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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
襲撃
63/1043

63


 鐘の音が頭に響く。

 振り向いて見れば、先程よりも近い場所にラヴィがいる。

「早く!」

 タビーは民を縛り付けた学院生を急かした。上から引っ張るのに合わせて下か

らも押し上げる。彼らは直ぐに引き上げられた。

「タビー!」

 ロープが垂らされる。それを掴もうとしたところで、凄まじい音がした。


 咄嗟に伏せる。

 恐る恐る顔を上げれば、防御壁にラヴィの足がめり込んでいた。体が硬くなる。

 位置が違えば、タビーも巻き込まれていただろう。


「タビー!」

 ラーラの声がする。タビーは慌てて立ち上がり、ラヴィと反対方向―――北門

に向けて逃げようとした。

『ギャギャギャギャ』

 耳障りな声。そして馬の蹄音。

「退避しろッ!!」

 騎士の声に従い、走り続ける。だが、ラヴィは武器を持たないタビーを目標に

した様だ。後ろから凄まじい足音がする。全身から汗が噴き出した。

「伏せろ!」

 誰かの声。咄嗟に頭から地面へ滑り込む。タビーの真横をラヴィの足が通り抜

けていく。

 

 悲鳴と、怒号。


 タビーは直ぐに起き上がった。彼女を追い越したラヴィは北門の側で立ち止ま

る。何度か門を足で叩き、動かないと判るや再びこちらに戻ってきた。

 牛の大きさをした兎、だがその足は牛よりも太い。そして、強靱な筋肉を持つ。

 ラヴィが一飛びすれば、タビーの間近だ。

『ギャギャギャギャ』

 前足が振られた。咄嗟に距離を取るが、足を取られる。転倒したところを、再

度前足が襲った。


 鈍い音がして、杖とラヴィの足がぶつかる。タビー以外持てない筈の杖は、だ

が何故かラヴィの足を弾くことはなかった。

「!」

 杖で相手を驚かせ、その隙に逃げようと思ったタビーは目を丸くする。

 凄まじい力で杖を押された。涎をだらだらと垂らし、生臭い息を吐くラヴィは

兎の様に可愛くもない。ただただ、恐怖の対象だ。


「タビー!」

 ラーラの声が聞こえる。馬の蹄音も近い。騎士達が駆けつけたのだろう。

「タビー!」

 ラーラ?

 否、違う。この、声は――――。

「タビー、フルウムの付与だ!」

 フリッツだ。

 

