が纏う銀に輝く鎖鎧。それは冒険者なら誰もが憧れる装備だった。


「あ、そうだ。バナン! ちょっと!」

「うん? 何?」


 バナンは呼ばれて引き返してきた。


「この人、冒険者でタルンさんへの手紙届けるクエストの途中なんだ」

「タルンさんに手紙? ありゃタイミング悪いね」

「だから預かってもらえないかって」

「俺が? 預かって良いのなら良いよ」


 冒険者はそれならとバックから紙を取り出した。手紙だと思ったバナンは両手を出してたが違うようだ。


「お二人でも良いんです。預けたって保証が出来ればギルドから報酬が貰えますから。この書類のここに名前を書いてくれれば」

「分かった。ペンは?」

「いつもの場所だよ」 


 バナンがペンとインク壺を取りに食堂の奥へ行ってる間に冒険者はバックから雨などで濡れないように手紙を入れてた包を外して中の手紙を次々に取り出してカウンターに置いていく。紙の封筒に封蝋された手紙や丸くして紐で括られただけの手紙、上等な箱に入って鍵が付いた手紙まであった。


「……多いな」

「ハハハちょっとね」 

「ペンあったぜ〜って手紙多いな!」

「全部で四十九通です」

「タルンさんて友達多いよな」

「タルンさんも良く手紙書いてたもんなあ〜」


 そう言いながらバナンは書類の言われた場所に名前を書き。ペンをアレックスに渡して手紙を確認して行く。ペンを受け取ったアレックスも名前を書いた。


「あれ? この赤い印のやつて緊急って意味じゃなかったか?」


 バナンが封筒の裏を見ながら声を上げた。アレックスも手紙を見てそうだなと頷く。

 二人は手紙を確認していく。中身は見ないが表には手紙を受け取るタルンの名前以外にどの町の冒険者ギルドから出発しどの町で中継ぎしたか等の印が押されている。その中に赤い印がついた手紙がいくつかあった。


「これと〜これもだな」

「あとこれも……どれも牛郡領からか」

「牛郡領て二月前にドラゴンに襲われたお隣さんか、緊急つっても本人居ないし……」

「気になるけど人の手紙を勝手に開けるのは出来ないよなあ」


 二人は赤い印が入った封筒の前でどうしようと言ってる前で冒険者は書類を受け取り仕事を終え気分良くハンブンガにかぶりつき甘辛いソースの味が口いっぱいに広がる。


「モグモグ、うん!」


 美味い! ここの店は当たりだった。

         

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