 フルウム?フルウムとは何だったか。


 じりじりと追い込まれながら、タビーは必死に思い出す。

 フルウムは茶。茶の魔術。

 付与は、付与魔術。武器や物に魔術の性質を持たせるもの。

 フルウムの付与魔術とは――――。


 タビーは杖を握りしめ、息を吐いた。

 内的循環は乱れず、タビーの中にある。


 ラヴィの口が迫ってくる。ぬめぬめとした舌が頬に触れ、総毛立った。

 腕を伸ばす。杖の端が、ラヴィの口元に届く。

 鈍い音がした。杖を食む音。だがラヴィにも杖は砕けないらしい。苛立った様

に前足に力が込められる。

 再び、ラヴィが杖を噛んだ。


「疾く……ゆけ!!」


 声を上げる。杖が光った。ラヴィの前足が緩む。

 次の瞬間、ラヴィの体が吹っ飛んだ。


「タビー!」


 また、別の声。慌てて立ち上がり、防御壁を仰ぐ。

 黒い影がラヴィの真上に降りた。そのまま、急所である首を撃つ。

 日の光を鈍く反射する大剣――――アロイスだ。


 急所を斬りつけられ、ラヴィは暴れた。だが、彼はものともせずに地面に降り

る。怒りと痛みに暴れるラヴィに、槍が投げられた。騎士団だ。

 大剣を構えたアロイスに、タビーは駆け寄る。


「疾く……」


 杖で剣の腹に触れた。剣は先程の杖の様に光る。


「ゆけ!」


 呪が完成し、アロイスが走り出した。

 後ろ足で立ち、前足を使って攻撃しようとするラヴィに、魔術で大剣を鈍く光

らせた彼は正面から突っ込んで行く。

 ラヴィが前足を大きく上げた所で、パン!と乾いた音がした。火花の様なもの

がラヴィの顔にぶつけられている。

 視線の先には、杖を掲げたフリッツ。

 顔への攻撃は我慢できなかったらしい。思わず前足をついたラヴィに、アロイ

スが飛びかかった。


「はぁぁぁッ!」


 声に込められた気迫と、肉を斬り裂く音。

 そして、何か固いもの同士がぶつかった音。


 タビーの目の前で、ラヴィの首が飛ぶ。グロテスクなその様相を、だがタビー

はどこか冷静な気分で見つめていた。

 首は防御壁にあたり、落ちる。体は痙攣し、何度か足を揺らした後、動かなく

なった。

「タビー!」

 ラーラが降りてきた。

「大丈夫?タビー」

「だ、大丈夫です……」

 まだ手がじんじんとしている。付与魔術を実践するのは初めてだ。正常に発動

したからいいものを、一歩間違えればアロイスや自分の武器を破壊することにな

る。危険な賭だった。

 腰から力が抜ける。その場にへたり込もうとした彼女を、ラーラが慌てて支え

た。

「……助かった」

 馬から下りた騎士達が、ラヴィの死を確認している。そしてアロイスの肩を叩

き、褒めそやしていた。

「よかった……」

「よかった、じゃないよ。まったく」

 揺れる瞳のまま、ラーラは手拭いでタビーの頬を拭く。

「無茶なことして」

「はは……」

 ラーラの手を借りて、漸く一人で立つ。座り込んでいた訳でもないのに、足が

がくがくとした。

 息を吐き、防御壁を見上げる。

 防御壁の上で、フリッツがくねくねしたままにやにやしていた。いつも通りだ。


(……生きている)


 泣きたい様な、笑いたい様な、そんな不思議な感情が胸を占めた。



 予備騎士団が命令違反をした場合、それは学院ではなく騎士団の規則で処分さ

れる。


 タビーとフリッツは使用禁止の魔術を使用したため。

 アロイスは騎士の指示を無視して助けに入ったこと。


 いずれも騎士団の命令違反になる。特にタビーはフリッツに言われたとはいえ

講義を受けている途中の付与魔術使用が問題になった。

 とはいえ、今回の命令違反は子持ちのラヴィ一頭を仕留めた事と相殺である。

 三人は引き続き予備騎士団として動く事になった。


 アロイスが倒したラヴィを撒き餌にし、西門から南門に設置された柵まで引き

寄せ、騎士団の魔術師が攻撃するという算段である。勿論、仕留め損なう事を想

定して、騎馬騎士団も控えていた。


「群れが見えたぞ!」


 防御壁で見張りをしている騎士が叫ぶ。


 初撃は、魔術。発動直前の魔術を維持した魔術師達が連続して攻撃をする。

 二撃目は弓兵。柵最前列から後退する魔術師達と入れ替わり、矢を放つ。

 三撃目は槍兵。弓兵の後退を助けるため、槍を投擲する。その間に魔術師達は

再び術の発動を維持し、最前列に近い所から攻撃を行う。


 その合間に、騎馬騎士達が弱った魔獣に止めをさしていく。ラヴィは子持ちが

おり、足も速い。ベアルよりも厄介だ。騎馬騎士はラヴィを優先して止めを刺す。


 今回は予備騎士団は出番がない。だが、攻撃の仕方や作戦を見るのも経験とい

うことで、殆どが西門から南門の間に配置されていた。タビーもその一人だ。


「始まった」


 初撃の魔術が炸裂する。魔術師達は足並みを揃え、同時に魔術を放った後にす

ぐさがった。

「魔術の結果は見ないんだな」

「時間が勿体ないだろ」

 学院生達がひそひそと話す。

 弓兵は素早く前列に位置どり、まだ煙で良く見えない魔獣の群れに矢を放った。

 一撃放った後、煙が薄くなる。王都に近い位置にいた魔獣達は悉く倒れていた。

 後方にいる魔獣達はいきり立ち、突進してくるもの、逃げるものと様々だ。

「作戦変更、魔術師達は後方敵を撃て!」

 投擲準備をしていた槍兵ではなく、最後列にさがっていた魔術師が弓兵達の間

に立つ。再び術が放たれた。流れ星の様に美しく、だが魔獣の皮膚をも切り裂く

鋭い青。


「弓兵、撃て!」

 魔獣と弓兵の間には距離がある。矢が届くのか心配していたタビーだが、それ

は杞憂だった。急所には当たらずとも、矢は魔獣の皮膚に食い込んでいる。

「槍兵、投擲!」

 槍が一斉に投げられた。その後ろで、魔術師達は新たな魔法を維持している。

「撃て!」

 指揮に従い、魔術師達が三回目の魔法を放つ。先程とはまた違う色の細く鋭い

光。


「騎馬騎兵は魔獣を取り囲め!止めを刺すのだ」

 指揮官である騎士の言葉に、鐘が乱打される。防御壁際に控えていた騎馬騎士

達が一斉に走り出した。僅かに動くベアルやラヴィを槍で突き、首を刎ねる。

「……終わったな」

 側にいたアロイスが、ぽつりと呟く。

 魔獣達があげる断末魔の悲鳴。あちらこちらで燻り、草原を焼き野原に変えた

魔術、落ちている矢、槍。

 タビーは目を閉じて、静かに、長いため息をついた。


(――――私は、生きている)


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